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2009年 02月 18日
メタファー(隠喩)について -村上春樹 in イスラエル-
村上春樹氏がイスラエルで行ったスピーチと、その記事に対する反応について思ったことを書きます。
2月16日(月)の朝日新聞夕刊1面の見出しにはこうありました。 「村上春樹氏、ガザ攻撃批判」 また記事にはこうありました。 また「壁は私たちを守ってくれると思われるが、私たちを殺し、また他人を冷淡に効率よく殺す理由にもなる」と(村上氏は)述べた。イスラエルが進めるパレスチナとの分離壁の建設を意識した発言と見られる。 私は、これらの記事に対して少しだけ別の考えを述べたいと思います。 私がお話しする前に、村上氏のスピーチを引用します。 私は小説家として、ここエルサレムの地に来ています。小説家とは、“嘘”を糸に紡いで作品にしていく人間です。 日本語訳は青山の昼と千駄木の夜よりお借りしました。とても参考になりました。ありがとうございました。 いまの時点で、村上氏のスピーチ全文はわかりません。 しかし、村上氏は(おそらくですが)ガザ攻撃を直接的な表現で批判してはいないのではないか、と私は思っています。 彼は、小説を書くときと同様に、彼の言うところの"本当のこと"を、"卵"と"壁"というメタファーで説明しています。 ただし彼は同じこのスピーチの中で"卵"のことを"個人"、"壁"のことを"システム"と説明していますので、すでにこのメタファーは半ば解除されていると言っても差し支えはありません。 ただし私がここで強調したいのは、"卵"や"壁"という語が本来持っていたメタファーとしての語の機能、役割についてです。 彼が"卵"や"壁"として表現したものが、マスコミでは、"卵"が「多くのガザの犠牲者」、"壁"が「イスラエルが進めるパレスチナとの分離壁」として解釈され、報道されます。 これはこれで一つの解釈。間違ってなどいません。 しかし、私たちがこの報道を見て、「そうか、村上春樹は、イスラエルのガザ攻撃を痛烈に批判したのだな」とか「イスラエルが建設している壁のことを言っているのだな」と受け取ったとき、彼が最初に話した"卵"と"壁"という語のメタファーとしての機能はすでに失われています。 文学というものに意味があるとすれば、メタファーがメタファーとして機能している間だけです。 メタファーとしての"卵"や"壁"という言葉は、「ガザの犠牲者」や「イスラエルが建設する壁」といった具体的な事実そのものを指すとは限りません。少なくとも、それだけを指すことはありません。 "卵"という言葉は「ガザの犠牲者」に置き換えられるし、または「私の身近にいる1つの魂を持った人間」にも「私という脆弱な存在」にも置き換え可能です。"壁"という言葉もそれと同様に、いろいろな事象に置き換えることができます。 このような置き換えの可能性があるところにメタファーとしての文学の機能があります。 一人ひとりの"卵"としての私たちの心に隠喩の奥にあるものが残ったとき、その文学は初めて意味のあるものになります。 メタファーとしての文学の機能を知っている村上氏は、1つの事実だけを取り上げてそれについての批判をすることはありません。それは、ニュースの解説者が行えばよい仕事です。 村上氏にとって、メタファーを用いること自体が、政治的な戦略なのです。 村上氏のような小説家にとって、ここが生命線なのです。 メタファーという置き換え可能なものによって、"本当のこと"が"壊れやすい卵"である私たちに伝わることが大切なのです。 ですから、村上氏が「ガザ攻撃を批判した」と報道することは、メタファーのもつ含みを事実問題に一元化してしまうことであり、それは彼の小説家としての機能の要を損なわせることになります。 ですから、村上氏が「ガザ攻撃を批判」したとして、彼の政治的発言を歓迎するムードが一部で広がっていますが、それは誤解と言わざるをえません。 私たちがここで発見すべきことは、むしろ、村上氏がこのスピーチにおいて小説家というメタファー(本人の言うところの"嘘")の有効性を述べている点にあります。 彼にとって、メタファーとしての小説を書くことと、"卵の側に立つ"こととは同義です。 「ガザ攻撃を批判」する人の多くが、既存のシステムを前提とした批判を繰り返しています。 「パレスチナが」「イスラエルが」という主語を用いる人の多くが、すでにシステムのコントロール下にあります。 メタファーの置き換え可能な性質は"卵の側に立つ"ことと密接に関わっています。 文学が、メタファーを通して私たちに教えるのは、"私たちは皆それぞれが“人間”であり、“個人”であり、そして“壊れやすい卵”なのだ"ということです。"壁"は私たちが作りあげてしまったものであり、私たちはそれに怖気づくことなく"卵"としての生命を全うしよう、という勇気です。 これらのことを伝える文学の作用は、メタファーが個々人やその人の刹那の心の状況に応じて置き換え可能だからこそ有効であると言えましょう。 村上氏のエルサレム賞受賞が決まったあと、NGO団体などが村上氏に受賞辞退を求める行動を起こしました。これに関し、村上氏本人は「私は自らに問いかけました。イスラエルを訪問することが果たして正しいことだろうか。この訪問が政治的なある種の支援と受け取られかねないのではないか。」と、彼の中の心の迷いについて語っています。 でも結局彼は「私は言われることと反対のことをするのが好きな人間」だからという理由で、イスラエルにやってきました。これは彼にとって大きな政治的決断だと私は思うのです。 易々とエルサレム賞を受けることはイスラエルに対する政治的支援と取られかねない。 しかし、言われるがまま受賞を辞退した場合、「村上氏はイスラエルのガザ攻撃への抗議から受賞を辞退した」となる、彼はそれは望まなかったはずです。なぜならそれは彼にとって、メタファーの死を意味するからです。 私は村上氏が政治的ではない、と主張したいのではありません。 むしろ、彼は政治的で刺激的な作家だと思います。 しかし、村上氏の政治へのアプローチは、NGO団体のアプローチの方法とは異なっていると思います。 彼は小説家としての武器を手放さない方法を選んだ。 それはメタファーによって政治にアプローチすること。 それが彼にとって"卵の側に立つ"ことを意味した。 そう考えると、彼の今回の行動はすべて筋が通っているように思えます。 村上氏はスピーチの最後に「私たちは決して“システム”にコントロールされるようなことがあってはならない、私たちが何者であるかを“システム”に決定されてはならないのです。なぜなら、“システム”を創り出したのは私たち自身なのです。」と言いました。 "システム"にコントロールされないのは難しいことです。 ただ、村上氏はそれについてのヒントを私たちに与えてくれています。 私は今回の村上氏のスピーチの件について、以上のようなことを考えました。 [本日のブログランキング] 本ブログは、2月18日3時現在 で9位です。
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鳥羽先生の意見を聞きたかったのでうれしいです。 卵について、私も同じような感想を持っていたのですが、どう表現していいかわからなかったのです。 ただ、社会運動に関わってきた自分として、また1人の傷つき易い「卵」として、あのスピーチを聞く前と聞いた後では、自分の中で何かが変わった気がします。 いつも批判に怯えながらおどおどしている自分ですが、村上さんと鳥羽先生は1人の人間として「壁」の前でどういう姿勢でいるべきなのかを、身をもって示してくださっている気がして、勇気をいただきました。 コメントありがとうございました。 こちらこそ、いい加減な訳なのに恐縮です。ご自由に使ってください。 サイトを拝見して興味深く面白い解釈だなぁと思いました。 全文があったので、同様に意訳してみました。 よかったらまたいらしてください。 村上春樹のすごいところは、難解な人間の感情や情念を、究極的ともいえるシンプルなメタファーでいとも簡単に、読者を納得させ、引き付けてしまうところだろ思います。 彼が発信する言葉が、世界の平和に貢献することを願わずにはいられません なるほどです。村上春樹氏のスピーチから、単純なイスラエル批判ではなく、もっと奥深いものを感じていたのですが、明快な言葉にしていただいてすっきりしました。ありがとうございます。 このようなユーモアと深いメッセージを絡めてあのような場所でスピーチができる人が日本にもいるということに、なんだか救われます。 うっちーさんこんにちは。 私自身は、自ら壁を築いてまたそれを崩して、、、という作業を繰り返しているような気がしています。 いつも批判に怯えながら、というのは私も同じです。 身をもって示すことはなかなか難しいですが、そうありたいと思います。 コメント本当にありがとう。 いくつかの訳を見たのですが、ryo-maさんのものが私としてはスーっと呑み込みやすかったので使わせてもらいました。 ありがとうございました。 新訳のほう、拝見させていただきます。 かねごん先生、お忙しい時期に、コメントありがとうございます。 先生が最近何度か村上春樹氏のことを取り上げているのを読ませてもらいました。私も彼のほとんどの作品を読んでいます。(「海辺のカフカ」のあとの作品を読んでいませんが。) 『レキシントンの幽霊』は私も好きです。『パン屋再襲撃』はかなり過激ですね。『沈黙』は私も心に残る作品の1つです。 ちぶぞうさんコメントありがとうございます。
ちぶぞうさんの和訳読ませていただきました。 できるだけ正確に訳そうとなさる工夫が随所に見られて、すごいなーと思いました。 私もとてもすばらしいスピーチだったと思います。 また、彼がいままでで最も雄弁に、自らの小説家としての使命を語ったという意味でもとても興味深いものだと思いました。 |
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