寺子屋ブログ by 唐人町寺子屋

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2016年 12月 03日

ミコさんとGoogle 翻訳

今年のはじめにジャワ島で知り合ったミコさんのお宅を訪問した記事を書いたことがあったのですが、そのミコさんからFBでメッセージが届き、家族の近況のほかに、上記の記事を読んだこと、そして寺子屋ブログを楽しんでいるということが書かれていました。

ミコさんによると、Googleの翻訳機能が最近劇的に改善したらしく、それでこちらのブログを日本語→英語に翻訳して読むようになったとのこと。

ミコさんがメッセージで感想を寄せてくれたのは昨年の11月に書いた「マラケシュの神学校、マドラサ・ベン・ユーセフ」という記事で、それを読んでくれた彼の感想がそのまま、彼がその記事を丁寧に読み解いてくれたことを物語っていて、冗長な文章を読んでくれた彼に感謝するとともに、(この文章だって読んでくれるかもしれない!)Google 翻訳ってほんとうにすごいのだな、と驚かされました。

以下にミコさんが読んでくれた記事とその訳をあげますが、確かに、主語や代名詞の取り違い、動詞や俗語の誤訳など、大きな問題が散見されるものの、しかしかつての翻訳とは比べ物にならない精度で、確かにこれならば、辛抱強く読めば、ある程度使い物になると感じました。今後、もっともっと翻訳技術は向上していくのでしょうね。今回の翻訳の進化は、「文章をパーツごとに翻訳するのではなく、ひとつの文として扱う」ニューラルネットという方法の採用によるものということですが、それを支えるアルゴリズムっていったいどうなっているんだろうと、その深い穴を覗いてみたくなります。

―――――
(和文)

マラケシュで最も印象に残っている場所をひとつ挙げるように言われたら、迷わずマドラサ・ベン・ユーセフが最初に頭に浮かぶ。

マドラサというのは神学校(高等教育機関)のことで、ここベン・ユーセフは16世紀に建てられたマラケシュ最大の学校である。最大とは言っても、メディナの迷路の中で、何の変哲もない外壁に囲まれたこの建物を見つけることは容易ではなく、ツアリストたちは、地元の人―ときには炎天下の中、別の場所に連れ回されたあげく不当な案内料を請求するガイドたち―の世話にならないと、なかなかたどり着けるものではない。

ようやくたどり着いて、この建物の中に入った人たちの多くが驚きの声を上げるに違いない。そこは、一歩足を踏み入れると、まさに別世界。たった数秒前に味わった喧騒が嘘のような静寂。

体に纏わりついた熱気をふるい払うかのように首を縦横に振ったあと、ゆっくり深呼吸をする。そうやって心身の状態を切り替えると、とたんに眩暈がするような緻密な美しさが体の中に染みるように入っていくのを感じる。

イスラム建築の美しさは、内部にその美を秘めているところにある。
外観だけを取り繕おうとする美が多い世界の中で、外観では想像もつかなかった精密な美の世界が内部に宿っているのを目撃するのは、それだけで非常に眩(まばゆ)い経験だ。壁面は鮮やかながら、すべてがアラベスクの幾何学模様で飾られているために、知性的な落ち着いた雰囲気を感じる。

マドラサが私に強く印象を残したのは、その建物が、全寮制の学校としての形をそのまま保存していたからである。鮮やかな壁面をもつ中庭と礼拝室の周囲は、2階建ての寮室群に囲まれていて、その寮室ひとつひとつを覗き見ることができた。

寮室はとても質素なつくりで、外光をうまく取り入れることができる構造になっている。この禁欲的な部屋で勉学に打ち込んだかつての学生の姿を想像した。

神学校と言ったところで、きっとほとんどの人にとって縁遠いものと思われるに違いない。でも、私自身は人生で、神学校という存在を身近に感じた時期がある。

私は実家がカトリックで幼少のころから毎日教会に通っていて、少年時代に、約十年もの間「ミサ答え」と呼ばれる神父の侍者を経験した。そして、中学に上がるときに、教会の神父やシスターたちから「神父にならないか」と声がかかった。ひとつ上の姉が、すでに修道院に入っていた私にとって、その誘いはあまりに現実的で切実な声で、大人の声に応えなければならないのだろうか、と考えた時期があった。でも周囲の懸命な教えにかかわらず神の存在の是非についてさえも保留していた私は、自分には意志も適性もないということがわかっていたので、それを拒否した。人生で初めて意識的に自分の意志を示したのはこのときだったと思う。

普通の公立中学校に入って驚いた。突然、大人たちが本音で語りだしたように見えた。こんなに醜い世界に住んでいたのかと、大人の偏狭さと、学校という狭い世界で起こるさまざまな理不尽さに慄(おのの)いた。
小学校からの大切な友人、最も身近な友人がいじめに遭った。彼は成績優秀で頭の回転が早かった。そして嫌味にならないユーモアと優しさを兼ね備えていて、私はそのキャラクターが羨ましかった。そんな彼が、「ガリ勉」のレッテルを貼られ、その人格を矮小化された結果、一部の人間に疎まれ、単なるストレス発散のはけ口として暴力を振るわれた。それが日常的に続いた。何もできない私は何度も学校の先生に相談しようと思った。周りの友人たちは自分の身を守ることで精一杯だったのか、誰もそんなことは口に出す雰囲気はなかった。次はわが身なのである。もう諦めている、というか、ただ我慢していまをやり過ごす、そう考えているように見えた。先生に相談しようと私は手紙まで書いたが、結局のところ渡せずじまいだった。私が単に意気地なしだったのであろうが、そのときは信頼できる大人がいないことを恨んだ。なぜ大人の誰かが手を差し伸べてくれないのかと思った。

ある夜私はおもむろにふとんから出てふとんの上に跪(ひざまず)いた。そして人生で初めて神様に祈った。
「○○くんを助けてください。○○くんを助けてあげられなくてごめんなさい。」
その夜から、毎晩親に気づかないようにふとんから出て、ふとんの上に跪き、神様に祈った。「○○くんを助けてください。」
祈りをささげるときにぶるっと震えながらつけた、電気ストーブの肌を焼くようなひりひりとした熱さを昨日のことのように思い出す。

マドラサ・ベン・ユーセフの質素な寮室を覗き見したとき、神と近しかった過去のことが鮮やかに蘇った。かつてこの部屋で学問に勤しんだ学生の孤独に懐かしみと親しみを覚えた。
きっと学問と祈りというのは近接している。学問は、祈りと同じような深厚な動機がなくては、成しえないもの、私にはそう思える。私にとって、祈りはやや縁遠いものになってしまったけれど、マドラサ・ベン・ユーセフは、学問と祈りとが折り重なる場所として、私に深遠な印象を残した。


―――

(English - Google Translate)

If you are told to mention one of the most impressive places in Marrakesh, Madrasa Ben Youssef comes to mind first without hesitation.

Madrassa is a seminary (higher education institution), here Ben Youssef is the largest school in Marrakech built in the 16th century. Even so, it is not easy to find this building surrounded by any exotic wall in the Medina's maze, the tourists are a local person - sometimes in a blazing sun, in a different place It is not something that you can not reach easily unless you become care for the guides who requested an unreasonable guidance fee brought back to you.

Finally arrived, many of the people who entered this building will be surprised. That is exactly a different world if you step one step. The tranquil taste just a few seconds ago is a lie silence.

Take a deep breath slowly after swinging the neck vertically and horizontally as if sifting through the body warming up. By doing so, when switching the state of mind and body, I feel that a precise beauty like a dizzy will soak in the body.

The beauty of Islamic architecture lies in its inner beauty.
Witnessing the world of precision beauty that did not imagine in the appearance in the world where beauty is solely trying to repair only the appearance is witnessing that it is very dazzling It is. The walls are bright but all are decorated with arabesque geometric patterns, so they feel intelligent calm atmosphere.

Madrassa left me a strong impression because the building preserved the shape as a school of a boarding school as it was. The courtyard with a brilliant wall and the surroundings of the worship room were surrounded by two-story dormitory groups, and I was able to look into each dormitory room.

The dorm room is very simple and has a structure that can incorporate external light well. I imagined the appearance of a former student who devoted studies in this ascetic room.

I am sure that it seems to be far from most people, just as I said the seminary. However, I myself have a time when I felt close to the existence of the theological school in my life.

My parents are Catholic and go to church everyday from childhood and in a boyhood I experienced a priest's priest called "Mass answer" for about ten years. And as I went up to junior high, the church's priests and sisters got a voice saying "Will not you become a priest?" For my one older sister who had already entered the monastery, there was a time when I thought that the invitation would be too realistic and furious to respond to the voice of an adult. But I refused, as I knew that neither will nor aptitude was for myself, even though I was holding on even the pros and cons of God's existence regardless of the hard teachings of the surroundings. I think that it was this time that I showed my will consciously for the first time in my life.

I was surprised at entering an ordinary public junior high school. Suddenly, it seemed like the adults started to talk in real intention. Were you living in such an ugly world, shivering for the narrowness of adults and the various unreasonable things that happen in the narrow world of school.
An important friend from an elementary school, the most familiar friend got bullied. He was excellent in grades and his head was quick. And I combine humor and kindness which is not disgusting, I envied the character. Such a person was affixed the label of "girls studies", and as a result of its dwarfing of its personality, it was misleading by some human beings, and was violent as a mere source of stress dissipation. It continued on a daily basis. I could not do anything I tried to consult with my teacher many times. Were all my friends all I could do to protect myself, nobody had the atmosphere to say such a thing. Next is ours. It seems that he is thinking that he is giving up, or just overriding patience and passing through now. I wrote letters to talk to the teacher, but I could not hand it over after all. I would have merely been unwilling, but at that time I hated that there were no reliable adults. I thought why some adults would not reach out.

One night I gradually went out of the futon and kneered on the futon. And I prayed to God for the first time in my life.
"Please help me, I'm sorry I can not help you, ok."
From that night, I came out of the futon not to notice my parents every night, I kneered on the futon and prayed to God. "Please help me ○ ○."
I remember as though it was yesterday 's hotness that burns an electric stove' s skin burning while trembling when praying.

When I looked into the frugal dormitory room of Madrasa Ben Youssef, the things that were close to God revived vividly. I felt nostalgia and familiarity with the loneliness of students who used to study in this room.
Surely science and prayer are in close proximity. I think that science is something that can not be done without a deep motive similar to prayer. For me, prayers have become somewhat far away, but Madrasa Ben Youssef left me a profound impression as a place where academics and prayer fold over.


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by terakoyanet | 2016-12-03 03:29 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)
2015年 11月 23日

マラケシュの神学校、マドラサ・ベン・ユーセフ

マラケシュで最も印象に残っている場所をひとつ挙げるように言われたら、迷わずマドラサ・ベン・ユーセフが最初に頭に浮かぶ。

マドラサというのは神学校(高等教育機関)のことで、ここベン・ユーセフは16世紀に建てられたマラケシュ最大の学校である。最大とは言っても、メディナの迷路の中で、何の変哲もない外壁に囲まれたこの建物を見つけることは容易ではなく、ツアリストたちは、地元の人―ときには炎天下の中、別の場所に連れ回されたあげく不当な案内料を請求するガイドたち―の世話にならないと、なかなかたどり着けるものではない。

ようやくたどり着いて、この建物の中に入った人たちの多くが驚きの声を上げるに違いない。
そこは、一歩足を踏み入れると、まさに別世界。
たった数秒前に味わった喧騒が嘘のような静寂。
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体に纏わりついた熱気をふるい払うかのように首を縦横に振ったあと、ゆっくり深呼吸をする。
そうやって心身の状態を切り替えると、とたんに眩暈がするような緻密な美しさが体の中に染みるように入っていくのを感じる。

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イスラム建築の美しさは、内部にその美を秘めているところにある。
外観だけを取り繕おうとする美が多い世界の中で、外観では想像もつかなかった精密な美の世界が内部に宿っているのを目撃するのは、それだけで非常に眩(まばゆ)い経験だ。壁面は鮮やかながら、すべてがアラベスクの幾何学模様で飾られているために、知性的な落ち着いた雰囲気を感じる。


マドラサが私に強く印象を残したのは、その建物が、全寮制の学校としての形をそのまま保存していたからである。鮮やかな壁面をもつ中庭と礼拝室の周囲は、2階建ての寮室群に囲まれていて、その寮室ひとつひとつを覗き見ることができた。
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寮室はとても質素なつくりで、外光をうまく取り入れることができる構造になっている。
この禁欲的な部屋で勉学に打ち込んだかつての学生の姿を想像した。

神学校と言ったところで、きっとほとんどの人にとって縁遠いものと思われるに違いない。
でも、私自身は人生で、神学校という存在を身近に感じた時期がある。

私は実家がカトリックで幼少のころから毎日教会に通っていて、少年時代に、約十年もの間「ミサ答え」と呼ばれる神父の侍者を経験した。そして、中学に上がるときに、教会の神父やシスターたちから「神父にならないか」と声がかかった。ひとつ上の姉が、すでに修道院に入っていた私にとって、その誘いはあまりに現実的で切実な声で、大人の声に応えなければならないのだろうか、と考えた時期があった。でも周囲の懸命な教えにかかわらず神の存在の是非についてさえも保留していた私は、自分には意志も適性もないということがわかっていたので、それを拒否した。人生で初めて意識的に自分の意志を示したのはこのときだったと思う。

普通の公立中学校に入って驚いた。突然、大人たちが本音で語りだしたように見えた。こんなに醜い世界に住んでいたのかと、大人の偏狭さと、学校という狭い世界で起こるさまざまな理不尽さに慄(おのの)いた。
小学校からの大切な友人、最も身近な友人がいじめに遭った。彼は成績優秀で頭の回転が早かった。そして嫌味にならないユーモアと優しさを兼ね備えていて、私はそのキャラクターが羨ましかった。そんな彼が、「ガリ勉」のレッテルを貼られ、その人格を矮小化された結果、一部の人間に疎まれ、単なるストレス発散のはけ口として暴力を振るわれた。それが日常的に続いた。何もできない私は何度も学校の先生に相談しようと思った。周りの友人たちは自分の身を守ることで精一杯だったのか、誰もそんなことは口に出す雰囲気はなかった。次はわが身なのである。もう諦めている、というか、ただ我慢していまをやり過ごす、そう考えているように見えた。先生に相談しようと私は手紙まで書いたが、結局のところ渡せずじまいだった。私が単に意気地なしだったのであろうが、そのときは信頼できる大人がいないことを恨んだ。なぜ大人の誰かが手を差し伸べてくれないのかと思った。

ある夜私はおもむろにふとんから出てふとんの上に跪(ひざまず)いた。そして人生で初めて神様に祈った。
「○○くんを助けてください。○○くんを助けてあげられなくてごめんなさい。」
その夜から、毎晩親に気づかないようにふとんから出て、ふとんの上に跪き、神様に祈った。「○○くんを助けてください。」
祈りをささげるときにぶるっと震えながらつけた、電気ストーブの肌を焼くようなひりひりとした熱さを昨日のことのように思い出す。


マドラサ・ベン・ユーセフの質素な寮室を覗き見したとき、神と近しかった過去のことが鮮やかに蘇った。かつてこの部屋で学問に勤しんだ学生の孤独に懐かしみと親しみを覚えた。
きっと学問と祈りというのは近接している。学問は、祈りと同じような深厚な動機がなくては、成しえないもの、私にはそう思える。私にとって、祈りはやや縁遠いものになってしまったけれど、マドラサ・ベン・ユーセフは、学問と祈りとが折り重なる場所として、私に深遠な印象を残した。



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by terakoyanet | 2015-11-23 04:42 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(2)
2015年 06月 06日

モロッコの世界遺産、アイト・ベン・ハッドゥ

アトラス山脈南縁の都市ワルザザードから程近いアイト・ベン・ハッドゥ(āyt bin ḥaddū)は、モロッコ内にある要塞化した集落(=カスバ)の中でも特に保存状態がよいものとして知られ、世界遺産に指定されています。

アイト・ベン・ハッドゥに着いたとき、暑さにやられた妻の体調がすぐれなかったため、あまり歩き回ることができませんでした。

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アイト・ベン・ハッドゥは、アラビアのロレンス、スター・ウォーズ、007 リビング・デイライツ、ハムナプトラ、グラディエーターといった映画のロケ地として知られ、私たちが行ったときにも映画のロケが行われていました。
出演者たちの目鼻立ちがはっきりした容貌、衣装の濃い色彩。単色の古い集落の中で見た目がちかちかするほどの鮮やかな色彩はいまだに脳裏にこびりついています。








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by terakoyanet | 2015-06-06 10:57 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)
2015年 04月 15日

ホテルオークラ東京とぜいたくについて

ホテルオークラ東京の本館がまもなく取り壊されるとのことで、
東京オリンピックを間近に控える1962年に開業したこのホテルがもつ「日本的建築美の創造」を体現した同ホテルの取り壊しに対し、それを惜しむ声がやまないとのことです。(参照:ホテルオークラ取り壊しに世界が動いた ポール・スミス氏ら有名デザイナーが続々「待った」 マーガレット・ハウエル、〈ホテルオークラ東京〉解体計画に物申す!



本館ロビー
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吉野桜とオークラランタン
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ホテルオークラ東京は、他の東京のハイグレードなホテルに比べ、何といえばよいか、泊まり心地が特によいかといえば、いまやそうとは言えず(といっても全ての部屋がそうかどうかはわかりませんが) 断熱性と気密性の高いマンション暮らしに慣れた人たちにとっては、最近建てられたり改築されたホテルのほうが、その点(断熱性等)をフォローしているため身体がその部屋に馴染んで快適だと感じるのではないかと思います。

私の妻などはとてもその辺に身体が敏感なので、断熱性の高いホテルの部屋で羽毛布団で寝るときだけは、ぐっすり眠ることができることがあるけれど、そうでない環境では眠ることがあまりできていないように見えます。これはぜいたくだと言われても、一度慣れてしまうと身体がそうなってしまう人にとっては、何ともどうしようもありません。(ぜいたく化するのは何も精神だけではない。ぜいたく化することの本質はむしろ身体にあるように思われます。)

私自身はどんな環境でも眠ることができる「眠りの達人」です。雑踏のなかでも砂嵐のなかでも歩きながらでも眠ることができます。寒山で遭難して「今眠ると死ぬぞー!」と耳元で叫ばれながら、最初に死ぬ人間でしょう。
昨年モロッコのサハラに近い辺鄙な田舎の安宿に泊まった時には、同宿のヒッピー風の男性が奏でるシタールの音色を聞きながら「ようやく全ての雑踏から解放された」と私はすっかり悦に入っていたのですが、隣にいる妻は泣いていました。環境があまりに普段の生活と違うので、身体がついていかない不安で泣いていました。私は心底かわいそうだと思い、反省しました。

現在、私の妻のような都会暮らしの人が増えてきているとすれば、今回の建て替えは畢竟致し方ないのだろうかと思います。このままでは、ホテルオークラは、泊まり心地に高級感のない中途半端な印象のホテルになることを免れないし、高級ホテルと言われる割にはかなり割安な現在の価格設定を変えることはできないでしょう。

新しいオークラは、現在の「日本の伝統美」のイメージを携えたまま新しいステージに向かうことを目指しているようです。来年、東京に行くことがあれば、新生オークラに泊まってみて、妻に感想を聞いてみようと思います。



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by terakoyanet | 2015-04-15 11:16 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)
2015年 01月 29日

マラケシュの喧騒と美 2

(1に続く)

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by terakoyanet | 2015-01-29 08:35 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)
2015年 01月 29日

マラケシュの喧騒と美 1

モロッコの世界遺産都市マラケシュの旧市街には、いま - ここで - 生きている - 私、というような、自分がいまこの場所に立って生きているということ、そして生きているその鼓動自体を否応なしに感じながら、日々を過ごさざるをえないような、とても濃密な時間が流れていました。


迷路のような狭い路地、路地の中をさまよっていると不意に目の前に現れるさまざまなスーク、スークで働く若い職人たち、怒号と熱気のなか行われるせり、猛烈な臭気が立ち込める羊皮なめし地区。

ピンク色の壁をもつ家々。繊細な彫刻やタイルに彩られる寺院、修道院。
乾いた大地を潤すかのような青の建築物。

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by terakoyanet | 2015-01-29 08:19 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 08日

マラケシュのクトゥビアとアグノウ門

今年訪問したモロッコのマラケシュでは、この地のランドマークとして知られるクトゥビアのすぐそばにあるリアドに滞在しました。

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フナ広場からクトゥビアを望む


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12世紀末に建てられたクトゥビアのミナレット(塔)は、高さ69メートルの荘厳な建造物で、世界遺産都市マラケシュのシンボルとなっています。
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かつて存在したモスクの基礎部分が整然と並んでいます。


広場から少し歩きますが、旧市街の南側、王宮の近くにアグノウ門があります。
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夕刻になると馬蹄形のアーチをもった朱色の門は、さらに赤みを増して輝きます。



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by terakoyanet | 2014-12-08 10:28 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 12日

大英博物館のミイラ

昨日、中3の授業中にミイラの話が出てきました。
こういう話、恐いけどみんな好きですね。


これ以降、棺やミイラの写真が出てきます。
苦手な方は閲覧をご遠慮いただければ。



大英博物館にはエジプトの王族の棺が多数展示されています。
女性の棺がたくさん…。
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有名な赤毛(ジンジャー)のミイラをはじめ、いくつかのミイラが展示されていました。
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生徒たちに大英博物館の話をすると
「写真撮影OKなんですか」
と尋ねられました。

日本の博物館と違って、海外の博物館は写真撮影可能なところが多いですね。

ミイラという人の亡骸を見て厳粛な気持ちになったかというと、そうでもありません。
炭化した人の身体を見て、改めて自分の身体も物質なんだという既知の事実を確認したにすぎません。

しかしながら、5500年前にこの世を去ったある女性は、まさか自分の亡骸が5500年後に世界で最も権威のある博物館の中で衆目にさらされるようになるとは思わなかっただろうな、と彼女のその数奇な運命に思いを馳せずにはいられませんでした。

同時に、そうやって5500年前の亡骸の前に立って、そしてそれをカメラに納めようとしている私はいったい何なんだろうということも考えずにはいられませんでした。

博物館に展示されているもの一つひとつは、私たちに人間のおぞましいほどの生への執着と、その裏にある人という存在の脆弱性を私たちに見せつけます。
しかし、それらが博物館という装置の前で一堂に並ぶと、それらが急に親和的な微笑みを湛えて私たちを迎え入れようとするのが不思議です。


大英博物館については、他にも興味深い展示が数多くありました。
気が向いたらまた記事にしてみようと思っています。


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by terakoyanet | 2012-11-12 12:26 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)