寺子屋ブログ by 唐人町寺子屋

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2016年 07月 01日

政治と芸術

政治と芸術(もしく音楽)との関係性について、昨今さまざまな意見が沸き起こっています。
その中で、私自身は会田誠さんの以下の発言が一番しっくりきました。

会田誠 @makotoaida
芸術に政治を入れるのになんの躊躇もない。ノープロブレム。しかしわざわざ芸術家になろうとしてなったんだから、政治なんて軽蔑してる。下に見てる。そういう感じでいきたい。

軽蔑してる、下に見てる。言葉は悪いけど、芸術をやろうっていう人はそうでないとと思います。政治は私たちにとって第一義の問題ではありません。むしろ政治を第一義の問題と錯覚している人たちと私たちは戦わなければならないのでは、とも。

先日、長年ポストコロニアルの勉強をしてきた人と話す機会があったのですが、反体制でなければ芸術家として弱いということを話していて、私はそうとも限らないと強く思いました。芸術家や哲学者は、反体制よりもずっと過激に体制を焦土にするようなことをやっているのに、皆が気づこうとしないだけではないか、と。



日本のメインストリームは、政治と芸術との相互的な関わりが貧弱です。というより単にそれらの関係性を自身の問題として落とし込み深化させること自体が苦手なのかもしれません。

サザンオールスターズ(桑田佳祐)は間違いなく稀有なの歌い手であり、作曲家であるけれども、とかく政治となると単なるポーズにとどまっているように見えます。数年前の紅白の際のパフォーマンスで物議をかもしましたが、パフォーマンスそのものというよりは、その批判に対する謝罪をしたために、その動機の軽薄さを自ら証明する結果となりました。

その点、同じ年に紅白に出た椎名林檎のパフォーマンスはすごかった。彼女はメインストリームにいながら、抽象的に政治を音楽に織り込むことに成功している稀有な才能だと感じています。このパフォーマンスは、見る人によって解釈が180度変わってしまうすさまじいもので、ある人は、ナショナリズムの熱狂そのものを感じるでしょうし、ある人は、そういったものに対して思いっきり中指を突き立てているように見えるでしょう。
サザンよりずっと過激なパフォーマンスなのに、日章旗の色が反転しているのに、あまりに解釈の幅があるために一方的な非難にさらされることはありませんでした。なんて上手(うわて)なんだと感心しました。





海外では政治の問題を自身の問題ととらえているアーティストがメインストリームにも多くいて、私自身が、サンダースへの支持を表明したレッチリ(Red Hot Chili Peppers)などより、ずっと共鳴しているのがビョーク(Björk)です。

アイスランド出身のビョークは現在、来日中で、さかんに日本のメディアでも取り上げられていますが、なかでもこちらのインタビューは必読です。

ロックやバンド形式自体に男性的ヒエラルキーが出来上がっているという話、エレクトリックミュージックこそが彼女を音楽的に自由にした話など、過去20年間彼女の音楽を聴いてきた私としては、合点がいきすぎて感動的です。彼女の存在自体が音楽自体が政治的であらざるを得ない必然や困難についても垣間見える話です。



ちなみにインタビュー中でビョークが「エレクトリックミュージックには魂がこもってない、なんてまだ寝呆けたことを言っているヤツらに、中指を立ててみせたような作品」と言っているJames Blakeの新譜、「(彼女とは)距離が近すぎる」と語っているANOHNIの新譜、本当に素晴らしいですからおすすめです。






そしてANOHNIもかなり読み応えのあるインタビューがあります。こういう質の高いインタビューが日本語で読めるというのはうれしいですね。

”マーガレット・サッチャーも、女性ひとりが男性のルールのなかでリーダーになっただけ。でも、政治自体が女性から指揮されるようになれば世界は変わると思います。 ” 

後半は政治的な話もでてきます。ビョークもそうですが、彼女たちには政治と音楽という境界はなく、切実な血肉の問題として政治と音楽があり、それらが避けがたく結びついています。音楽の政治的利用でも、政治の音楽的活用でもなく。

私は昨年ツイッターで(男性の現政権への支持率の高さに驚いて)「選挙権はもう女性だけに与えたらいいのに」という問題発言をして指弾されたのですが、アノーニが話す、政治にこそ女性のスキルが必要、という話に賛同します。インタビューでは、土方巽や大野一雄の名前も飛び出して驚かされます。



いわゆる左派の人たちのなかでは、バーニー・サンダースや三宅洋平への支持が盛り上がっています。
多くの若い人たちがインスパイアされていて、面白い動きだと思うのですが、私自身は、翻ってトランプ候補と同じスタンスになりかねない彼らの立ち位置よりも、あくまでそれが芸術でありながら、政治的なものを表出せざるをえない彼女たちに心が引き寄せられます。



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by terakoyanet | 2016-07-01 13:05 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)
2013年 07月 17日

梶井基次郎「檸檬」

梶井基次郎「檸檬」(青空文庫)

 えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終押さえつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに二日酔があるように、酒を毎日飲んでいると二日酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽 も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。蓄音器を聴かせてもらいにわざわざ出かけて行っても、最初の二三小節で不意に立ち上がってしまいたくなる。何かが私を居堪らずさせるのだ。それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。

 何故だかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが好きであった。雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、と言ったような趣きのある街で、土塀が崩れていたり家並が傾きかかっていたり――勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくりさせるような向日葵があったりカンナが咲いていたりする。

 時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。第一に安静。がらんとした旅館の一 室。清浄な蒲団。匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。そこで一月ほど何も思わず横になりたい。希わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。

 私はまたあの花火というやつが好きになった。花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、さまざまの縞模様を持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆った。

 それからまた、びいどろという色硝子で鯛や花を打ち出してあるおはじきが好きになったし、南京玉が好きになった。またそれを嘗めてみるのが私にとってなんともいえない享楽だったのだ。あのびいどろの味ほど幽かな涼しい味があるものか。私は幼い時よくそれを口に入れては父母に叱られたものだが、その幼時のあまい記憶が大きくなって落ち魄れた私に蘇えってくる故だろうか、まったくあの味には幽かな爽やかななんとなく詩美と言ったような味覚が漂って来る。

 察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。とは言えそんなものを見て少しでも心の動きかけた時の私自身を慰めるためには贅沢ということが必要であった。二銭や三銭のもの――と言って贅沢なもの。美しいもの――と言って無気力な私の触角にむしろ媚びて来るもの。――そう言ったものが自然私を慰めるのだ。
 生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであった所は、たとえば丸善であった。赤や黄のオードコロンやオードキニン。洒落た切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀色や翡翠色の香水壜。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所に過ぎなかった。書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。

 ある朝――その頃私は甲の友達から乙の友達へというふうに友達の下宿を転々として暮らしていたのだが――友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。私はまたそこから彷徨い出なければならなかった。何かが私を追いたてる。そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留まったり、乾物屋の乾蝦や棒鱈や湯葉を眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下り、そこの果物屋で足を留めた。ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった。そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗りの板だったように思える。何か華やかな美しい音楽の快速調の流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面――的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったというふうに果物は並んでいる。青物もやはり奥へゆけばゆくほど堆高く積まれている。――実際あそこの人参葉の美しさなどは素晴しかった。それから水に漬けてある豆だとか慈姑だとか。

 またそこの家の美しいのは夜だった。寺町通はいったいに賑かな通りで――と言って感じは東京や大阪よりはずっと澄んでいるが――飾窓の光がおびただしく街路へ流れ出ている。それがどうしたわけかその店頭の周囲だけ が妙に暗いのだ。もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かった のが瞭然しない。しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。もう一つはその家の打ち出した廂なのだが、その廂が眼深に冠った帽子の廂のように――これは形容というよりも、「おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ」と思わせるほどなので、廂の上はこれも真暗なのだ。そう周囲が真暗なため、店頭に点けられた幾つもの電燈が驟雨のように浴びせかける絢爛は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されているのだ。裸の電燈が細長い螺旋棒をきりきり眼の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近所にある鎰屋の二階の硝子窓をすかして眺めたこの果物店の眺めほど、その時どきの私を興がらせたものは寺町の中でも稀だった。

 その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬が 出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見か けたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。

 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故だったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。

 私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲つ」という言葉が断れぎれに浮かんで来る。そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。……

 実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える――それがあの頃のことなんだから。

 私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街をした詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思ったり、
 ――つまりはこの重さなんだな。――
 その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。

 どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善の前だった。平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。
「今日は一つ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。
 しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。香水の壜にも煙管にも私の心はのしかかってはゆかなかった。憂鬱が立て罩めて来る、私は歩き廻った疲労が出て来たのだと思った。私は画本の棚の前へ行ってみた。画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。 しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引 き出して来る。それも同じことだ。それでいて一度バラバラとやってみなくては気が済まないのだ。それ以上は堪らなくなってそこへ置いてしまう。以前の位置へ戻すことさえできない。私は幾度もそれを繰り返した。とうとうおしまいには日頃から大好きだったアングルの橙色の重い本までなおいっそうの堪えがたさのために置いてしまった。――なんという呪われたことだ。手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が抜いたまま積み重ねた本の群を眺めていた。
 以前にはあんなに私をひきつけた画本がどうしたことだろう。一枚一枚に眼を晒し終わって後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には好んで味わっていたものであった。……

「あ、そうだそうだ」その時私は袂の中の檸檬を憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」

 私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は手当たり次第に積みあげ、また慌しく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。
 やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。

 見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。
 不意に第二のアイディアが起こった。その奇妙なたくらみはむしろ私をぎょっとさせた。
 ――それをそのままにしておいて私は、なに喰わぬ顔をして外へ出る。――

 私は変にくすぐったい気持がした。「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」
そして私はすたすた出て行った。
 変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」
 そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下って行った。





――――

この話を読んだ後、「いまでもたまに丸善で美術書を積み上げて、その上に檸檬を載せて、にやりとしてそのまま丸善を去る若者がいるんだよ」と話すと、きまって皆がにやっとします。

若者の感性と衝動をこれほど瑞々しく描いた作品が他にあるでしょうか。素晴らしく面白い掌編です。



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by terakoyanet | 2013-07-17 11:06 | おすすめの書籍・CD | Trackback | Comments(0)
2008年 02月 18日

なんかすごいのもらいました。

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ええっと、チョコをもらったはずなのですが・・・
形状が何かに似ているのですが、しかも手作りでやけにリアルなんですが・・・(汗)
でもこれ、見れば見るほどすごくないですか? 土器に縄目をつけた縄文人もびっくりの手腕。

20世紀の芸術に最大級の衝撃を与えたマルセル・デュシャンというアーティストは、1917年に「泉」というタイトルの作品を発表しました。
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で、その作品というのは・・・便器でした。ただの便器でした・・・。

このバレンタインの贈り物としてのウ〇コはそれ以来の衝撃作ではないでしょうか。21世紀の私たちはもはや便器では飽き足らないのです。
・・・ということで、今年のバレンタインは大盛況で、久方ぶりに2桁のチョコ(+ウ〇コ)をもらいました。最初の写真の奥のかわいい袋には、Tさんからのかわいくておいしいクッキーが入っていました。(ほんとにおいしかったです。) 手前のウ〇コさんと、奥の袋のクッキーの作者は別ですので念のため。

by terakoyanet | 2008-02-18 02:29 | お知らせ | Trackback | Comments(0)