九州・山口の産業遺産・近代化遺産③長崎の軍艦島

長崎野母半島の沖に浮かぶ軍艦島。
自然の島とはかけ離れた異形が目を引きます。
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今日は長崎の軍艦島についての記事です。
通称軍艦島の正式名称は端島(はしま)。
江戸時代には周辺で石炭が採れることで知られており、明治期に島と言うよりは小さな岩礁であったこの地を埋め立てて拡張し、石炭採掘の基地となります。

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端島の拡張 (*Wikipediaより)


大正時代には、日本初のコンクリート集合住宅がつくられ、多くの人たちが居住する町が形成されます。昭和期には小中学校や公民館がつくられ、映画館、パチンコ屋、スナック、美容室等も建ちました。

1960年には5267人を数え、人口密度が8万人を超える超過密の島だった端島ですが、同年以降、エネルギー革命の影響で石炭の産出が落ち込み、島の産業は急速に衰退します。
1974年1月に同島の鉱山が閉山(このときすでに人口は2000人まで減少)、同年4月には住民全員が島を離れ、無人島になります。

端島は現在「九州・山口の近代化産業遺産群」の一部として、世界遺産暫定リストに掲載されており、2009年からはじまった同島に上陸できるクルーズ(但し上陸できるのは島内のごくごく一部の整備された歩道のみ)が人気を集めています。


私が端島を訪れた当時はまだ一般人の上陸が認められていませんでした。
ですから、テレビ局のクルーを乗せて島に行く漁船に同乗させてもらって、島の周りをぐるりとまわりました。

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近づいてきました。
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島の桟橋に到着。テレビ局のクルーたちを島に置いて
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島の周りをまわってもらいました。


写真左の黒ずんだ建物は65号棟。鉱員社宅で、端島で最大のアパート。10階には屋上保育園がありました。右側のさらに大きく見える建物は端島小中学校(70号棟)。
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高台にあるのは高級職員住宅(3号棟)。
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岩山の高いところに端島灯台と貯水槽。手前は鉱山会社の事務所や関連施設。
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少し離れて見ると確かに軍艦の形をしています。
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正面の横長の建物は31棟。大規模や社宅で、郵便局や共同浴場がありました。
右奥の黒っぽい建物が30棟。1916年(大正5年)築の日本最古の鉄筋コンクリートアパート。
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所狭しと集合住宅が立ち並びます。
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荒廃が進んでいます。
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手前が端島病院。
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ぐるりと回ってふたたび端島小中学校。
この建物中に子どもたちの歓声が響き渡っていたのはたった数十年前のこと。
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島の周りをゆっくりまわったあと、野母崎に戻りました。
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たった38年前までたくさんの人たちが住んでいて、いまだ人々の生活の痕跡が残る端島。
いまとなっては島の形状はいびつに見え、窮屈な土地に荒廃した建物が立ち並ぶ姿には若干のおぞましさを感じざるをえません。

しかし、私たちがこの島の向こう側に透視するものは、私たちの現在の生活も一種のいびつさを抱えているというリアルの側面であり、私たちがいつか将来の人たちから過ぎ去ったものとして見られることに対するやり過ごせない不安です。過ぎ去ったものを見るとき、私たちは自ずと死を連想します。
端島は私たちに、過去にそこにあった生と、私たちの行く末(=死)を感じさせ、考えさせる場所です。



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by terakoyanet | 2011-07-12 12:06 | 塾長おすすめの場所 | Trackback | Comments(0)