寺尾紗穂「老いぼれロバの歌」
2012年 10月 15日
私は自転車で教室に向かっていました。とても空が青くて風が気持ちいい午後でした。
私は仕事場に向かうときに度々ランダムでiPodを鳴らしていて、そのときも小さい音でTanlinesの"Real Life"が流れていました。
大濠高校に差しかかるころ、"Real Life"がフェードアウトし、その次に流れ出したのが寺尾紗穂の「老いぼれロバの歌」でした。
老いぼれロバがおりました
薪をのせればハーゼーゼー
とても役には立ちやせん
寺尾紗穂のアルバム「青い夜のさよなら」は今年の6月に発売されました。
私は発売当初からずっとこのアルバムを聞いていて、そのアルバムに収録されている「老いぼれロバの歌」はすでに何度も繰り返し聞いていました。とてもすてきな曲だと思いながら。
しかしこの日は曲がはじまったとたん、なんだか特別な感じがしました。
いまこの曲がランダムで選ばれたことにときめきを感じながら、音符一つ言葉一つを味わうように耳を澄ましました。
安くてかまわん売ってこい
言われて少年とぼとぼと
市場へ向かうその途中
ずっとロバの背なでました
ロバの背をなでながらとぼとぼ歩く少年の絵が浮かびます。
ロバが売られてしまうという話、ドナドナを髣髴とさせます。
何にも知らぬ老いぼれのロバの瞳はぬれぬれと
少年の顔みつめてる
あんた好きだとみつめてる
気持ちのよい秋の風を感じながら、この歌詞が頭を通り抜けたとき、ほろっとなりました。
今日、この曲が特別に胸に滲みるのには理由があるだろうと思いました。
何にも知らぬロバ。何の他意も打算もなく、ただ無垢に響く「好きだ」という言葉にほろっときました。
注目すべきは歌詞がロバ目線で描かれているからこそ少年の無垢さが引き立っているところでしょう。
これが少年目線の歌詞であればこうはいきません。少年を見つめるロバの目線から「あんた好きだ」とつぶやかれることで、人間の業(ごう)の介在なしに、少年とロバの心のあたたかなつながりが見事に描かれています。
買い手のつかぬそのロバと
少年は丘に行きました
東にまっかなお月さま
少年は泣きたくなりました
なかなかロバに買い手がつきません
日も暮れかけ、少年は心細くなります。
何にも知らぬ老いぼれのロバの瞳はぬれぬれと
少年の顔みつめてる
早く帰ろうとみつめてる
「早く帰ろう」と見つめるロバ。ここでもほろりとさせられます。
この言葉はロバの「何にも知らない」無垢性を強調させるとともに、「早く帰ろう」という言葉がそのまま少年の心のなかみであることを私たちは知ります。
その時買い手が後ろから
光る銀貨を差し出して
優しくロバをなでました
ここで物語は大きな折り返しをむかえます。
老いぼれロバの買い手が現れたのです。
「優しくロバをなでました」という表現から、ロバを大切にしてくれそうな穏やかな紳士の姿が目に浮かびます。
老いぼれロバのこれからの仕事はかろい姫さま運ぶこと
遠いお国へ運ぶこと えんやこらさと運ぶこと
ここで老いぼれロバのこれからが語られます。
老いぼれロバは少年のもとを離れたあと、小さなお姫様を運ぶ仕事をするのです。
少年のもとを離れたあと、きっとロバとかわいらしいお姫様とのあたたかい交流がはじまるのでしょう。
そしてそのころ老いぼれロバは少年から離れた遠い国に行ってしまうのです。
この場面はこの歌に深い含蓄を与えます。ロバと少年という二人ぼっちだった世界に広がりが生まれ、その広い世界の想起を通して、私たちはその大きな世界に対する不安と憧憬、そして言葉にならない愛のようなものが心のうちに宿っていることを知ります。
手にした銀貨をにぎりしめ
少年の胸はつんとした
少年は手の中の銀貨を見つめます。
ロバの代わりに手の中に銀貨がある、そのことは、いままでいっしょにいたロバがいなくなってしまう、かげがえのないものが失われてしまうということを意味している。仲良しのロバが無機質な銀貨に変わってしまうその現実にとまどいながら胸がしめつけられる少年の姿が浮かびます。
ちなみに曲中では、この歌詞のあとに、その余韻をかみしめるようなきらきらとした間奏が入ります。
何にも知らぬ老いぼれのロバのしっぽはゆらゆらと
少年の心揺さぶった
ありがとうなと
揺さぶった
何にも知らぬ老いぼれのロバの瞳はぬれぬれと
少年の顔みつめてる
あんた好きだとみつめてる
最後はお別れの場面。
ロバのゆらゆらと揺れるしっぽを見つめながら少年の心は揺れます。
せつない余韻を残しながら、この歌は終わります。
寺尾紗穂のこの歌が身に沁みた数日前の午後。少し心が疲れていたのかもしれません。
何事もタイミングがありますね。
いい歌というのは、不意に人の心にすっと入ってくる瞬間があります。
私がそのことを実感するとき、私はその歌に感謝せずにはおれません。
ロバが売られるという話。ドナドナ的な悲壮感漂う歌になると思いきや、ただただ飄々とした歌い口で、最後まで穏やかなロバと少年の時間を描いたところに、私はかえって彼女の知性を感じます。
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