子どもの自立 -親の不安を子に伝播させないこと-

少し前、といってももう4・5年前のことになるでしょうか。笑うと赤い頬がかわいらしい男の子だったのですが、その子が、塾に来るときに表情を曇らせている。大丈夫かなと思っていると、それが何週間も続く。1ヶ月経ってもその状況が続く。その間に学校の定期テストがあったのですが、それを境にますます表情が暗くなっているのがわかる。本人にたずねても、全く問題ない、大丈夫と言う。そんなことが続いていました。

そうしているうちに、11月になり、その子の三者面談があり、そこでそうかとわかったことがありました。
お母さまがこのようにお話しなさいました。「私がいくら言ってもこの子が勉強しないから、もう大丈夫かと不安で。」「でもテスト前は彼なりにやってたみたいで、でも結果が悪くて。きっとこの子、やり方が悪いんですよ。勉強のやり方の基本さえもわかっていないなんて、もうこの子この先どうなっていくか心配で。」「わからないなら先生に質問してきなさいって言ったんですよ。でも質問しない。もう、そんなんだったら先生に見放されるわよって、いつも私この子に言ってるんですよ。」「先生、この子が確実に伸びるための確実な方法を教えて下さい。確実な方法がないなら、私が先生にこの子を預けている意味はないと思うんです。このまま先生のところに預けていて、本当に大丈夫かしらと不安で不安で。」「あんたこのまま寺子屋続けて大丈夫なの?って聞くんですよ。そしたらこの子黙ってて、私、ますます心配になって。」

お母様は不安と心配で胸中がいっぱいいっぱいでした。
私は彼が塾で見せる、何とも言えない暗澹たる表情の由来はここにあると思いました。

お母様はとても熱心な方で、子どもさんのことを一生懸命考えていらっしゃいました。
物腰が柔らかく、落ち着いた話し方をする素敵な方でした。

しかし、真面目で子どもの事を何よりも優先に考えるお母様の不安と心配は、傍にたたずむ赤い頬の彼の心にそのまま巣食っていました。彼は何をやっても肯定感のようなものを感じることができず、勉強の話となると、うつむくことしかできませんでした。

子どもに愛情をそそぐ素敵なお母様なので、きっと彼はお母様のことが大好きです。でもだからこそ、彼はお母様に何も言えず、お母様が不安と言うのなら、そうなのかな、僕はこのまま勉強しても、このまま塾に行っていてもだめなのかな。日々そう感じながら、でも他の道がないからうちの教室に来ている。彼のこれまでの表情と、お母様を前にした彼の様子から、私はそう思いました。

親の不安は子に伝播します。私がここで「伝播」という、やや大仰な言葉を使ったのは、親の不安は、子の心の底に一旦沈着してしまうと、それが親が思うよりずっと長い期間、その子の心にネガティブな影響を与え続けるからです。子の心に広がる「不安」は彼の行動を縛ります。彼は自身に対する、勉強に対する、塾に対する、否定的な感情から抜け出すことができません。何も信じることができない彼は、何をやっても中途半端で空回りしてしまうのです。

その後、いつも真剣なお母様のお話しを度々拝聴しながら、私の方からは、その子が存外に頑張っていること、きっとうまくいくということを伝えながら、時が過ぎていきました。
彼は中3になり、あるテストでいきなり高得点をとり、それを境に笑顔も増え、その頃と時を同じくして周りに仲の良い友人も増え、夏以降は高邁な努力を続け、志望校に合格するに至りました。



親御さんはよくおっしゃいます。「私の言うことはきかないから、どうぞ先生、この子にビシっと言ってやってください。」
確かに子どもは親の言うことを聞かない。他人の言うことはよく聞く。これは一つの真実です。

しかし、それを超えた一つの真実は、子は親の言うことは聞かないが、親の言わないこと(=親の心の中の本音)は誰よりも聞いている、ということです。
子は知っているのです。親が言うタテマエよりも、親が言わないホンネに真(まこと)があるということを。

だから、親が本気で心配をしていると、親が誰かに対して不信を示していると、子はその心配に同調するし、その誰かを信じなくなります。

親は子に対し、不安を伝えない努力が必要です。
殊に、子に対する不安が募るときには、子はしょせん私とは別人格であり、私そのものの問題ではない、という諦念のようなものを持つことが必要なのです。そうすることで、子は自分のことは自分で考えなければならないということを学びます。親のためではなく、自分自身のために人生を切り拓く術を身につけていきます。そしてそれによってのみ子は「自立」を果たし、大人となっていくのだと私は考えています。


※上記の内容は、モデルを特定されないように、一部、フィクションを交えてお話しをしています。ご了承ください。


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by terakoyanet | 2014-09-18 23:37 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)