「この世界の片隅に」を観ました。
2016年 11月 21日
少し前になりますが、キャナルシティのユナイテッドシネマで「この世界の片隅に」を観ました。
過去数年で一番好きな映画になりました。
戦中・戦後の広島市と呉市が舞台。話は思いのほかテンポよく進んでいきます。
最先端のアニメ技術が駆使されているわけではないけれど、海や山、町なみ、建物、軍艦、どれをとっても絵が素晴らしかった。素朴ながらもきらめく瀬戸内の風景、海の色も、夕日の色も、確かにこの色だ。そう思いました。
主人公のすずは「普通の子」。彼女は、ただ言われるがままに結婚し、結婚した先の苗字もあやふやなまま、夫の家のある呉に引っ越します。戦争が始まっても、空は、海は、変わらず美しい。飛ぶ蝶々を追うのも、蟻の行列を辿るのも楽しい。軍港に出入りする立派な軍艦を眺めるのも楽しい。夏には蝉がうるさく鳴くし、冬には雪が積もる。そこにはどんなイデオロギーもちょっかいを出す余地がなくて、ただ日々の小さな発見や驚きが、彼女の「右手」によって描き留められていくのです。
しかし、戦争の影響は次第に彼女たちの生活を圧迫します。そんな中で、すずがなけなしの食材を使っていろんな創作料理をこしらえるシーンが楽しい。私はたまたま先日、暮らしの手帖さんが編集した『戦争中の暮しの記録』を買って読んでいたから、彼女がやっている工夫の中身が詳しくわかって面白かったです。この映画の副読本としてぜひおすすめ。戦時中もこんなに普通だったんだ、そんな当たり前のことを改めて実感できるのは、今を生きる私たちにとってうれしいことで、なんだか元気が出てくるのです。
後半は悲しくてやりきれない話が続きます。私はこの悲しさが、映画を見た後もしばらく続いて、本当にずっとやりきれませんでした。この映画の最後の方に「救い」を感じる人もいると思うけれど、私はむしろ、この映画の、普通の女性が、何も選ばずに、ただ生きた、そしてたまたま悲劇に遭遇して、心がずたずたになって、大好きなはずの夫の声も聞こえなくなって、そして時間が経ってようやく少しずつ自身で心を取り戻していく、その必然としか現実としか言いようのない描写の中に、ただただ、人の悲しく美しい人生を感じました。これは戦争映画ではありません。人の生をそのまま扱った映画です。
宮崎駿などの巨匠でさえ、男性作家は女性を「美化」してしまう。その結果、彼らの作品を観た一部の女性たちは、その理想的な女性キャラを見て、女性という入れ物から自身が疎外されてしまったようで反発を覚えざるをえないのですが、この映画のすずさんはそういった女性キャラの副作用的なものがなく、ただの女性だったのが素晴らしかった。そして、すずに命を吹き込んだ、能年玲奈(のん)さん、彼女の作品に対するシンクロ率の高さに改めて驚愕。こんな映画、次はいつ出会えるのだろうか。そう思わせる作品でした。ぜひおすすめです。
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