幸田露伴の『趣味』を読む
2017年 02月 15日
まさに珠玉の短文と言うべき文章で、時折、生徒たちと読む機会を作っています。
『趣味』は過去に一橋大学をはじめ、多くの国立大の国語の問題でも何度も登場しており、擬古文(近代文語文)のために現代の私たちにはちょっと読みにくいのですが、音読するとさらに良さが分かるのは、擬古文ならではのことで、本来は原文を読んでいただいたほうがよいのですが、今回は、この文章の現代語訳(意訳あり)を書くことで、もうすぐ卒業する生徒たち、特に高3生たちへのギフトとしたいと思います。
(ギフトと言えば、高3生のある子が、先日、自習室をはじめとするいまの寺子屋の中で気になることについて率直に話してくれました。大切なギフトをもらいました。ありがとう。)
『趣味』 幸田露伴
趣味は人の思考であり、見識であり、思想であり、気品であり、心である。心は卑しいところを改め、善い方へと正していかないわけにはいかないだろうし、気品は清く高くあるべきである。思想は汚らしくも下品でもないことが必要であり、見識は卑しいところがないことが必要である。嗜好には行き過ぎのないけじめがほしいし、趣味がひどく低くて浅いのは残念なことである。自らの手で土壌を作り、自らの手で養い、自らの手で育て上げ、その結果、自分自身の中に自然に生じた心の色が花のように咲き出でた趣味こそを、特に栄えさせねばならない。
目の覚めるような華やかなものを好む人がいる。心が引き締まるようなものを喜ぶ人がいる。淡白なものを好む人がおり、濃厚なものを愛おしく思う人がいる。艶やかな美しさを愛する人がおり、渋く古びたものを欲しがる人がいる。人の趣味は、ちょうど人の顔の形や人の声色がそれぞれに異なっているように、千差万別である。自分の基準で他人を正してはならず、逆に、いたずらに他人の真似をして自分を捻じ曲げるのも難しくて上手くはいかない。なぜなら趣味は、人々それぞれに宿る心の花から出た自然の色だからである。花を染めて元ではない色を作り、花を洗い流して元の花の色にはない色を作ったとして、本当にそれに何の甲斐があるというのだろうか。それぞれの人に咲く花は、土壌を作り、養い育て、充分に成長させて、その結果、自然に表出した色を、春や秋の空の下に、心ゆくまで豊かに解き放って自由に美しく伸ばしていかねばならない。人の趣味は、土壌を作り、養い、充分に育て上げて、その自然に基づく趣味の香りをゆったりと世の中に広げ香らせるべきである。
自らに不足があることを知るのは、満足に至るための道である。至らないことを知るのは、高みを目指すための道である。自分の趣味が不十分であることを知り、尚も至らないということを悟る人は幸せである、その人の趣味は、まさに次第に成長し、次第に進歩しようとしているのである。自分の趣味が幼稚であることを反省もしないで、自分が良いと思うものばかりをいつも良いと思い、自分の興味深いものばかりをいつも興味深いとして、高みを目指そうとせず、卑しいところを改めようとしない人には幸いはない。その人の心の花はすでに石となり、生命を失っているからである。
髪飾りはいつも黄金であることを欲し、着物は必ず絹であることを欲するのは、欲望というものであり、それは趣味ではない。欲望は自分を縛り、そこに自由はない。趣味は自分を縛ることをせず、自由がある。趣味が低く、欲望が強ければ、自分が欲しいものが手に入らないと、その苦悩は際限のないものとなる。趣味が高く、欲望が薄いものならば、もし自分の欲しいものが手に入らなくても、それとは別にふさわしい楽しみが、一つや二つどころではなく見つけられるだろう。ちっぽけな野菊の花を髪飾りにしても、香りの消えた山吹の花を髪飾りにしても、薔薇の一輪が白く膨らんでいるのを髪飾りにしても、梅もどきのいくつかの実の赤いものを髪飾りにしても、その人の趣味から見たときに「良い」とするものであれば、たとえ木の端や竹の切れ端を髪飾りにしても、そこに満足や喜びがあるに違いない。時と所におうじて、どんなときも、どんな場所でも、喜びの気持ちを見出すことができるのは、趣味によるものである。欲しいものが得られないと苦しみ、遂げたい願いが遂げられなければ悩み、そのように、自分の心を、自分の外にある物の奴隷にして、心がその物に支配されてしまうようになるのは、欲望がそうさせるのである。欲望は人を苦しめ、趣味は人を生かす。趣味の豊かな人は幸せであることよ。
自分に何か得るところがあっても、他人にそれを期待しない、これを徳という。自分の心に楽しむことがあって、物事に煩わされることがない、これを趣味という。どんなときでも、どうにか十分な趣味さえ持っていたら、荒れ果てた寂しく寒々しい境遇であっても、その趣味によって楽しむことができるだろう。だから、培わなければならない、養わなければならない、そして育て上げなければならない、人の趣味性を。
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