寺子屋ブログ by 唐人町寺子屋

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2018年 04月 11日

「大人にも読んでほしい入試に出る評論」のコーナーを設けました。

とらきつねに「大人にも読んでほしい入試に出る評論」のコーナーを設けました。

入試に出る評論を書く作家の中で、私が好きなのは、鷲田清一さん、内山節さん、河合隼雄さん、森本哲郎さん、中村雄二郎さん・・・といった人たちです。


家族とは葛藤のるつぼである。しかもそこから下りることを許さない関係である。(鷲田清一)

歴史は無意識のうちにおこなわれる「悪意」によって書き直されるのである。(内山節)

「羨ましい」という感情は、どの「方向」に自分の可能性が向かっているかという一種の方向羅針盤としての役割をもって出現してきているのである。(河合隼雄)

ヨーロッパの哲学史は、「自分」という実体へ向かっての旅だったといってもよい。それに対して日本人は自分という一個の人間を実体としてではなく、機能として考えてきた。(森本哲郎)



中学生、高校生たちは、日々、評論を通して世界を学んでいます。(本校では小6もこれらの評論を読みます。)私たちはなぜ生きるのか、どう生きるべきか、ということについて考え、家族のあり方、学校のあり方や、国家の成り立ち、経済活動と資本主義、地球環境と倫理、科学技術の可能性と限界など、あらゆる課題について、思考を逞しくしています。評論を読み込むことは、親や学校から受けた直線的な価値観に染まりがちな子どもたちの思考を、自由に羽ばたかせることに繋がります。多感なこの時期に世の中の新しい見方を知ることは、自分自身がもっと豊かな人生を選ぶことができるという可能性を知ることでもあります。だから、私はこの時期の彼らに、評論の良書を読むことを薦めたいと思います。

そして、中高生時代に必ずしも良い評論に出会えなかった大人たちにも、ぜひともこれらの本を薦めたいです。生き辛さを感じている人、自分自身の不確かさにいつもおびえている人、世の中のいびつさに心を痛めている人、子育てに悩む人、たった一度の人生をもっと豊かに輝かせたい人、もっと自分の知識を深いところまで掘り下げたいと願う人。そういった人たちに、評論の良書は大きなヒントを与えてくれます。
読む人の思考の質そのものを問うことで、その人の考え方や考える癖そのものにアプローチするので、読む人の生き方の姿勢、判断や人との関係性に対し、間接的に影響を与えることがあります。

中高生時代にとっつきにくい文章と思っていた評論文も、大人になると、軽妙なエッセイとして、自分の生活に引き寄せて読むことができるのが不思議です。そうやって自分が重ねてきた年輪のようなものを確かめることができるのも、評論を読む醍醐味ですね。
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by terakoyanet | 2018-04-11 13:12 | とらきつね | Trackback | Comments(0)
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