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『本を贈る』を読む。

本を手に持ったとたんにびんびんと伝わってきた。この本は、本を心底愛している人たちによって作られている本だということが。

何て、本らしい本。
凛と角ばっていて、ページをめくりやすくって、言葉のひとつひとつがしっかり目に飛び込んでくる。


私はいまこの本を読み始めてわずか45分。
本のはじめから120ページ、編集者の島田潤一郎さん、装丁家の矢萩多聞さん、校正者の牟田都子さんの3人の文章を読んですぐにパソコンの前に座って文章を書き始めたところだ。(つまりまだ全体の半分も読み終わっていない。だから、まだ読み終わっていない人が書いているという留保つきで、この文章を読んでください。いっしょに「読み始め」の感覚を味わってもらえたら。)

本というのは読んでいると途中で弛緩することがあるのだけど、この本はちょっと違う。本を愛している人たちが意図せぬうちに絶妙なチームワークを生み出し、言葉のリレーを繰り広げる。まるで、運動会のリレーのように、走者たちがバトンを渡すたびに見る者の高揚感は高まる。この本は、まさにそんな感じだ。(その高揚感をそのままに、4人目にバトンを渡そうとする所作だけ最後に確認して、もう文章を書き始めてしまった。)

島田さんがこの本の冒頭に言葉を綴ったのは、きっとこの本にとっての幸運だ。島田さんの言葉の中に、ひとつの「全体」の話があった。これは、私が思うに本が持つ最も根源的な力だ。こんな話から始まるこの本はすごいと思った。そしてこの本もそのままで、ひとつの「全体」を体現するものになっているんじゃないか、そんなことを考えた。

島田さんの言葉でもうひとつ印象に残ったのは、「具体的な読者のために仕事をしたい」という話。私自身、何か文を書いているときに、一般とか大衆とかいう言葉がピンとこない。具体的な読者しか、逆に想定できない。だから島田さんの言葉に勇気をもらった。具体的な読者、目の前のあなたに向けて書いていることが、どこかで見知らぬ誰かとも、少しだけ交わることを信じたいと思う。


矢萩多聞さんの中1で学校をやめてインドから日本の友だちに何百通も手紙を送ったという「ビョーキな趣味」の話を読んでいると、子どものころに私も何かを人に伝えたいという強いビョーキの衝動を持っていた時代があったことに気づかされた。小学校時代は毎日新聞を書いて、初めは壁新聞として貼りだしていたけど、それでは物足りなくなって、新聞を毎日学校の印刷室で刷ってクラスのみんなに配るようになった。(よく先生が認めてくれたものだと思う。)中学では毎週寝不足になりながら原稿を書いて、給食時間に図書館アワーという全校放送を1年間続けた。1年間続けた最後の日、給食の終わりかけの時間に教室に戻ってきた私に対し、担任の村石先生が、一年間、こんなに内容のある素晴らしい放送を続けられるものではない、みんな拍手を!とクラスのみんなに拍手を求めてくれたことは忘れない。どこかで自分の趣味でやっているだけ、という引け目のような気持ちが巣くっていたから、先生が認めてくれたことで、どれだけ救われたか。そんな少年時代のことを思い出した。

矢萩さんの言葉で印象に残ったのは、この章のタイトルにもなっている「女神はあなたを見ている」。この言葉は、きっとこの本がこの世に生まれた意味そのものを示しているので、ここで説明してしまっては余りにもったいない。物事を大切にいとおしむことを知っている矢萩さんの文を通して、この本を読む人に、この言葉を味わってほしいと思います。


そして3人目のバトンは校正者の牟田都子さん。「ものを知っている」というよりも「調べ方を(人よりも多少)知っている」という校正の仕事の本質の話、しかしその校正という行為自体は「読む」というよりも「耳をすます」ことであるという話。
私も昨年初めて本をつくって、校正の方と、そして自分が書いた得体の知れぬ言葉と、格闘し、会話をした。そうか、校正というのは、こんなにあったかくて、真剣な仕事なんだと、そこには確かに血の通った会話があったと、牟田さんの言葉を読んで、改めて深く噛みしめた。
私は本を書きたいとか、本を出したいとかそんなことではなくて、究極にはこういう会話がしたいだけなんだ、そのことが、次の本のことについて考えているこのタイミングで確認できてよかったと思う。


普段、感傷的すぎることは恥かしいと思い、自分のことについては極力書かないようにしているのですが、この本は、あまりに自分に寄せて読むことができる本なので、前半を読んだだけですが、つい長文を書いてしまいました。

とらきつねには昨日入荷しました。ぜひ手にとって読んでみてください。

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by terakoyanet | 2018-09-15 04:08 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)