『橙書店にて』から別府のお店のことまで

数日前に天神の本のあるところajiroさんであった熊本・橙書店の店主、田尻久子さんのトークイベントに行ってきました。

トークイベントに参加するというのは、多くの場合、意義あるものを発見しに行くというような極めて目的的な行為を指すのだと思うのですが、その晩の田尻さんのトークは、田尻久子という人をそのままに感じるだけの時間で(彼女はそれをだらだらと話して…と表現していました)その時間の淡さが愛おしく感じられました。

この日のトークは今月出たばかりの田尻さんの新刊『橙書店にて』の刊行記念も兼ねたイベントでした。
この新刊について、私は他のところで次のように書きました。


『橙書店にて』晶文社(2019年11月刊行)

熊本・橙書店のママ、田尻久子さんが書いたエッセイ3作目。
私は彼女が書く文章が好きです。何を書いても澱みがない。さっぱりしてる。
哀しみをいとおしんでいるのにそれでいてカラッとしていて、だからかえって余韻が後を引きます。
それにしても久子さん、この本の言葉一つひとつがさらに冴えわたっているなあ、とつくづく。

橙書店の本棚の間を歩いているときのように、たよりない声が、声にならない声が、行間から聞こえてくるようで耳を澄まします。それは確かに命の深さを知る、やさしさに溢れる声。
石牟礼道子も村上春樹もあの日カウンターにぎこちなく座ったお客さんも、この本の中では、たまたま橙書店に触れた、なんでもない、そしてかけがえのないひとりの人として描かれています。その久子さんの目の正直さ、確かさに胸を打たれるのです。



田尻さんのエッセイ3作について、私がメモのように書いた案内をとらきつねに設置していますから、よかったらもらってください。
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『橙書店にて』の中に「透明なお客さん」っという話があって、その中に映画「かもめ食堂」のエピソードが出てきます。
その映画のあるシーンで泣いてしまった田尻さんは「店をはじめたときの不安な気持ちと、お客さんが入りはじめたときの安堵がよみがえった」と書いていて、私は『かもめ食堂』は見ていないけれど、その不安と安堵のことは身に覚えがあると思って、深夜に一人でほろりとしていました。

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今年の春に別府に行きました。
国内でも海外でも、旅をするときには、ここだけは行こう、というところをあらかじめ調べてGoogle Mapに☆をつけておいて、それを目印にその場所に向かいます。そんな初めからわかっている情報を現地で確かめることのどこが楽しいの?と言われそうですが、それについては哲学者の東浩紀さんが次のように語っています。

旅先で新しい情報に出会う必要はありません。出会うべきは新しい欲望なのです。〈中略〉
いまや情報は稀少財ではない。世界中たいていの場所について、写真や記録映像でほとんどわかってしまう。にもかかわらず、旅をするのは、その「わかってしまった情報」に対して、あらためて感情でタグ付けをするためです。
ー東浩紀『弱いつながり』ー

旅の「時間」とかそこで生起する「欲望」というのは再現不可能で、だからあらかじめ情報が与えられていても旅というのはいつまでも時めきを宿しています。

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写真はBASARA HOUSE ですが、こういうあらかじめ調べていたところというのは、まず裏切られません。
自分の趣味嗜好がはっきりしていて、それでいてたくさんの情報の中から選ばれたわけなので、いいお店に決まっています。
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で、こちらはBASARA HOUSEの近くにあるカレーのお店TANE。
こちら、雰囲気も最高だし、めちゃくちゃおいしいんです。これも事前に調べて行きました。


この2つのお店は私たちが泊まった宿のすぐそばにあったのですが、別府では原稿合宿(本の原稿を書くための宿泊)をしていたので同じ宿に4泊しました。だから、毎日何度も同じ道を通っていたのですが、この2つのお店以外に、事前調べではひっかからなかった小さなお店がもうひとつあるのが目につきました。

このお店の店構えは明らかにインスタ映えを狙っている感じが店内に入ることを躊躇させたのですが、でもそこにはかわいいおむすびが並んでいるのが見えました。そしていかにも感じのよさそうな若い女性の店員さんが一人で切り盛りしている様子がお昼から晩までガラス越しに見えました。

調べてみると、まだ新しいお店みたいで、毎日通るたびに、今日はお客さん入っているかなとか、作ったおにぎりが残ったりしないかな、なんて心配になってきて、猛烈に応援したくなるのです。

こんな勝手な感情が芽生えるのは、やっぱり自分に店を(私の場合は塾ですが)始めたばかりの不安の感情が強烈に残っているからだと思います。
初めてお手製のチラシをひとりで3000枚ポスティングして、翌日に1件も反応がなくてひとり泣いたこと、翌々日に初めてかかってきた電話に震える声で出て一生懸命に教室の授業のこと(そのときはまだイメージでしかない)を話したこと。
最初は本当に心細かったし、毎年生徒が満員になる今でも、来年はちゃんと入ってきてくれる子どもたちはいるだろうかと不安な気持ちは常にあります。

気になっていたお店に、3日目の晩にとうとう入ってみました。
女性の店員は話し方から外国の方、きっと韓国の方なのかなと思いました。
写真は買ったおむすびとスコーン。かわいいでしょう。とても美味しかったです。
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自分でもわけがわからないくらい、始まったばかりのこの店を応援したくなったあの日の気持ちを、田尻さんの文章を読みながら思い出しました。『かもめ食堂』もいつか見たい。


話しが逸れすぎました。

翌日、熊本からは田尻さんと、平田さん、そして神奈川からは編集者の川口さん、そして福岡の鹿子さん。4人がとらきつねに遊びに来てくれました。

遊びに来たといいましたが、川口さんは私の新刊の編集者で、その打ち合わせのためにとらきつねまで足を運んでくださり、それ以外の3人は彼女といっしょにとらきつねに行こうよと来てくださったのです。(田尻さんの最初のエッセイ『猫はしっぽでしゃべる』、そして鹿子さんのベストセラー『へろへろ』はどちらも川口さんの編集で、鹿子さんの新作『ブードゥーラウンジ』の編集も川口さんです。鹿子さんの新作たのしみ!)

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田尻さんと鹿子さんに、とらきつねで売っているおふたりの本にサインをお願いしました。
ぜひ早めにゲットしにきてください。ふたり、楽しそう。

保育士の平田さんからは、熊本で田尻さんたちとやっている子ども支援の話を伺いました。何か協力したいと思いました。
そして、川口さんとも原稿の話がしっかりとできました。遅くとも来年の初めにはお知らせを始めることができそうです。

この次の日に田尻さんからお礼のメールが届いて温かい気持ちになりました。
クールなのに愛の器が大きい人。細やかな気配りがある人。私も巷にいるたくさんの田尻ファンのひとりです。



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by terakoyanet | 2019-11-15 05:28 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)