1月30日の雑感

日々の受験直前指導の怒涛の中で、ここでお伝え損ねていることがたくさんあります。

中3生たちが本当に頑張っていること。
でもその中で、平気で人を裏切るようなことをする子がいること。
(中学生の男の子なんてそんなものだと割り切ってしまうことは簡単ですが、そんなに易々とは受け入れられません。)

成績表をご覧になった方はわかると思いますが、中2がグーンと伸び始めたこと。
そして中1がほんとうによくがんばっていて、前回の到達度テストでは、この時期としては学年平均偏差値が歴代約20年間で過去最高レベルとなったこと、他塾を含む全受験者の中で総合3位の生徒もいたこと。

大学受験生たちもセンターを終え、進路確定まで猛烈に努力を重ねていること。

ただ、寒さが厳しくならないせいで、今年の受験はなんとなく緊張感に欠ける部分があるのは否めないこと。

高校生の中には、生きることそのものに悩みながら、前に進みたくても進めない子もいること。

思春期に自堕落な生活で悩んでいる子たちって、単に頭の中の葛藤や煩悶が凄すぎて身動きが取れなくなっているだけの子が多いんじゃないかということ。
だから大人は思春期のダラしない子どもを見たら、あんたどれだけ思春期満喫してるの?って思ったらいいんじゃないかということ。

大人が子どもに「将来の夢」を尋ねる構造って、まじめな子どもたちを苦しめるだけじゃないかということ。
毎年この時期になるとそのせいで煩悶している子どもたちがいるのを目のあたりにすると、いたずらに大人が子どもを追い詰める構造ってどうにかならないのかと思うこと。

他にもたくさんあります。

子どもの悩みが深まるこの時期、親御さんの中にも同じように思わず考え込んでしまう時間がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そんな方にお勧めしたいのが昨日読んだ村井理子さんの以下のエッセイ。

答えが出ないことなんて当たり前だと思ってこれまでずっと生きていた。むしろ、自分の目の前に答えが用意されていないことこそが、人生の醍醐味だと思っていた。

そうやって始まるこのエッセイ。
答えが出ないことなんて当たり前、そう思っていた村井さんでさえ、思春期にいつの間にか子どもが変化し、親子間の感情がすれ違うことに対して、答えの出ない焦りを感じている。

それにしても、男の子って、自らの葛藤を母親の前では見せない子が多いですよね。
母親が明るくて無邪気(=バカ)な自分であることを望んでいることを知っているから、思春期になってもいつまでもそうである自分しか見せない。(他ならぬ私自身そうでした。)もう中学生になった僕はすっかり変質してしまっているのに、好きなお母さんの前では変わらない自分を半ば無意識に演じる子というのは多いと思います。

親も、そして他ならぬ本人自身も、いつの間にか変化した親子の間の関係性に悩まされる思春期のころ。
春ごろに発売予定の、『親子の手帖』に続くナナロク社から出る私の新刊は、そのことにも触れていますのでお手に取っていただければ幸いです。

村井理子さんの連載、「村井さんちの生活」には、最近の記事だけでも「いい親になりたい」とか「子育ては自分の子ども時代を巡る旅」とか、読んでいて涙腺が決壊しかねない文章がいろいろありますので、お時間があるときにぜひ。



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by terakoyanet | 2020-01-30 02:51 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)