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『ブードゥーラウンジ』鹿子裕文著 のこと

『ブードゥーラウンジ』鹿子裕文(ナナロク社)

福岡の宅老所よりあいとその界隈を描いた『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』により、各方面でセンセーションを巻き起こした鹿子裕文さんの新刊は、福岡のライブハウス『ブードゥーラウンジ』が舞台。

「ブードゥーラウンジ」のイベント、ラウンジサウンズを取り仕切るのは、ミュージシャンのボギー。
福岡の音楽好きなら「ボギーさん」が福岡のライブハウス界の重鎮(こんな言い方本人は好きじゃないかもしれないが)だってことを誰もが知っているし、もしかしたら音楽好きな自分があいにくボギーさんの仲間でないことに、なんとなく寂しさを覚えたことのある人もいるかもしれない。
それくらいボギーさんは福岡の音楽シーンで特別な存在感を放っている人だし、だからこそ、ボギーさんたちを遠目で見ながら、私はそんなにノレないし、バカになれないし、結束の強さのようなものも苦手だよ、そんなふうに、いわゆる「ボギー界隈」を悪びれもなく敬遠してきた人たちもいると思う。(そういう人たちを私は何人も知っている。)
こういう話は、地元の人しか書けないだろうから、私は書かなくてもいいことをあえて書いてみた。なぜなら、そういうのがなんとなくわかる…という人たちにこそ、この本を読んでみてもらいたいと切に思ったからだ。

この本『ブードゥーラウンジ』の構成は圧倒的だ。
そもそも、この鹿子裕文という人は物語ることの天才で、『へろへろ』だって、内容を要約してしまえば13ページくらいで終わりそうな中身を、脇道、横道に逸れまくりの圧倒的な筆致で288ページにわたって書き切った結果、「福祉の本」という枠を地球7周分くらい超えたスペクタルな物語に仕立て上げてしまったのである。
今回の『ブードゥーラウンジ』も、別に読んでタメになるアリガタい能書きは何もないどころか、出てくるのは「うんこ」とか「脱糞」とか「ケツは拭かずに舐めるもの」とか、もうね、お前まさかいまだに肛門期か?とフロイト先生に叱られそうな内容が羅列されているのに、パンツの横からヨコチンがはみ出るように、クソみたいな言葉の羅列の中からグルーヴが滾滾(こんこん)と湧き出てきて、しまいには涙か小便かよくわからないもので読む人の顔面がびしょ濡れになるのである。

『へろへろ』もそうだったように『ブードゥーラウンジ』には、ボギーやオクムラユウスケといった主役の他に、ザ・ボットンズ、カシミールナポレオン、鮫肌尻子、イフマサカ…といった愛すべき脇役たちが細かく描き込まれている。(脇役という割には存在感が強すぎるので、単に皆が主役なのかもしれないが。)
こうやって主役と脇役とがキラキラと、いやギラギラと輝き合って、ラウンジサウンズに集うさまは、天下一武道会(ドラゴンボール)さながらで、外国文学のポリフォニー的魅惑に嵌ったことがある人なら、それぞれの個性が立った登場人物たちに震えながら「ここに文学の愉楽あり」と心の中でガッツポーズをしてしまうかもしれない。

この本の構成で最も目を惹かれたのは、前出のブードゥーラウンジに出入りするミュージシャンたちの持ち歌の歌詞が、物語の隙間に差し挟まれるところ。隙間に挟まれると言っても物語の味付けとして歌詞が添えられているわけではなく、それどころかもはや歌詞がそのままこの物語のグルーヴを加速させるエンジンそのものになっていて、彼らの歌詞抜きではこの物語は全く成立しなかったといっても過言ではない。(そのくせその歌詞のほとんどは到底「崇高」と呼べるような類いのものではないのだ。)その意味でも、これほどに「音楽」そのものを文章に落とし込むことに成功した読み物は少ないのではないかと思う。

この物語はほとんど意図しないままに、「自分の生活が大事だから」と真顔で嘘をつくことに慣れてしまった大人たちへのカウンターになっているし、楽しいとかうれしいとか好きとか、そういう当たり前の感情や欲望なんかをつい抑えてしまう自分自身について考えるきっかけにもなる。
そして、『ブードゥーラウンジ』のから騒ぎは、決してペシミズムでもニヒリズムでもなくて、むしろ大人たちが無自覚に諦めてしまったものをいつまでも諦めきれない〈はみだし者〉たちが本気になって真剣に騒いでいる、そこに底知れぬ魅力があり、この本を読めば、いままでなんとなくボギーさんたちを敬遠していた人たちも、(たとえ『ブードゥーラウンジ』に足を運ぶことはできなくても、)心の一部だけでも彼らと繋がることができると思うし、それはとても幸福なことではないかと思うのだ。というわけで、今日、とらきつねに鹿子さん来ますよ!(校正者・牟田都子さんのトークゲスト)

『ブードゥーラウンジ』鹿子裕文著 のこと_d0116009_03111744.jpg


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by terakoyanet | 2020-03-20 03:12 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)