高校生のあやかさんとAI-amのおふたりからの感想(『おやときどきこども』)

私は「おやときどきこども」を読んで、母親や教師などのどんなをレッテルを持つ人でも、もとはひとりの人間なんだと気づかされました。

私は、中学生のとき教師に対して多くの不満を抱いていました。「教師」という職業に就いたからには、完璧にその仕事をこなしてほしい。生徒のことをちゃんと考えてほしい。そんなことばかり思っていました。

しかし、この本を読み終えた今では教師を、「教師」というレッテルをはがしてみることでそのひとはそのひとなりの努力をしていたんだろうなぁと、受け入れることができました。それと同時に自分のこころにゆとりができたような気分がしました。

この本はたぶん大人に向けて書かれた作品だろうと思います。けれど、わたしみたいなまだ親のもとで暮らしているこどもが読むことで、親にたいする見方が少なからず変化すると思います。

私の母親は勉強に対して厳しい人です。高校の定期テストで順位を落とすと、部活を辞めさせると脅されたこともあります。正直、母親のことは全く理解できませんでした。「脅したことで成績があがるわけないじゃないか。」と、こころのなかでつぶやいていました。でも親の気持ちを少し理解できた気がします。私の母親もきっと私のことを考えこみすぎてこんな言葉をくちにしたんだと思います。こんなふうに考えれる余裕ができたのは、この本を読んでからです。

鳥羽先生の生徒のひとりとして、これはいつも生徒全員と真摯に向きあって、一緒になって悩んでくれる鳥羽先生だからこそ書ける文章だなと読んでいながらずっとおもっていました。鳥羽先生らしい本だとすごく思います。とても考えさせられる本でした。

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高校生のあやかさんが、版元のナナロク社に『おやときどきこども』の感想を寄せてくれました。自分に引き寄せて読んでくれて、これを読んだだけでも書いてよかったなーと思いました。

あやかさん、私の本に寄り添って書いてくれたから上のような書き方になったと思うのですが、日ごろから彼女からは親への愛情や感謝のようなものがひしひしと伝わってきます。多忙な中、版元から送られてきた原稿を読んでくれて感想を書いてくれたみたいで、本当にありがとう。

本が出たあと、読んでくれた卒業生、在校生がいたら感想を聞かせてください、




AI-amのよっぴー(吉田 晃子 さん)、まりん(星山 海琳 さん)が版元のナナロク社に『おやときどきこども』の感想を寄せてくださいました。この感想が届いた日、感動のビッグウェイブが出版社を襲ったそうです。

感想というか、これはもう、「大人」と「子ども」の間の関係についてつづった掌編です。以下、読んでみてください。

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親にも、子どもにも、ひとつずつの孤独がある。「わかる」ではなく「わからない」を知る鳥羽さんの言葉は、こんなにもよく聴こえてくる。

学習塾という場所は、ときどき、数値ばかりが建物を覆っているかのように見えてしまう。けれどその場所で鳥羽さんは内側からの声を見せあい、孤独と孤独のままに交わり、人間の淋しさと切実さを受容する。安全靴を履かせようとはせずに、地面の感触をたしかめる一人ひとりの裸足を見ている。そして子どもたちは鳥羽さんを介して「私」を再発見し、発展させていく。それはまちがいなく、本質的な教育の空間だ。

大人は、長い年月をかけて「正しさ」の病に侵されてきた。親は、子どもが子ども自身の「私」と握っていた手を外し、「正しさ」へ押しこめていく。人間は割り切れないものなのに、偶数の存在であることを求めてしまう。けれど鳥羽さんのひたむきな言葉は、「私」を味わう時間を切り詰められてきた親と子のあいだに引かれた境界線を滲ませていく。わからなさ、割り切れなさへと近づく勇気を灯し、親が帰るべき「いま」を見せてくれる。

この本を読んでいるあいだ、わたしたちはひとりになる。そして、その喜びを湛えて大切なひとのそばへ行き、ひとつずつの孤独で呼応しあうのだ。

https://note.com/nanarokusha/n/n402f6b4085e3

(他のご感想は後日紹介します。ありがとうございます。)


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by terakoyanet | 2020-06-10 11:23 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)