子供には嫌なことはやらせないという考えについて

昨今、子供は嫌なことはやらなくていいと言う大人が増えていますが、多くの大人が勉強は本当に嫌だったけど、いまになってやっておいてつくづく良かったと思っているのも大切なリアルだし、私は子供は嫌なことは何もやらなくていいとは思いません。

小中の勉強って基礎すぎて、勉強が面白くなる、つまり勉強が遊びになる手前ばかりやってるわけで、たいして面白いわけがないんです。だから塾では勉強の本懐からは逸れる面白みと刺激を子供たちに与えながら引っ張ってる。この仕組みは正直に子供にバラしてもいいと思っています。

高校になるとようやく面白みの入口が見え、それが大学教育に繋がっていきます。(しかし、果たして大学生たちは勉強の面白みを味わえてるんだろうか。)

だから、小学校から高校にかけては、ゲーム感覚、競争意識などを利用して面白くない勉強に対していろんなアプローチが試みられているわけです。

そういう方法を簡単に全否定する人がいますが、過度な競争を回避したり、優越感を牽制したり、自信をなくしそうな子に別のアプローチをしたり、さまざまな工夫によって、ある程度誰も傷つけずに皆を勉強に巻き込む場を作ることは不可能ではないんです。

必ずしも勉強自体を楽しんだわけではないけれども、場に巻き込まれるのが楽しくて勉強してしまったあのときのことを、子供たちが後になって楽しかったなあ、勉強してよかったなあと思ってくれたら嬉しいなぁと思いながら、日々の授業をやっています。

私自身は、人に嫌なことを押し付けたり、自ら嫌なことに飛び込んだりするのはすごく避けたいと思ってる方ですが、でも他人(我が子を含む)が嫌なことを避けられるように執拗にアテンドしてあげるのってすごく余計なお世話だと思います。否定性は「いま」の鋭い発火点なので、そこでは鮮烈な学びを得られると思うからです。


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Commented by 首藤真 at 2021-05-14 16:00 x
私自身は、塾にも行かず、学校の宿題もせず、それに対して親に何も言われない家庭でした。それがどう影響したのかは、分かりませんが、長い間大学に行き、社会人になった後ももう一度大学院に行ったり、日々学びを楽しんでいます。

ただ、学びを楽しんでいる大人が本当に少ないとも感じます。大人になった後の学びの方がメリット大きいのですが、それに気づいていないだけかもしれませんが。。。

どう関わってあげれば、子供は、大人になった後も、学びを楽しめるようになるのでしょうね。制限なく面白い本を買ってあげるくらいしかできていないです。
by terakoyanet | 2021-05-14 12:29 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(1)