夏目漱石『虞美人草論』(7)
2008年 07月 20日
藤尾の恋とは「戯れ」であり、彼女にとって「愛の対象は玩具」です。
彼女は「愛せらるる事を専門に」し、「男を弄ぶ。一毫も男から弄ばるる事を許さぬ」女だと形容されています。
「愛の女王」 である彼女の最大の武器は、その美貌というよりは、魅惑の口にあります。彼女はお喋りで相手を誘い、惑わせ、虜にします。彼女はエロスの不思議を象徴世界の戯れに変える妖術師です。意味深げな微笑を浮かべた藤尾の口から妖しげな言葉が発せられるとき、敏弱な小野さんの心はことことと音を立てて揺れ動きます。そしてその弱々しい音を聞いた藤尾は、「紫色の微み」を浮かべます。
男性の恋が自慰的であるのに対して、女性の恋とは他者的な恋です。彼女の「楽(たのしみ)」は他者に完全に疎外されています。
相手に美しい音を奏でさせることだけが彼女の希みなのです。女性の恋は、それが他者的なものであるという点に限ればもしかしたら男性のそれより尊いかもしれません。
しかし女性の恋はときに他者的であるがためにべたべたに粘ついています。女性は自らの楽(たのしみ)が相手からしか得られないために偉大な誘惑者になります。女性は己の「第一義の問題」を欲望の渦に変え、男性の自慰的な世界を征服します。
そして誘惑者藤尾が小野さんを征服したとき、ふたりは〈愛〉という武器を手に入れました。その武器とはこれまでに想像もしえなかった強く美しいものです。ふたりは我が恋を人生そのものと思います。「わたしはいま真の人生を諷いあげている。」 2人はそう感じます。(8につづく)