寺子屋ブログ by 唐人町寺子屋

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2018年 12月 05日 ( 2 )


2018年 12月 05日

中3最後の面談はとても大切な仕事

連日、三者面談が行われています。

現在、中3は学校の面談で私立前期(または専願)入試の願書を書いているところで、その直前に行われる塾の面談は、一部の生徒にとって大きな意味を持つものです。

学校では必ずしも生徒一人ひとりの希望や適性に基づいた進路指導が行われているとはかぎらず、与えられた情報が少ないために、学校が提示した狭い選択肢の中で志望校を決定してしまう場合も少なくありません。(しかし、これは担任の先生個人を責めているわけではなく、学校の進路指導には限界がある、という話です。)

高校の進路状況は、毎年著しく変化していますから、個人で情報を収集するのには限界があります。ですから、塾の面談を通して、進路の選択肢を広げたり、決めていた志望校を変更したりする生徒は珍しくないどころか、全体の半数以上の生徒が、本校の面談で志望校を決定しているという状況があります。選択肢が広がった生徒の中には、ほんとうにうれしそうに目を輝かせる子も少なくありません。このために、この仕事をやっているんだと実感する瞬間です。

親と子の中に、高校の進路決定についての迷いがある場合には、進路指導を適切にすることができる塾に通うことをお勧めします。そのことで、子どもの進路が大きく変わりますから。
しかし、それができる塾というのはとても少ないのが現状です。

私も塾をはじめたばかりのときは手探りでした。
しかし、17年目のいまは、さまざまな的確な助言をすることができていることを自負しています。


でも、私が言うことを信じすぎないでくださいね。
高校への期待、将来への期待を、私の言葉にゆだねられるのは、ちょっと荷が重いです。

将来というのは手探りです。その手探りにこそ、人生の楽しみがあります。
私の助言も含めて、手探りで、その手に触れる感覚を確かめながら、楽しそうな将来を見つけ出していってほしいと思います。



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by terakoyanet | 2018-12-05 14:18 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)
2018年 12月 05日

神は負けても、親切は勝つ(岸政彦さん)


上のリンク先で読めるのは、社会学者・岸政彦さんによる『神は負けても、親切は勝つ』

私はカトリックの家に生まれたから、なぜ親や親戚が神を信仰しているのか、神の何を信仰しているか、幼いころからずっとずっと疑問でした。
そしてそれを尋ねること自体が不遜だという事実に戸惑い続けてきました。

「あとはもう、ただ考えるしかない。そしてできることをするしかない。」
そういうものに衝き動かされている事実が、祈りであり信仰であるということに気づいたのは、ずっと後になってからのことです。
自分がはじめから、わからないはずの他者を信憑していたことに気づかされたのもこのころです。

そういう信仰に対して無自覚でいたことを知ったとき、自分がとても罪深い人間のように思われました。親たちの思考停止の信仰に抗い続けたのに、私もわからないものを信仰していたのです。

でも、先に信仰があるのではなく、祈りが信仰の輪郭をつくる、それを先に教えてくれたらこれほどの逡巡はなかったのに、とも思います。

「神は負けても、親切は勝つ」
泣けるほど、いい言葉だなあ。


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by terakoyanet | 2018-12-05 11:18 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)