2019年 01月 12日 ( 1 )

辻山良雄/nakaban 『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)


体調が少しでも上向いたらこの本のことを書きたいと思っていました。
でもなかなか上向かず、いまは上向いたと思ったらまた少し悪くなってしまい、でもそんな中、この本のことをやはり書いてみたいと思いました。上向いたと思ったら少し悪くなってしまったいまは、なんとなくこの本のことを書くのにむしろふさわしいタイミングのように思われたのです。


この本は辻山さんという本を滋養に生きてきた人の記録です。結果としてたくさんの作品を紹介している本ですが、決して単なるガイド本ではありません。
辻山さんはきっと私たちが慌ただしい日常の中でついつい見ることをやめてしまう、心の深いところにある澱のようなものを替わりに掬うような仕事をしている人なのです。そしてそれは、少なくとも私にとってはこの世でもっとも大切なかけがえのない仕事だと感じられるものです。


この本の文章は、庄野潤三のそれのように淡々と綴られていきます。『ことばの生まれる景色』というタイトルそのままに、本という景色の中から自ずと生じた色が、そのまま辻山さんの文章を醸成してしまったような、そんな気配に満ちています。
この本は幸福なことに、その気配を伝える装置としてnakabanさんの絵がそれぞれの文章に添えられています。nakabanさんの絵を見て、その不穏さや不可思議さに、その明るさに、少しどこか落ち着かないような気持ちを抱えながら次のページをめくり、辻山さんの文章を読むと、それはnakabanさんの絵に対する返歌でもあるかのように、絵と文が軽やかに呼応し合っていて軽い目眩を覚えるのです。幸福なことばが生まれたライブ感を味わうことができるのは、この本の凄さです。


この本の中では、たびたび相対する2つのものが見出されます。
ヴォネガットの小説の中に「泣きながら笑う」しかない「二つの感情を同時に生きる」私たちが見出され、『遠野物語』の中に現代人が「明るさ」という仮象によって見失っている「闇の力をとどめておく物語」が見出され、クンデラの小説の中に「軽さ」と「重さ」という相反する葛藤と、クンデラ自身の引き裂かれた意識が見出され、そして、齋藤陽道さんの昨年発売された2つの作品『声めぐり』『異なり記念日』にひとりの人間が見せる一見相対するような複雑な人格が見出されるのです。


私たちは引き裂かれた世界に生まれ落ち、自らも引き裂かれた存在として生きています。だから、引き裂かれた生の実存に私たちは目を逸らせなくなるし、ときにそれに反目しながらも、ときにそれが生存の拠り所になるのかもしれません。
静かな強度をもつこの本が、多くの人に広まることを願ってやみません。


最後に、数日前にどなたかがすでにツイートされていたのですが、私も、この本の246ページの黄色い絵が目に飛び込んできたとき、うわーっと全身がざわめき、胸が高鳴りました。齋藤陽道さんの文を読んだときの、あの苦しくも美しくて幸福な感覚が、その絵を見た瞬間に、全身に呼び覚まされたのです。


『ことばの生まれる景色』 は、ナナロク社の村井さん、川口さんの直プレゼンの効果もあり、とらきつねでは入荷当日に売り切れたものの、再度入荷しており、現在は在庫がございます。


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橙の光の下で撮ったので
せっかくの表紙の美しい「青」がくすんでしまい、すみません。




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by terakoyanet | 2019-01-12 02:47 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)