カテゴリ:雑感・授業風景など( 1294 )

いよいよ福岡県公立高校入試まであと2週間余りとなりました。
受験生には伝えていますが、最後の2週間がこの3年間で一番伸びる時期です。
私はこの2週間のがんばりで劣勢を覆して合格した受験生をたくさん見てきました。
体調管理に留意しながら、最後の1日まで走り抜けてください。

今年の公立入試対策、視界良好です。
生徒たち一人ひとりが力をつけてきていることを強く感じます。

公立入試には公立入試ならではのクセがあります。
これはフクトや県模試などの模試では決して味わえないクセで、このクセに対応する力をつけるのがこの時期の公立対策に不可欠なのですが、このクセの部分にまでアプローチして徹底的な対策ができている塾は少ないのではないかと私は自負しています。(なぜならそのクセを理解するには指導側もかなりの経験年数を要するからです。それを5科目全て揃えるのは難しいと思います。)

やはり当校の特長は受験単語、理科記述式といった過去20年近くの指導の間に改訂し続けられて今に至るテキスト類。公立入試を深く解いた子ほど受験単語の威力に打ちのめされると思います。(打ちのめされてほしい。)単語帳は語彙数が多ければいいというわけではなく、範囲が限られていて、でも受験に必要な語彙数が年々増えている高校入試には、その過不足のなさが決定的に重要です。当校の生徒たちは2000近くの英単語と熟語を携えて受験に臨みますが、受験単語さえ覚えていれば、わからない単語や熟語は1つも出ないという事実は受験生たちを大きく勇気づけるものになると思います。

近年当校では直前の模試判定が決して芳しくなかった生徒たち(判定Dなど)が当日の入試では高得点をとって合格するという快挙が続いています。彼らは公立入試に最適化された学習を過不足なく、しかも楽しみながらやっていますから有利に決まっています。本番まで生徒たち一人ひとりがどれだけ頑張れるかが勝負ですが、私は今年も視界良好であると信じています。



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by terakoyanet | 2020-02-23 11:40 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

2月10日の雑感

私立高校入試がほぼ終了し、公立高校合格に向けて一直線に頑張る時期。
中3は例年の受験生より元気で楽しそうです。
まだまだ頑張れる子もいるので、グイグイと引っ張っていくつもりです。

中1・中2は学年末対策講座の真っただ中。
まだこのタイミングで「ワークが終わってない!!」と言っている子がいるのが気になります。
ワークは少なくともテストがある前週の週末には終わらせないと!
ワークをやるだけで終わるようじゃ、定期テストでの高得点は期待できません。

現在中1の特進クラスでは不規則動詞のテストを行っています。
初の不規則動詞ランダムテストでいきなり満点をたたき出した子たちの写真をパシャリ。

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100点を取った6人で撮ったつもりが、後ろにも写ってる。しかも超目立っている子(Iくん)も。。
(100点の子たちの表情が硬くて、後ろの子たちが楽しそうなのが面白い。。)

Iくんといえば、すごい技の持ち主で、私は彼の技にちょっとハマっています。
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ドンドン進化して凄いんです。


先取り情報になりますが、『親子の手帖』に次ぐ新刊『おやときどきこども』がナナロク社から4月上旬に刊行されることとなりました。3月21日のとらきつねの5周年(唐人町寺子屋は18周年です)のイベントで先行発売できそうです。
ナナロク社といえば、谷川俊太郎さんの詩集や川島小鳥さんの大ベストセラー『未来ちゃん』をはじめとして、1冊入魂の良い本しか作らない出版社として出版業界や読書人には有名な版元です。「次の本はナナロク社かミシマ社から出せたらいいなあ」と身近な人に呟いた翌日に、当時ナナロク社の編集者だった川口恵子さんから本書きませんか、というメールをいただき、1年半以上をかけて少しずつ書いてきたものです。
『親子の手帖』が親の問題から子どもにアクセスする本だったとすれば、『おやときどきこども』は子どもを主人公にしながら、親が自らの子ども性のようなものを取り戻していくような本になると思います。よろしくお願いいたします。

前作『親子の手帖』についてはこちらにまとめ記事などもあり、歌手の一青窈さんをはじめ、いろんな方の感想を読めるようになっています。(ありがとうございます。)受験期、卒業や入学シーズンの親の心について書いた内容もありますので、気が向いた方は読んでいただければと思います。





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「宿題やってきたー?」と尋ねると
すごいテンションで「やってきたー!」と全身で応える中1生たち



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by terakoyanet | 2020-02-10 08:14 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

2020年、明けましておめでとうございます
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写真は今日の午後、葛城山山頂(静岡県伊豆の国市)で撮影した富士山。
私事ですが、今年に入って八丈富士(東京都八丈町)とこちらの2つの山に登ってきました。
いまは福岡に戻り、仕事を始めました。



年末年始に、塾について考えるいくつかのきっかけをもらいました。

ひとつは、日ごろなかなか見る機会がないテレビで、離島の無料塾リフォームの番組があっていたのを見たことです。無料の何もないところに、エアコンやらパソコンやらボルタリングやらなんやら付けてしまって、その後の維持費はどうするのか?とか、そもそも運営する先生たちが主体的に設計しなくてどうする?とか腑に落ちないところが多々ありましたが、事情がわからないのでとりあえずそれは脇に置いておくとして、そもそも、この番組はリフォームすることやパソコンなどを揃えることが塾の価値を上げることに繋がるというバカげた価値観を塾に関わる人たち(子どもや親、運営側も)に与えるというその一点だけ見ても害悪でしかないと思いました。

パソコン一台より、心を許せる大人がそこにいて、その人から勉強を習うことが面白い!わかる!ということの方が大切で、そのためには極端に言えば公民館の長机と椅子だけでも十分だと思うのです。そういう当たり前のことを無視して、ハコのきらびやかさで子どもと親を喜ばせたところで、人という実質が伴わなければすぐに事業は頓挫します。(実際、ハコだけきれいで子どもを伸ばせない教育機関は、塾に限らず私立学校も含めたくさんあるのではないでしょうか。)ちゃんと他にいいところがあったのに、モノのきらびやかさに惹かれた親や子がさらなるモノをねだるようになると、運営側が懸命にモノで応えようとする→当初の良さが疎かになる、というようなクソみたいな循環が生まれるので、結局大切なことが失われていくことになりかねません。モノはあくまで自ずから生まれた要請に従った必要最小限のものでよいのですから、あの無料塾は、せっかく作ってもらったからとか言ってないで、いらないものはどんどん潰していかないと、立ちゆかなくなってしまうでしょう。資金面ももちろん大切ですが、それ以前に運営側が面白くないと教室は続きません。続かないことが子どもたちにとっては一番不幸です。子どもが好きで子どもを助けたいという志がある人たちが、あの番組を見て、意識高いだけの居心地の悪い教室を作らないことを祈っています。


もう一つ気になったのはこちらの記事。
小6の子どもたちが大晦日から正月返上でハチマキ締めて勉強しているなんて私は悲劇だと思います。
こうして鉢巻き締めて勉強するという一辺倒の価値観はおかしいということにとっくに多くの人たちが気づいている今の時世にこのようなことを企画する塾は、時代の趨勢を読めないという意味で、そういう人たちが子どもに影響を与える立場にいること自体が子どもに害悪でしかないと思うし、こんな家族生活をぶっ壊すようなスケジュールの合宿に「もうすぐ受験だから頑張るのよ」なんて子どもを宥めすかしながら参加させる親も、小学6年生の子どもにとって、家族にとって何がほんとうに大切かを見失っているという意味で、そういう親たちが日ごろから子どもに何を犠牲にさせているのだろうと想像するだけでぞっとします。

合宿はわざわざ正月にやらなければならない必然性はありません。その苦しさを乗り越えて、という価値観が虚偽であることくらいわかっていなければ、逆に今からまっとうに生きていけません。

本校も中3の受験生たちには正月休みにたくさんの課題を出していますが、それでも、どんなときも子どもたちには生活というものを失ってほしくないと思います。好きなことに没頭した結果、生活を失ってしまうのは仕方がありません。でも小6の子どもたちが中学受験のせいで家族との正月を奪われることは、あまりにいびつだと思います。「自分の意志で行っているんだから」という親もいるでしょうが、私はその意志はヤバいと思います。子どもが自分で意志を示したことで全て免罪になるなんてとんでもない話で、少なくとも、中学生くらいまでの子どもの意志の半分近くくらいは、親に責任があることくらいわかっておくべきだと思います。



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by terakoyanet | 2020-01-02 23:40 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

今年最後のお話し会

今年もいろいろなところでお話しをさせてもらいましたが、今日はおそらく(私個人としては)今年最後になるお話し会が早良区で行われました。(他の方との対談はまだありますが。)

お話し会の会場は満席。ズボンのチャックが開きっぱなしだったこと以外は全てがよい時間でした。
途中自分を離れて喋ってるようで、面白く感じました。
日ごろから原稿を書いていると、つらつらと言葉が出てくるようになるという効果がありますね。

途中、参加者の方に『親子の手帖』の朗読をしてもらったのですが、たくさんの参加者の方々が泣いていて、この本すごいなと人ごとのように驚きました。あたたかな会場をつくってくださった植山さん、岡田さん、来てくださった皆さまありがとうございました。いただいたお菓子、ケーキ、コーヒーもとても美味しかったです。

・・・・・

朗読してもらった箇所の文章、3か所のうち2つを以下にご紹介します。


かつて子育てというものが、村のコミュニティーや大家族との関わりの中で行われていた時代に比べ、共同体との関係が希薄になった私たちの時代の子育ては、親一人ひとりに孤独で苦しい戦いが強いられています。
子を守ることは、同時に子を抑圧することになる。でも、抑圧しすぎると、子は育たない。だからといって、抑圧しなければ、私はあなたを育てられない。親はそうやって子の責任を私独りで引き受けようとするために、延々と逡巡を繰り返し、それに付随する苦しみの連鎖によって、親はさらにその思考から子どもをいっときも手放すことができなくなります。
子どもに自然に育てるということは、親がその思考から解き放たれ、子どもに対する力の行使を断念することなのに、それはなんと難しいことなのでしょうか。

それでも、子どもはいずれ親を離れ、自立していくのです。親にとって、子の自立は、喜びであると同時に、自分の身を捥がれるような苦痛を伴うものです。
あの日、私から生まれた、私自身と同一視せざるをえないような脆弱さをまとっていたあなたが、私の逡巡とは別の場所で、私と別の人格を持ち、私から離れていく。それを認めることの苦しさ、そして、その途方もない心細さ。これは多くの母親が共有する感情でしょう。

・・・・

思春期の子どもにとって、親という存在はあまりに重すぎて、なかなか簡単に自分の内面を吐露できるような相手ではありません。それなのに、親の方は子どものことをわかりたい、わかっていると思いたいものです。そのせいで、子どものことを、つい自分と同一視してみたり、あるいは自分の所有物のように考えてしまって怒り散らしたりしがちです。
でも、実のところは、子どものことなんて、親にわかるはずがありません。だって、よくよく考えてみると、自分のことさえも何を考えているのかわからない私たちが、自分と似ているとはいえ、自分ではない別の個体である子どもの心がわかるわけがないのです。
親子の関係は、親が子どものことを「わかる」「わかりたい」「わかるはず」と思うあまりにこじれます。親にとって子のことが「わからない」のは、底知れず不安で苦しいことです。それで、親は子どもにいろいろな干渉をすることで、その不安を解消しようとします。その親の働きこそが親子がこじれる原因です。
だから、親の方がもう少し、私は子どものことがわからない、だから不安なんだ、私が子どもに抱いている不安というのは、私が子どものことがわからないことから生じる私自身の不安なんだ、そういうふうにクリアに理解できれば、子どもに対する距離感が変わって、自分も子どもも肩の荷を下ろすことができるのではないでしょうか。
では、わからない私たちにできることは何かと言えば、ただ子どもに近づき、そばにいることです。そうやって、ただ子どものそばにいるというのは、親にとっては落ち着かない不安なことです。でもその「そばにいる」ことだけが、親が子にできる全てであり、脆くてはかない、でも確かな幸せなんだ、そう気づいたとき、私たちはそのありがたさに涙するかもしれません。





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by terakoyanet | 2019-10-30 19:15 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

続・中学受験のこと

中学受験は学力が高い子たちにはメリットがあるシステムだと思います。
だからもし私の子どもが中学受験をしたいと言い出した場合には、その学力の状況に合わせてずばり受けるか受けないかを決めます。
〇〇中学あたりに中程度以上の成績で合格するレベルがあれば、確かにメリットがありますから。

私立中学(中高一貫)の最大の問題は高校になるころには学力差があまりに激しすぎてとんでもないことになっていることです。
下位の子たちが高校になって塾にやって来るとたびたび驚かされます。
彼らは三単現のSや正負の計算さえままならないし、be動詞と一般動詞の違いも、方程式と文字式の違いもわかっていないことが多いです。
それなのにすでに三角関数や仮定法を解くことを強いられている。こんなのうまくいくはずがありません。
私立中に入ったせいで高校になって圧倒的に学力相応ではない勉強を強いられる子は多いのです。

だからこの時期になって「私立中に行きたい」と突然言い出す子は多いけど、学力が高くないのにとりあえず私立中に入るのは本当にやめたほうがいいと私は思っています。




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by terakoyanet | 2019-10-04 15:15 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

中学受験のこと。

最近、中学入試についての相談を複数受けているので、ここに書く内容に一定の影響力があることを承知でひとつ言わせていただければ、福岡市の場合、一定レベル以上の成績の子、努力できるタイプの子は、私立中学受験をせずに公立中に行って上位公立高校に行ったほうが結果的に志望大学に受かりやすい(特に国公立大学)ということが高確率で起こり得ます。(すべての私立がそうというわけではありませんが、中学受験で私立を選んだために、そのあとずっと私立レーンのまま大学に進む子は珍しくありません。)

子どもはそこまで見越して受験できないから、そこは大人が口を出すべきところだと思いますし、中学受験は「子どもが受験したいと言っているから」というだけで決めるべきではないと私は考えています。

その他、中学入試についての考え方(情緒面も含む)については拙著『親子の手帖』にも書いていますので参考にしていただければと思います。



『親子の手帖』第2章

7 なぜ偏差値の高い学校を目指すのか
8 小中学校受験と親
9 葛藤との向き合い方
10 受験直前の子どもとの付き合い方

小中学校受験を子どもにさせる親は、その主体が子どもではなく、親にあることをごまかさずに明確にしておくべきです。極言すれば、現在の小学校受験というのは、親が「安心を買う」ためのシステムですから。(『親子の手帖』第2章8節より)



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by terakoyanet | 2019-09-20 12:53 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

2学期中間対策講座

現在、2学期中間考査の対策講座(当仁中)が開催中です。
生徒たちには言いましたが、毎年、2学期の中間考査は夏休みの直後だからか子どもたちがどこか油断気味で、
そのせいで、テスト範囲の学習をやり終えないまま定期テストに突入する子が他の時期のテストより多いです。

つまり、2学期の中間考査で普段より得点が取れない子というのは、単元的に難しくて理解できなかったとかいうことより、単に暗記部分(定期テストは暗記勝負の部分が大きいです、これが模試や入試との最大の違い)をちゃんとやっていなくて(例えば英単語や基本英文、漢字や社会・理科の用語など)そのせいで得点が取れなかっただけの子が多いということです。

今年も同じ傾向が見えます。明らかに準備不足の子がちらほら。

定期テストで手ごたえを得た子たちというのは、その手ごたえが次のエネルギーにつながっていることを感じます。
生徒一人ひとりにとって、良いテストになりますように。


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by terakoyanet | 2019-09-08 23:59 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

中3夏合宿2日目

中3夏合宿の第2日目。今日は1日中勉強の日。


早朝6時半からの自主勉強。参加義務はありませんが、6時38分時点ですでに3分の2の生徒が勉強を始めており、
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そして、その約10分後には
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全員が揃いました。
早朝の自主勉強に初日から全員が参加したのは史上初です。

この学年はやはりすごい。
しかも無理して頑張っているわけではなく、自然にふつうにこなしているのがとてもいいと思います。

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今日唯一の休み時間に、体を動かしたい子たちと合宿所のそばにある西日本一のパークゴルフ場に。
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by terakoyanet | 2019-08-20 23:50 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

中3夏合宿1日目

本日は中3宮崎夏合宿の第1日目。
本校にとっては、17回目の都城・かかし館での合宿となります。(2003年から欠かさず毎年実施)

今日は天候に恵まれなかったのですが、天気を心配しているのは大人の私たちばかりで、子どもたちは雨でも元気、全力で楽しんでいました。


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15年ほどずっとお世話になっているえぷろん亭にて。
チキン南蛮定食がグレードアップしていました。
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鵜戸神宮へ。合格祈願の運玉投げも。

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合宿所のかかし館に到着。
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他の子たちよりいち早く教室に入り、勉強を始める子たち。
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合宿特別講習スタートです。今日の集中力、素晴らしかったです。明日は勉強づくしの1日。
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1日の授業が全て終わった後も、残って学習に勤しむ子たち。
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昨年も素晴らしい雰囲気でしたが、今年もピリッと引き締まった合宿になりそうです。



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by terakoyanet | 2019-08-19 22:52 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

好評をいただいている『旅をしても僕はそのまま』(文・写真 鳥羽和久/絵・馬場通友)の8月17日時点の全国のお取り扱い店をご紹介いたします。こちらでご紹介するお店は、その地域の文化の発信地としての役割を担う本屋も多く、そのような場所に置いて頂いていることに感謝しています。全国に旅をするときに訪れる書店の参考にもどうぞ。



■東京(荻窪)・Title

旅は、旅する人の心のうちを開放する。これまで思考したこと、読んだ本が、目のまえの風景と出会った人により喚起され、忘れがたい景色となって結実する。スリランカ、バリ島、アッシジなど、各地のインスぺレーションを得た告白。
鳥羽和久・著 馬場通友・絵『旅をしても僕はそのまま』(啄木鳥社)


■葉山・Bookshop Kaspar



■名古屋・ON READING

福岡市で現代の寺子屋のような開けた学習塾を運営する著者・鳥羽和久によるエッセイZINE。

レヴィ=ストロースの言葉を引用し、現代のSNS時代における、旅と自己の変容について綴ったテキストから始まり、ジェフリー=バワの建築をきっかけに訪れたスリランカで思索した、ジェントリフィケーションによって失うもの。バリ島の小さなゲストハウスで交わされたオランダ人、韓国人、オーストラリア人たちとの会話。イタリアの町アッシジの教会で聴いた自己の存在証明の話。

『旅とは「見られる」という不気味なものを通して自らが開かれる経験である。』(本文より)

薄い本ではあるが、何度もページをめくり、ゆっくりと咀嚼して考えたいテーマが詰まった1冊。





■大阪(豊中)・blackbird books

旅に出ると思い出すレヴィ=ストロースの言葉。
スリランカ、インドネシア、イタリア、旅先で出会った異国の多様な人々。
交錯する日本の社会と自身の記憶。

鳥羽さんという一個人の旅の記録だが、それは私に旅が記憶から抜け落ちていたもの、つまり世界から消えようとしていたものに直に触れることが出来るということを教えてくれる。
旅に出て何かが変わるわけではない。世界の不完全さ、つまり自身の不完全さに気づき、自らの孤独と向き合うほかない。
タイトルが深く、潔い。

もくじ
残照
バワの残響
レインボーカラー
罪について

鳥羽和久
1976年 福岡県生まれ
唐人町寺子屋+航空高校唐人町+とらきつね 運営


■福岡(糸島)・nodocafe

旅をしてもぼくはそのまま

@torakitsune_books さんから
出来たてホヤホヤのZINE届きました
読んでみてほしいです(k)




『旅をしても僕はそのまま』感想も届き始め、嬉しく思っています。


わからないものの答えを求めるのではなくて、手繰り寄せるその態度というか、そっと触れようとするその行動そのものが、私を真っ当に生きさせてくれているのかもしれない。本当にそうなんだよね。
(ブログ『未来志向でいこう。』より)




『親子の手帖』とともに、よろしくお願いいたします。
いまは時間がありませんが、なんとか今年中に完成させるべく新刊の手直しに勤しんでいるところです。



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by terakoyanet | 2019-08-18 00:17 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)