いじめはダメだけど、いじりはよい。
そもそも、その認識が間違っています。

いじられている子どもがヘラヘラとした笑顔を見せていて、それで周りの大人が安心しているとしたら、大間違いです。
その笑顔は、その子にとって、自尊心の最後の砦かもしれないんです。

いじりだからと見過ごしてはいけません。
いじりの多くは、いじめと同じく一定のヒエラルキー・上下関係に依存した、すごく一方的な暴力です。

だから、バラエティ番組でたびたび登場するいじりが私は好きではありません。
弱者いじりをする人たちを私は見ていられません。

こういうことを言うと、そういうことを言っている人のほうが差別意識があるのだ、という人がいます。

でも、違うんです。そうではなくて、あなたが差別に対して鈍感なんです。
自分自身が差別される立場に転落する、その恐ろしさを知らないんです。


いつも天真爛漫な子どもたち。
目の前にいる友達が大好きだから、思わずお互いに悪口を言い合うじゃれ合いをいつも目にします。
それはとてもほほえましくて、見ているだけでこちらまでうれしくなるほど。

相思相愛のじゃれ合いと、いじりは、明らかに違います。(でも、じゃれ合いというのは、一時的な関係性に依存した脆弱なものということは覚えておかなくてはいけません。いつだっていじり、いじめに転落しうるから。)
テレビで芸人たちが展開するいじりは、いくら本人たちが「そこに愛があるから」と言ったところで、そんなものは言い訳にならない構造があります。他より劣る人、いびつな人、空気が読めない人をあざ笑っているでしょう。

繰り返しますが、いじめかいじりかというのは表面的には違っていても、その構造は同じです。
いじりもいじめの一種なんです。
このことに大人が敏感になっていかないと、けっして子どもたちのいじめの問題は是正されません。


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by terakoyanet | 2018-02-06 10:24 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

雪の朝、推薦入試。

雪が激しく舞う朝。
今日は公立高校の推薦入試日。

連日、私立大学の入試も行われていますが、寒さにも雪にも慣れない福岡の受験生たちにとって、今年の気候はとても厳しいものがあります。
インフルエンザがこれほどに受験に直接の影響を与えた年というのも記憶にありません。

今日、受験をむかえるみんながせいいっぱいの力を発揮できますように。


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by terakoyanet | 2018-02-06 07:25 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

フーバーダム

先日の授業で、コロラド川流域にあるフーバーダムがでてきました。
こどもたちに写真を載せる約束をしましたので、こちらにあげておきます。

現在、車のCMにも使われているこちらのダムは、日本に約2500基あるすべてのダムの貯水量(250億トン)の1.6倍の貯水量(400億トン)をもつ超巨大ダムです。

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手前に、大林組が竣工した、コロラドリバー橋が見えます。
周辺は過酷なBW(砂漠)気候。1930年代の建設の際には、100名以上の作業員が熱射病で亡くなったといいます。

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ダムによってできたミード湖は、保養観光拠点にもなっています。
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ガイドツアーで内部の見学をすることができます。
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フーバーダムは、アリゾナ州とネバダ州の州境にあり、2州間には時差があるため、ダムをまたいだ両側に時計が設置されています。(写真はネバダ州側)


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この写真はフーバーダム上空を早朝に通ったときの写真です。
よくぞこんな荒涼とした土地にこんな大きな建造物をつくったものだと、眺めているとなんだかめまいがするような景観です。



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by terakoyanet | 2018-02-05 16:28 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)

3月に、鳥影社さんから『親子の手帖』という本を出します。
表紙画・挿画は元永彩子さん、写真[あとがき]は酒井咲帆さん(ALBUS)、ブックデザインは渋井史生さん(pankey)
本の帯文は、石川直樹さんと植本一子さんです。

本の出版にあたり、最初に(昨年の夏に)本文を読んでくださって、相談にのってくれたのは寺尾紗穂さんでした。
そのあと、いろいろなご縁がつながり、すばらしい方々のお力添えで出版できることになったことをとてもありがたく思っています。

元永さんはこの本の内容と深いところで共鳴する絵を描き下ろしてくださいました。
石川さんのおかげで、pankeyの渋井さんにデザインをお願いできることになり、本のデザインの魅力がぐっと増しました。
植本さんは、夫のECDさんのご逝去をまたいでの依頼になったのにかかわらず、心をこめて対応してくださったことに、感謝しかありません。

『親子の手帖』には、いろいろな親子が登場します。
しかし、親子に特定のモデルが存在するわけではなく、それらはすべてフィクションです。

いじめ、不登校、カンニング、発達障害、学歴社会、小中学受験など、現代的なさまざまな問題にアプローチしています。
いまの時代の子育てにおける親のつまずきについて書きましたが、それは、親に苦しめられたことのある、かつての子どもたちに向けて書いた文章でもあります。そして、子育てをしているお母さんをはじめとする、子どもに関わる方々へのせいいっぱいの応援の気持ちをのせました。

発売日などはまたお知らせします。大きな書店さまやAmazonなどで購入できますが、とらきつねでもお取り扱いします。
また、私が大好きな小規模な書店さまにもお声掛けさせていただきますので、皆さまには一冊一冊を大切にしてくださる町の小さな本屋さんで買っていただきたいという気持ちもあります。



本が1冊出たところで、唐人町寺子屋は今後も変わりません。
何かあればご相談ください。至らぬところはご指摘ください。
子どものため、そしてご家族のために、できるだけのことを精いっぱいにやっていきますので、よろしくお願いします。
また、本のお取り扱いできますよ、という方がいたら、ご一報いただければうれしいです。




『親子の手帖』 鳥羽和久

○目次
イントロダクション
第1章 私の不安を知ることで、子育ては変わる
1親の不安は子に伝播する/2子どもは本当に親の言うことを聞かないのか/3子どもの叱り方
4子どもを管理すること/5全部、僕のせいなの?/6放っておけない親
第2章 親はこうして、子をコントロールする
1成功体験は危ない!?/2ある母と娘の電話/3親はこうして子をコントロールする/
4カンニングをする子どもたち/5幻想の共同体、母と娘/6記念受験の虚実/
7なぜ偏差値の高い学校を目指すのか/8小中学受験と親/9葛藤との付き合い方/
10受験直前の子どもとの付き合い方
第3章 苦しむ子どもたちと、そのとき大人ができること
1学力と差別の問題/2身近になった障害/3「勉強ができない」と下を向かなくてもいい/
4LD(学習障害)の子どもの将来/5発達障害の子どもと夫婦の問題/6良い父親/
7良い母親/8家庭でもない、第三の居場所の必要性/9子どものいじめと大人の接し方
第4章 子どもの未来のために
1大人になるということ/2子育てに熱中すること、子育てから逃避すること/
3理解のある親と子どもの精神/4少子時代の子育て、子どもの自立
あとがき


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(こちらはカバー表紙ではありませんので、お探しのときはご注意ください)



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by terakoyanet | 2018-02-04 11:39 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

メールの不着について

連日、入塾希望のご連絡をいただきありがとうございます。ご希望のメールを送ってくださったのにかかわらず、または、こちらからそのメールに対してお返事したのにかかわらず、メールが届いていない方がいらっしゃることがわかりました。

メールで入塾についてのご連絡をいただいたあと、4日以上経過してもこちらから連絡(電話連絡であることが多いです)がない場合は、別の方法でご連絡をいただければ助かります。ご不自由をおかけして申し訳ございません。よろしくお願いいたします。


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by terakoyanet | 2018-02-03 11:18 | 生徒募集(定員空き状況) | Trackback | Comments(0)

2月の特別演習

2月の特別演習のお知らせです。
今月は、身近に迫った学年末テスト対策も行われます。
中3にとっては、ひとつひとつの授業が、その単元を見直すためのラストチャンスです。

日時

対象学年

科目

内容

2/7()19:1020:30

中1 中2 中3

数学

学年末テスト過去問対策中1

2/7() 20:3521:55

中1 中2 中3

数学

学年末テスト過去問対策中2

2/21() 19:1020:30

中1 中2 中3

数学

空間図形(表面積と体積)弱点克服

2/21() 20:3521:55

中1 中2 中3

理科

磁界とコイルの弱点克服

2/28() 19:1020:30

中1 中2 中3

英語

比較級と最上級の総復習

2/28() 20:3521:55

中1 中2 中3

英語

英語これが大切!現在形・過去形を極める



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by terakoyanet | 2018-02-03 09:49 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

明日は私立前期入試

明日はいよいよ私立前期入試。人生初の受験の子も多く、緊張している子も多いでしょう。
それぞれのレベルに応じた直前の学習のしかたについては授業中に話をしました。
ほとんどいままでやってきたことから出るんだから、直前は、新しいことをやるよりも、いままでやったことのデータ再チャージをしっかりやりましょう。

本日の授業ですが、お伝えしていたとおり、明日は私立前期入試のため、中3通常授業は18時~20時の短縮授業、中3特Sは休講です。

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by terakoyanet | 2018-02-01 08:34 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

カタログ的学習の弊害

先週のDCS(ディスカッション)では、熊大文学部の小論文(2017年)で出題された、内田樹さんの『昭和のエートス』を扱いました。
そこには次のような文章があります。


子どもたちはこれから学ぶことになる教科について、それを学ぶことの有用性や価値について語る言葉をまだ持っていない。しばしば「学ぶことの有用性や価値について語る言葉をまだ持っていない」という当の事実こそが彼らがそれを学ばなければならない理由だからである。
<中略>
学ぶものは自分が学ぶことの意味を適切に言うことができない。だからこそ学ばなければならないのである。
教育はそのように順逆が転倒したかたちで構造化されている。
教育をこれから受けようと思う人間は、カタログを拡げて、自分が受ける教育について時空を超えて俯瞰するような視点(ユビキタス的視点)に立つべきではない。子どもにそれを許せば、教育はその裁量の教育的意義を失ってしまうであろう。

内田樹『昭和のエートス』


これを読んだ鋭敏な高校生たちは、
「よく、何のために勉強するのか、とかいう学生が言いがちな質問に対する完全な回答がここにある」
「子どもがこれを理解するというより、教育をする大人がこれをどれだけ理解しているのか」

そういう話をしていました。

この内田氏の指摘はあまりに重要で、現代の教育に「失敗」している人たちの多くが陥りやすい罠について書かれていると感じます。

内田氏が同じ文章で指摘するとおり、小学一年生は、自分が「国語」を学ぶ理由を適切な日本語で説明することができません。「算数」の合理性について、数学的論理に基づいて述べることができません。しかし、むしろそのこと自体が、小学生が「国語」と「算数」を学ぶ理由なのです。

現在、大人がそのことを理解していないために、子どもの教育にさまざまな弊害が生じています。

まず、いまの大人たちは、「子どもの意見を尊重して」という言い方をしますが、そのときに、子どもが本当に自分なりの理解をしてその選択をしているかという点について考えることを等閑(なおざり)にしがちです。むしろ、自分自身もよくわからないから、子どもの意見を尊重するこという口実によって自分自身の責任を回避するという傾向が見られます。子どもの意思の赴くままに自然に育てるというのは、子どもに親の意識が集中しがちな現代においてとても大切な考え方ですが、一方で、現代の日本は、かつての日本の農村社会のような、子どもの生命力を喚起するような自然環境を失っていますし、子どもに薫陶を与える生き字引のような長老のような存在もおらず、放っておくだけで子どもは生きるための力を身につけることができると考えるのは、やや楽観的すぎるかもしれません。子どもは勝手に育つといいますが、適切な手入れがなければ十分に育たないのです。だから、大人がその手入れをさぼってはいけないと思うのです。

別の話になります。小・中学校教育において、重要視されている「調べ学習」ですが、なぜ科学を学ぶのかを知らない子どもたち、歴史を学ぶのかを知らない子どもたちに対して「調べ学習」を押し付けることは、(全くではないにせよ)あまり意味がないと言わざるをえません。子どもたちは、調べるための視点とその必然を理解できていないのですから、そういう子たちに調べることをやらせてみたところで、大人の一時的な評価を得るために、参考書のまねごとをするような空疎な内容になるのが関の山です。そんなことをするよりも、子どもを惹きつけるような、それは面白いと膝を打つような話を通して、子どもたちに知識と知恵を吸収させることが大事です。「調べ学習」ができるようになる、というのは結果的にそうなるはずなのに、はじめから調べ学習をやらせるなんて、生まれたての鳥に、いいから飛んでみろといきなり巣の中から外へ放り出すようなもので、うまくいくわけがないのです。高校や大学も、アクティブ・ラーニングなんかやるより、いまやっている勉強が、実は自分自身のことだ、自分の人生と確かに繋がっている、そう感じさせる授業ができれば、子どもたちは勝手にアクティブに動き始めるんです。本当はそれが子どもの自発性を伸ばすということであり、教育の力というものではないでしょうか。

最後に、私が日ごろ実感していることについての話です。
小学校のころは優秀だったのに、中学以降は伸び悩む、そういう子たちがいます。
そういう子たちの中には、小さいころにカタログ的学習を身につけた弊害がはっきりと見える子がいます。
勉強の世界というのは、私たちの生存の周りに無限に拡がっているものなのですが、小さいころからカタログを与えられた子どもというのはそのことに対する感度が抜け落ちてしまいます。彼らは、勉強はカタログから選ぶものと思っていて、カタログ外に世界が拡がっていることを知りません。さらにカタログの中から自分が楽できるもの(それが仮に他のものに比べれば相対的に興味があるものだとしても)だけを選ぶ癖がついてしまっています。そういう子たちは、カタログ外のことが目の前に現れても、それはムダで意味がないと半ば無意識に捨象する癖がついていますから、中学以降、カタログに捉われずに新しい知識とあらゆる事象とを縦横無尽に結び付けていく他の子に比べ、どうしても応用的な思考力が劣ります。数学的、言語的に鋭い反射能力を示す子はたくさんいますが、それがその子にとっての生きる思考になっていないのです。



それにしても、教育の問題について、高校生と話すのはエキサイティングです。
教育の問題を話しているようで、どうしても、自分のこれからの生き延び方についての話になるのが、とても面白いです。



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by terakoyanet | 2018-02-01 03:32 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)