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6月末に刊行される『おやときどきこども』ですが、新しい紹介文が公開されています。

「大人はデフォルトで絶望のくせに、子どもに希望を持てとかほんとダサいし。私はそもそも絶望してないから。私の言ってること、わからないでしょ。」

「正しさ」を手放したところから始まる、新しい人間関係のあり方をリアルな事例とこれまでにない考察でつづる本。
福岡市のど真ん中で小中高生たち150余名の子どもたちと日々奮闘する著者が、まさにいまの親子が抱えるリアルな問題を、子どもたち自身の生き生きとした語りを通して描き出します。

私たちはいつのまにか大人になる過程で、子どものころの私の声を失ってしまった。
だから、私はいま目の前にいる子どもと交われないんじゃないかな。
子どもの声を聞いて、もう一度、私の声を取り戻す。
この本には、そのための心で温めたいストーリーが詰まっています。

東浩紀さんの『ゲーム的リアリズムの誕生』、國分功一郎さんの『中動態の世界』、齋藤環さんの『オープンダイアローグとは何か』をはじめ、平成から令和を代表する人文書を通して、現代の子どもや家族の問題を取り扱っていますので、取っつきにくい専門書の入門編としてもおすすめ。現代思想を「実装」すると教育はこんなふうになるのか、という臨場感に溢れています。そして、子どもたちが紡ぎ出すストーリーの奥からは、最果タヒ、米津玄師、マヒトゥ・ザ・ピーポーら、現代のアイコンたちの歌が響いてきます。


・・・

今日は2章のご紹介です。
2章は、「大人の葛藤の中身」。今回の本は明確に「子ども」を主人公としているのが『親子の手帖』と一線を画しているのですが、この章は唯一「大人」が子どもに接する際のエラーをさまざまに取り扱っているという意味で、『親子の手帖』に連なる内容になります。

2 大人の葛藤の中身
子どもは簡単に自分を責めてしまう/よそよそしい家族/がんばっているのに、成績が伸びない/子どもの生き方は、もう決まっている/思春期の子どもがわからない/呪いでない宝はない/えこひいきする先生/遊びと企て

電話をかけてきたお母さんは、子どもの葛藤を知っています。ちゃんとがんばらなくちゃと思っているのに、さまざまな理由からしんどくて立ち向かえない彼女のことを知っています。知っているからできるだけ彼女に寄り添って応援しようとします。ときには具体的にあれこれと援助しようとします。それでも、子どもからすれば、親の行動は初めから結論ありきの大人の考えの押しつけと感じられてしまうので、鋭く反発します。お母さんにとっては、子を思う気持ちからよかれと思ってやったことですから、それが反発という形で無下に扱われるとどうしても怒りの感情が噴き出します。「いつも同じことばっかり言わせて。いい加減にしなさいよ。そんなことならもうやめてしまいなさいよ。」ついお母さんは子どもにきつい言葉を投げ掛けます。すると子どもはさらに反発を強め、ますます会話が成立しなくなります。
こういうときどうしたらいいでしょうかと、お母さんたちからたくさんの相談を受けてきました。


ふだんから「僕は勉強が苦手」だと言うある男の子。算数のテスト中に手が止まってしまった彼と目が合ったので、私は「が・ん・ば・れ」と口の動きで伝えました。すると、とたんに彼は口元をきゅっと結んでもう一度答案に取り組み始めました。私はその一瞬の彼のまっすぐさをいとおしく思いました。相対的な苦手意識より、彼の中にある絶対的な「好き」こそを発掘して、いっしょに味わっていきたいと思いました。


2章は、宿題のことで責めを受けたことをきっかけに学校に行かなくなった寿焼(としあき)くんの話から始まり、そして家庭内の葛藤を抑圧するばかりにあるよそよそしさをまとってしまった家族の問題、「良い子育て」の問題点などを取り扱っていきます。さらに、思春期の子どものことがわからなくなるのはなぜなのか、ということを具体的にほぐすような話をしたあと、親が子どもにかける「呪い」について、決してそれが一面的に負のものとして捉えられないことを明らかにします。最後に、私たちの日常生活の行動様式を「遊び」と「企て」に分けて考えることで、「遊び」を脱ぎ捨てて「企て」に身を投じることが「大人」になることである一方で、「企て」はいつまでも満たされない自己否定の循環であり、それが「大人」の病であることを明らかにしていきます。







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by terakoyanet | 2020-05-31 07:50 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)

NHKのロクいちを見てくださった方々から反響が。子どもたちからもいろんなツッコミが。ありがとうございます。豊田記者が丁寧にまとめてくださいました。豊田記者は生徒たちと直接コミュニケーションを取りながら取材してくださって、取材を受けた生徒たちも嬉しかったんじゃないかなあと思います。

放送を見た方のために余計なことを少し加えさせていただくと、子どもたちは放送よりずっと痛みをともなう過激な話をしています。そして大人が舌を巻くほどかなり高度な話を展開しています。高校生はほんとうにすごい!面白すぎて毎週ヒリヒリしています。

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今日はこちら☟の投稿に反響が。(ちなみにこれは昨日、今日のことではありません。教室内で起きたセンシティブなことを書くときは1年以上の大きなタイムラグをとっています。)
プリントを忘れた子を叱ってもしょうがないんです。
困るなあという気持ちは伝えた上で(これだけでも子どもの心には随分負担になります)この子はそうなっていると思うしかないんです。そもそもプリントくらい忘れますよ。でも、継続してずっと忘れる子に対しては、なんでプリント忘れちゃうんだろうねということを根気強く一緒に考えていこうと思います。



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by terakoyanet | 2020-05-30 13:49 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

現在、小学生と高校生は通常授業が再開、中学生は移行措置として動画と対面を組み合わせた授業を行っていますが、6月6日(土)より、全学年の通常授業を再開いたします。これに伴い、中学生の国語塾も授業が再開となります。

*但し、北九州市で感染者が相次ぐなど予断を許さない状況ですので、事態の推移によっては変更の可能性がございます。

詳しくはメールでお伝えしていますのでご確認ください。


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by terakoyanet | 2020-05-28 14:13 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

明日のNHK18:10~のロクいち!福岡で、コロナ禍の中、唐人町寺子屋の高校生ディスカッション授業がどのように行われたのか、特集で放送されます。取材をしてくださった豊田記者の頑張りには目を見張らされるものがありました。
うちの教室がどうこうというより、高校生たちが本当に生き生きとしているので、ほんとうにぜひ見ていただきたいです。

番組の取材をいただいた高校生ディスカッションは、本校の非常に特徴的な授業のひとつで、唯一受験に直結しない、でも、圧倒的に自分の言葉を身につけることができる授業です。

今年は高校生7名による授業(というより対話)が行われており、毎回ほんとうに刺激的な時間になっています。

ディスカッションの子どもたち一人ひとりの発言をこちらで拾ってご紹介することはできませんが、いったいどんな内容のことを話しているか、授業のレジュメ内容をこちらでご紹介したいと思います。


◇2020年第1回(4/19 ZOOM遠隔で実施)
トークテーマ コロナ禍の世界、日本、そして私たち


Topic 1 休校下の生活 福岡県 緊急事態宣言(特定警戒都道府県)


Topic 2 情報とのつき合い方 


Topic3 コロナ禍と民主主義


人間は確かに動物である。だから動物を管理するように管理すれば感染は防げる。でも同時に人間は動物では「ない」。そのことの意味を、絶対忘れてはならない。        

AERA 4/20 「eyes 東浩紀」より


私は皆さんに保証したい。自由に旅行し移動する権利を得るのがとても大変だった私のような人間に言わせれば、こうした制限は絶対的な緊急時にしか正当化されません。民主主義社会では決して軽々しく発動されてはならず、暫定的でないといけない。しかし今は、多くの命を救うために欠かせないのです。      

論座 藤田直央(朝日新聞)メルケル独首相 テレビ演説より




◇2020年第2回(4/26 ZOOM遠隔で実施)
トークテーマ コロナ禍の世界、日本、そして私たち その2

Topic1 国家とは何か

国家権力とは何か? 国家がみずからの命令や法に(人びとがそれに納得しているかどうかにかかわらず)人びとを従わせることができるのはなぜか?

理由:国家は最終的には暴力(物理的力)をもちいることができるから。(国家はみずからの命令に背いた人間を逮捕し、処罰することができる。物理的な力の行使が大規模になると、戦争までいきつく。)
「権力」とはたとえ相手がイヤだと思ってもこちら側のいうことに従わせることができる「可能性」のこと。ここで相手を従せる可能性を保証するのは暴力だけではない。(たとえば会社は給料や昇進への希望、「クビにするぞ」というおどし等によって、従業員を従わせ、働かせる。教師は、及第させるか落第させるかをきめる権限をもつことで、遊びたい生徒に勉強させることができる。これらも一種の権力。)しかし、国家はその可能性を、暴力(物理的力)の行使によって確保するところに特徴がある。国家権力の源泉は暴力の行使にある。

暴力は、それを恐れる者であれば誰にたいしてでも権力を発動することができる。暴力はあらゆる文脈をこえて権力をもちいることを可能にする。暴力の前では、他の権力源泉はほとんど機能することができない。しかも国家は法に基づいて暴力をもちいることができる。「国家とは合法的に暴力行使を独占する組織」(M.ウェーバー) だからこそ国家は、あらゆる組織や制度、集団を超えて、社会のなかに至上の権力(=主権)として君臨することができる。ー参考文献『国家権力とは何か』 萱野稔人

Topic2 コロナ禍と国家
◎デジタル感染追跡システム
→これらのシステム構築を国民が歓迎=自らで監視社会を歓迎する国民たち
→しかし、これらが国家権力(政府・警察など)に利用された場合どうなる?非常時非のみの対応にははならず、国家権力は新たな特権を手離したたがらない性質を考慮すべきではないか

Topic3 コロナ禍と人々の怒り

Topic4 高校生の不安と怒り


◇2020年第3回(5/10 ZOOM遠隔で実施)
トークテーマ 勉強を哲学する


Topic 1 なぜ勉強しなくちゃいけないんだろう?


Topic 2 しなくちゃいけないという問い方に疑問を持たなかった人へ


Topic 3 千葉雅也『勉強の哲学』

①勉強とは、これまでの自分の自己破壊である 

身近な環境になじんできた自分を客観視することで環境から引きはがし、別の考え方(言葉の使い方)をする新しい環境に引っ越すこと 

言葉を言葉として意識していない状態から、言葉を言葉として意識している状態への移行


②アイロニーとユーモア

アイロニー・・・自分が従ってきた環境を客観視し、それを疑うことでツッコミ(=批判)を入れ、真理を目指すこと

ユーモア・・・環境に対してボケをかますこと。つまり、これまでの1つの見方に縛られがちな環境に対して、別の見方を提示し、見方を多様化すること


⇒アイロニーは過剰になると、「絶対的に真なる根拠を得たい」という欲望になる。でもそれは実現不可能。だからアイロニーを過剰化させずにユーモアで折り返すことが推奨される。

⇒事実上私たちの言語使用では「ある見方」が仮固定されるもの。それは「こだわり」となってユーモアを切断してしまう。「こだわり」を固定的なものとみなすとそれは運命的に私たちを縛る。「勉強」はそのような「こだわり」を変化させ続けるもの。


Topic4 将来のためにいまを犠牲にすること


満ちたりた将来のためにいまできるだけがんばっておこうという論理、これは未来の幸福のために現在をとてつもなく貧しくする論理である。そのような論理にしたがって生きるひとたちは、老いれば老いたで、今日じぶんがあるのは…と過去をふりかえるのだろう。つまり過去の自分の延長線上にいまの自分を設定するのだろう。いってみれば、じぶんを過去の「実績」から逃げられなくするのだ。

老いの充実というのは、多くの場合、過去の栄光の記憶にのっかっている。あのときがんばっておいたから、いまこうしていられる…。「幸福な老年」とは、いままでの自分の業績に満足している状態である。つまり、過去の記憶とそこから生じた財によっかかって生きることである。ということは、別の生きかたというものをあらかじめ封じ込める生き方のことである。それは確定した過去の延長線上でなりたつ現在であり、したがってこの充実した老いはますます限定された狭い世界に入っていく。変化すること、存在がめくれることをみずからに禁じるような生きかたである。ー鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』



◇2020年第4回(5/17 ZOOM遠隔で実施)
トークテーマ 幸福とは何か 

Topic 1 あなたは幸福ですか?


Topic2 幸福とは何か? 

社会学における「消極的幸福」「積極的幸福」

①消極的幸福…飢えや寒さ、命への脅威がなく病気や重労働など不幸や不安に苛まれない状態マイナスをゼロにする考え方

②積極的幸福…家族の幸福のため、自己実現のために物質的に豊かになること

高度経済成長期 物質的に豊かさになること=人(家族や世間を含む)から認められることと直結していた

成長神話⇒今日よりも明日がよくなることを誰もが信じていた豊かになる⇒人から認められる

=幸福の時代

③新しい消極的幸福…不安を煽り、不安を過度に共有しようとするマスコミや世間マイナスの疑似体験からゼロを得ようとする時代に


⇒モノを買うことでモノの向こうにある幸福を手に入れようとするのではなく、幸福を直接手に入れる方法を考える必要がある


Topic3 幸福を直接手に入れるとは?


①自分で気づかなかった自分の内部とつながること

「はまる」行為


*cf.人類の近代3大発見  

1)コペルニクス 地動説 地球は世界の中心じゃなかった!  

2)ダーウィン 進化論 ヒトは神の分身ではない!?  

3)フロイト 無意識ヒトは自分自身さえわからない!?


②社会や身近な他人とつながること

定年後の再就職や大学院進学災害支援、ボランティア
ー山田昌弘『幸福の方程式』



◇2020年第5回(5/24 今年度初の対面授業)
トークテーマ 学校について 

Topic 1 休校期間の学校の対応と学校の再開について(オンライン授業の感想も)

Topic 2 学校は好き?  
先生・授業・友達・学校行事など         

Topic 3 学校の目的教育基本法における教育の目的・目標

教育基本法1条(教育の目的)
教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

⇒これをどう思いますか?

教育基本法2条(教育の目標)
その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

⇒以下から1つ話題を取り上げてそれについて対話

・幅広い知識と教養を身につける。  
・真理を求める態度を養う。
・豊かな情操と道徳心を培う。      
・健やかな身体を養う。
2
・個人の価値を尊重する。
・個人の能力を伸ばす。
・創造性を培う。
・自主・自立の精神を養う。
・職業及び生活との関連を重視する。
・勤労を重んずる態度を養う。
3
・正義と責任を重んずる。
・男女の平等を重んずる。
・自他の敬愛と協力を重んずる。
・公共の精神に基づく。
・主体的に社会の形成に参画する。
・社会の発展に寄与する態度を養う。
4
・生命を尊び、自然を大切にする。
・環境の保全に寄与する態度を養う。
5
・伝統と文化を尊重する。
・それらを育んできたわが国と郷土を愛する。
・他国を尊重する。
・国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う。

Topic 4 これからの学校           
こういう学校をつくりたい



今年はこのような内容で授業を行ってきました。
明日の放送は楽しみですが、これからますます面白くなっていくであろう子どもたちの変容がほんとうに楽しみです。


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by terakoyanet | 2020-05-27 21:24 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

6月末に刊行される『おやときどきこども』ですが、本日、Amazonでも予約販売が始まりました
版元のナナロク社はこちら『親子の手帖』共々よろしくお願いします。


今日は、本の第1章をご紹介します。


はじめに

1 新しい子どもたち
大人と子どもの「現実」/それぞれのストーリー/スマホと嘘つき/いじめの関係をほぐす/入試と父の暴力/コミュ障と恋と物語り/彼女はそのままに世界を見ていた/出会い方/孤独という避難所

・・・

今回の本は、子どもたちの生身の声、そして声にならない声をできるだけ詰め込みました。
最初の章「新しい子どもたち」には文字通りさまざまな子どもが登場します。

「お母さんは私のことを「現実」から逃げてるって言うけど、お母さんが言う現実はもうないの。ていうか、初めから現実はひとつじゃないの。大人たちが「将来の夢」を子どもに言わせるときに頭の中にあるのは、大人にとってのひとつの現実でしかないじゃない。でも、私から見たらそれはカビが生えてるの。そんなのダサくて択んでいられないの。子どもに将来を思い描かせても、それは絶望を見せてるだけだよ。大人はデフォルトで絶望のくせに、子どもに希望を持てとかほんとダサいし。私はそもそも絶望してないから。私の言ってること、わからないでしょ。」

子どもたちは頭がかたい親に対してときに痛烈な言葉を投げかけます。この本の大きなテーマのひとつは「対話」ですが、その対話の多くが、ヒリヒリとした痛みを伴うものです。

・・・

先生にお世話になっていた中学のころ、うちの母は、子ども三人をひとりで引き受けていたんです。父は雑誌の編集者でもともと家を空けがちだったんですが、僕が中学に上がってすぐに、東京に単身で住むようになって。下には小五の妹と、小三の弟がいて、三人をすべて私がちゃんと育てなければならないと、ひとりで引き受けすぎてしまったのだと思います。一度引き受けてしまうと、いくら苦しくても手放せなくなる現象、あれ、何か名前をつけたいですよね。母もきっと苦しかったんだろうということが、いまならわかります。

母親から人格の否定ばかりされ続けた礼太郎くんは、なぜあの当時母親があんなに自分に辛く当たったのかを、全身を震わせながらなんとか理解しようとします。

僕は少し前まで、母に傷つけられたということ自体、認められませんでした。僕には、母に対してなんか強烈な罪悪感みたいなものがあって、僕が悪いのに、傷ついてしまう自分はなんてダメな人間なんだと、自分を否定する気持ちでいっぱいでした。大学に入って東京にひとりで住むようになって、やっと僕は母からひどい扱いを受けていたんだな、と認める気持ちになってきました。あの罪悪感もひとつの刷り込みだったんだというのが見えてきて、ああ、かわいそうだったんだな、とあのころの自分を慰めたい気持ちにもなりました。

礼太郎くんは、自分が悪いダメな子どもだから叱られるのだと思って自己否定の中で生きていたのですが、ようやく必ずしも自分が悪いのではなく、むしろ母親からひどい扱いを受けていたんだとようやく自分の言葉にすることができるようになります。

いや、どうかな……。僕はいま、先生の前だからこんな理路整然としたことを言っているだけかもしれません。家に帰ったら、また母を憎む気持ちがふつふつと沸き起こるかもしれません。逆に母のことを求めてしまうような気持ちが噴出するかもしれません。こうやって話しているうちに、僕はあのころと何も変わっていない気さえしてきます……。いまも、親に対して悪いという気持ちが僕の一番根っこの部分に突き刺さっているのを感じます。親のせいにしているだけで、全部単に自分の問題じゃないかという気もしてきます。

でも礼太郎くんは、そうを話しているうちに、いや・・・!?と考えを再び揺るがせてしまいます。やっぱり僕が単に悪いだけじゃないか、、そうやってこれまで彼がずっとずっと繰り返してきた循環の中に戻されてしまう場面は、とても苦しくて悲しいです。

・・・

1章では、いじめや家庭内暴力についてのトピックも扱っています。

このとき、健太くんを「いじめっ子」として扱わないのと同様に、Kくんを「いじめられっ子」として扱わないことが肝心です。Kくんのことを心配していることは率直に伝えた上で、周囲からはこう見えたという客観性を敢えて作り出すことで、彼に「いじめられっ子」というレッテルを貼ることを注意深く避け、彼が自分を否定的に規定せずに済むように留意するのです。子どもを「いじめっ子」「いじめられっ子」として扱うことは、それを子どもに内在化させてしまいます。いったんそれが子どもの心に沈着してしまうと、そこから抜けられなくなり、身動きが取れなくなってしまうものです。大人から「いじめっ子」、「いじめられっ子」として見られている私という立ち位置から逃れられなくなり、そのせいで自然な心の発露が妨げられます。その結果、正直に自分の言葉で状況を説明することが難しくなるのです。

いじめ行為が起こったときに、周りの大人がどう対処すればよいか、ハンナ・アーレントの哲学や最新の精神介護の観点も援用しながら、できるだけ具体的に記述しました。

お父さまはこれまで、健太くんに熱意を持って真剣に接してこられたのだと思います。でも、それは健太くんの「いま」を見ずに、むしろお父さま自身の「ちゃんとした親でありたい」という自己防衛のためになされたがんばりだったのではないでしょうか。

息子に暴力を振るってしまった真面目なお父さんとの対話には、弱い一人の人間が子どもを育てることの困難が凝縮されてます。

・・・

章の中盤には大学で「サイコパス」というアダナを付けられてしまった男の子が登場します。彼は「空気が読めない」「コミュ障」だとサークルの仲間の中で揶揄される自分自身の問題と、障害がノーマルの中に囲い込まれてゆく(つまり差別意識といった根本的な課題に触れることなく美しくコーティングされてゆく)社会の問題とに共通点を見出します。

いま発達障害の勉強をしてて僕が思うのは、こういう障害というのは作られていくんだなということです。いままではちょっと変わった人みたいな感じで終わってた人たちが、わざわざ呼び名を与えられて、カテゴリー化されることで、やさしく理解されたみたいな体を社会で作って、それであらゆる人たちを囲い込もうとしているんだなと。僕はそういうのは恐いしイヤだと思ったんです。

さらに、コミュニケーションが前提とする共感の共同体と言葉の問題にも触れています。

・・・

私はずっと、生きていることに苦しさを感じていました。
私はきっと、生まれながらに消えてしまいたかったのです。
恐怖に怯えながら、私は誰かを探し求めていました。
私に存在を与えてくれる人を待っていました。

章の後半には、幼い時から心理的虐待を受け続けてきたマリアさんという女の子が登場します。
彼女がどうやって自らの存在の手ごたえと言葉を取り戻してゆくかについて、この本でもいちばん力を入れて書いた箇所です。関係がない人にとっては何でもない話だと思いますが、マリアさんを「知っている」人にとっては特別な話になっていると思います。この話がグッときた方がいたら、「マリアさんからの手紙」を読んだ直後に、米津玄師の「アイネクライネ」のMVを見てみてください。この歌の意味がほどけて分かると思います。この歌は、実は被虐児たちの再生の歌なのです。

・・・

うん、きっと寂しいんだと思います。でも、その寂しさに対して私は割と冷静ですよ。私は孤独を自分で守りたいと思っているんです。

章のいちばん最後で、高1の靖子さんと寂しさと孤独について語り合います。その対話にはどこかぎこちなさがあるのですが、そういう不自然な間(ま)や沈黙、思うように出てこない言葉も含めて対話なんだということを実感する場面です。ぎこちないままに個と個とが瞬間的にでも手を結ぶことができたなら、私たちはこれからも前を向いて生きていくことができます。

・・・

2章以降はまた後日ご紹介します。




帯文は、東浩紀さん、阿南智史さん(というか、この場なので書きますが卒業生の阿南くん=never young beach)、そしてとらきつねとの縁も深い寺尾紗穂さんの3名が文を寄せてくださいました。(下の再生▶をクリックしていただいたら見ることができます。)

おやときどきこども
著者 鳥羽和久
ブックデザイン 鈴木千佳子
DTP 小林正人(OICHOC)
校正 牟田都子
編集 川口恵子
ナナロク社
ISBN-10: 4904292944
ISBN-13: 978-4904292945


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by terakoyanet | 2020-05-27 17:34 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

休校明けのこの時期、「宿題やったの!?」「やったし!」・・・・・「やってないじゃなーいー!!(怒)」というやり取りに翻弄されて疲れているお母さん、お父さんも多いのではないでしょうか。そんな方におすすめしたい文章が今日、新潮社の「考える人」に掲載された村井理子さんのこちらの文章。

村井さんの文章を読んで、よかった、私だけじゃなかった、と胸をなでおろした方も多いかもしれません。

親がよかれと思って無理をしただけ、子どもも別の形で無理をしてしまうものですが、親にとっては子どもの無理が単に嘘や裏切りに感じられてしまうんです。だからと言って親に無理をするなというのも無理だなあと考えると、もうわけがわからなくなってきます。(何を言っているんだ。)

子どもが親に嘘をつくときって、子どもにとって嘘自体が親との良好な関係を繋ぎとめるための精いっぱいの誠実な応答であることが多くて、だから親の「あんた嘘をつくんじゃない!」は、「無理を強いる」→「無理をさせた結果嘘をつかせる」→「それなのに嘘を責められる」という、子にとっては悪夢の循環になってしまいます。

だから、子どもにあたることもできずに子どもの目の前でただ不安なまま立ち尽くしている村井さんのようなお母さんには、ただ立ち尽くしているという事実だけで子どもは救われてしまっています。そういうわけで、そんなお母さん、お父さんたちには、子どもがほめられるときみたいに、えらいねーと言ってあげられる存在がいたらいいなあと心から思うのです。




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by terakoyanet | 2020-05-22 11:32 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

7月スタート受講生募集

本校では5月23日(土)より順次、授業正常化に向けて授業スケジュールを構築してまいります。
本日より以下の学年につきまして7月開始の受講生を募集いたしますので、ご検討ください。

中1(但し国公立中生のみ)1名
中3 3名
高校生 科目別の受講・個別指導等

その他の学年は現在募集を行っておりません。
キャンセル待ちの受付は可能です。


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by terakoyanet | 2020-05-20 08:49 | 生徒募集(定員空き状況) | Trackback | Comments(0)

今日は5.18、光州事件から40年が経ちました。

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光州事件について、あまりご存知ない方は例えばこちらの記事などを読んでいただければよいかなと思います。
大ヒット映画『タクシー運転手』をご覧になった方は、ああ、あの映画で描かれていた事件か、と思い出されるかもしれません。

昨年の夏、光州(クァンジュ)に行きました。光州事件に関するいくつかの場所を周りました。世界記憶遺産(世界記録遺産)に登録されている5.18民主化運動記録館にも行きました。現地の方からは、この事件が全羅道に対する差別意識を利用したものだったという話や、光州事件こそが80年代以降の民主化運動の原動力になったことなどの話を伺いました。

光州を訪れて、韓国の多くの人たちにとって、この事件は決して古傷ではなくて、生傷なんだと実感させられました。光州事件についてのさまざまな展示も、できるだけ精密にかつ公正に事実を詳らかにしようという熱量が感じられましたし(いまの日本でこんなことが可能でしょうか)美術作品も、事件をわかりやすくするために寄与しているというよりは、むしろ容易な解釈に抗うような、物語化を拒むような、でもその場に巻き込まれてしまって身動きがとれなくなるような、そんな仕掛けになっていて、これは凄まじいなと思いました。光州事件のときに利用された地方や「アカ」に対する差別意識自体は、いまも国内にあるわけで、光州事件と向き合うこと自体が、いまだに怒りの現場であり葛藤の現場なんです。日本に果たしてそんな場はあるだろうか、あまりにもなあなあに済ましている事柄が多すぎるんじゃないか、例えば原爆だって水俣病だって、単に物語として消化してしまってるんじゃないかと考えさせられます。



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ハン・ガン(2016年にブッガー国際賞を受賞)の『少年が来る』。印象的な「きみ」という二人称で語られるこのフィクションは、読む人が、私も「きみ」であり「僕」でありえたことを痛切に感じながら読み進めざるをえないような語りになっていて、沢山の殺された人たちの肉体、虐待の描写によって、いかにこのとき魂が疎かに扱われたかということが痛烈に生々しく描かれています。殺された魂が語るこのフィクションによって私たちは殺された魂といっときにでも手を結ぶことができます。凄まじい作品なのでぜひ読んでみてください。私は韓国文学が充実している天神の本のあるところajiroさんで買いましたが、いまはとらきつねでも取り扱っています。





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by terakoyanet | 2020-05-18 11:38 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)

新しい本『おやときどきこども』(ナナロク社)が発売になります。

ナナロク社さんに声を掛けていただいて2年間、少しずつ書いてようやく刊行にこぎつけました。
帯文は、大好きな東浩紀さんと寺尾紗穂さん。(信じられません。)

『親子の手帖』がどちらかというと親の心理について掘り下げたものだとすると、『おやときどきこども』はとことん子どものことを書きました。大人が子どもと出会い直すための本です。編集は川口恵子さん、校正は牟田都子さん。

東浩紀さん(批評家、作家
鳥羽さんに子どもを託した親は恵まれていると、
ひとりの親として思った。
学習塾でこんな対話が可能ならば、
地域の未来は明るい。
https://genron.co.jp/

寺尾紗穂さん(音楽家、文筆家)
「先生は私に言葉を与えてくれました」
一人の教え子の言葉は、鳥羽さんの教育にかける情熱を伝えるとともに教師や親、大人たちが、いかに子供の言葉を奪い、自らも言葉を手放してしまったかを示している。
大切な誰かにきちんと向き合いたいすべての人に薦めたい一冊。
http://www.sahoterao.com/

ナナロク社さんのnoteでは、『おやときどきこども』の試し読みも始まっています。
公開されている「もくじ」の次のエピソードは、まさに塾の三者面談という現場から生まれた話です。
このエピソード、高校生たちからは好評でしたので、ぜひ大人の皆さんの感想も聞きたいです。

発売まであと1か月ちょっと。よろしくお願いいたします。


・・・・・

現在、前作『親子の手帖』がコロナ禍の流通の滞りによりオンラインで手に入りにくくなっています。

私が本日時点で確認した在庫があるお店/数日中の入荷を含む(5/17)

MINOU BOOKS & CAFE (オンライン在庫在り)/福岡・うきは
minoubooksandcafe.stores.jp


nodo cafe/福岡・糸島

ON READING(オンライン在庫在り)/名古屋
artlabo.ocnk.net

橙書店/熊本


本と音楽 紙片/広島・尾道
shihen.theshop.jp

メリーゴーランド京都
mgr-kyoto2007.com

やず本や/福岡・大楠
yazuhonya.com

楽天市場(注目ランキング2位!)

他に、私のzineを扱ってくださっている本屋Titileさんや
title-books.com

blackbird booksさんも
blackbirdbooks.jp

在庫在りの可能性があると思います。

さらに、くらすこと さんで在庫が戻っているのを確認しました。
こちらのオンラインショップは、ほしいものしかないので注意してくださいね。

そして、福岡おもちゃ箱 さんは2年間ずっと途切れることなく、毎週水曜日のマルシェにて本の紹介と販売を行ってくださっています。感謝しかありません。


3000~8000円で取引されているのが心苦しいのでお知らせでした。


新しい本『おやときどきこども』(ナナロク社)が発売になります_d0116009_09220082.jpg

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by terakoyanet | 2020-05-17 09:18 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)

いまは私が毎週約120名の小中学生とZOOMで個別に繋いで学習の達成度の確認を行っています。

ひとりあたり6~8分の接続時間ですが、子どもたちのその短い時間に賭ける思いがビンビン伝わってきて、せつなくなるほどです。そのときの回答によって毎回1点単位で成績が出るわけですが、即座の瞬発力が試させている部分もあり、せっかく勉強したのに、ZOOMのときに実力を発揮できなかったと、ZOOMの個別が終わったあとに悔しくて泣いている子さえいるんじゃないかと思います。画面の向こうに涙をためながら座っている子を見ながら回線を切るのはなかなかせつないです。そしてまたその子のことが一段と好きになってしまいます。



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by terakoyanet | 2020-05-14 05:10 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)