今日はスカっと空が晴れ渡っていてとても気持ちがいい朝です。
いくつかお知らせをいたします。

・年末年始の正月休みは、12/30(日)~1/3(木)までとなります。冬期講習のスケジュールの詳細に関しましては、12月初旬にお知らせいたします。
・明日は多くのご家庭の三者面談が行われます。三者面談を希望されていたのに、万が一、まだ連絡がないというご家庭がございましたら、連絡をいただきますと助かります。
・2年生の追加募集は締め切り間近です。もしお知り合い等で入塾希望の方がおられましたら、急いで連絡したほうがいいよーと声かけしていただきますと助かります。
・10月分の成績記録表と授業料明細は、今週中のお渡しとなります。またご連絡いたします。
・中間テストの特進クラス平均点は、3年生440点台、2年生430点台、1年生410点台くらいになりそうです。2・3年生の特進生のがんばりが光る結果となりそうです。学年全体の平均点等も、わかりしだいレポートいたします。

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コスモス
October  2007

# by terakoyanet | 2007-10-28 09:24 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

亀田興毅選手の謝罪会見を見た。彼はマスコミ側のえげつないどうしようもない質問にまじめに答えようとしていた。そして質問者なんかよりずっと自分の理性をコントロールすることができていた。悪意ある質問にも、その悪意にまるで気づかないかのように一生懸命何か答えようとしていた。

私は、先の世界戦で、大毅選手の反則を見たとき、これは悪質だ、ひどい!と思った。いったい何やってんだと思った。彼らを下品な人間だとまで思った。

しかしそのあとのマスコミの亀田叩きの凄まじさは、想像を絶するものだった。朝青龍、沢尻の次は亀田か、という感じ。本当にひどい。いったい誰がどういう理由で彼らに謝れと言っているんだ? 確かに叩かれる人たちには問題があるかもしれない、でも、なぜあなたが彼らを叩くんだ? (ここでわたしが言う「あなた」というのはマスコミと視聴者であるわたしたちです。) 私にはこれがとにかくわからないし、とてもいやでいやで怖くて怖くて仕方がないです。

少し前には安倍内閣の不祥事で、次々に大臣たちが叩かれた。叩かれた結果、死を選んだ人もいた。政治の問題と今回の問題は次元が違う、と言う人もいるかもしれない。でもいやそうじゃない!と私は思います。
松岡大臣が亡くなった数日後、うどん屋でおいしい麺をすすっていたときに、近くにいたお客さんが、松岡大臣の訃報を伝えるテレビを見て、「こいつはあんな悪いことしたんだから、死んで当たり前だ!」と言っていました。しかし、わたしはこんな論法は全くもって反対です。

安易に人を叩く人には、いまいちど己のその汚い根性を見てみろと言いたい。政治家の税金の無駄遣いとか聞くと確かに腹は立つ、それはそうだ。でも、人が人の批判をしているときっていうのは、たいがいが自分の慰み物のために言ってるだけで、実際に自分や大切な人の命を脅かす問題でなければ、だいたいの場合が本来どうでもいいことなのだ。赤城大臣のばんそうこうで騒いでいたときはひどかった。別に大臣のばんそうこうなんてどうでもいいじゃないか。いや、どうでもいいことだから無責任に空騒ぎできるのかもしれない。そしてそれは本当に悪質だ。

人が死んだら同情するなんて感情的なだけだ、人が謝ったらかわいそうって思うなんて甘ちゃんだ、なんて考える人もいそうな気がする。でも実際にはそんなこと言ってる人が一番感情的で流されやすい人間なのだ。
叩かれた人間が死んだとき、謝った人間が不憫に見えるとき、そこでクローズアップされるのは、叩かれた人間側ではなく、叩いたほうの巨大なマスの力だ。そこでとんでもない暴力が、何の悪気もなく、それどころか、正義の仮面をかぶって行使されている、それがとても恐ろしいのだ。

一つ事件が起こると、類似した事件が次々と起こる。(たとえば以前の年金未納問題や耐震偽装問題、先ごろの赤福・ミートホープ・比内地鶏など食品の安全問題など) また、大臣がひとり、不祥事を起こすと、そのあと立て続けに別の大臣が不祥事を起こす。(安倍前内閣)
世の中というのはだらしないからそういうもんだと思っている人もいるかもしれない。確かに大臣はだらしないかもしれない。でも、忘れてはいけないことは、マスコミというのは、視聴者の好物を探して日々ネタを探しているということだ。ある意味で、不祥事が続くのは、私たちがそれを望んでいるから続くのだ。

世の中を正すためにもマスコミの事件報道の役割は重要だ、その通りかもしれない。しかし、わたしたちはいつも自分の下世話な趣味のせいで、ことがややこしくなっていないかどうか、点検ぐらいはする必要があると思う。もし自分の好奇の目が相手を傷つける可能性があるのなら、それを抑える気持ちくらいもつべきだ。そうすれば少なくとも今日の興毅選手に対する質問者みたいなどうしようもない輩にはならないはずだ。

今日、質問者が、興毅選手に対して彼が「いじめ」という言葉を使うときの配慮のなさについてつっこんでいたが、これはひどいと思った。質問者はマスコミの強大な「いじめ」に加担しながら、相手の「いじめ」についての認識不足についてつっこめるのだからほんとたいしたもんだ。

興毅選手は、マスコミの強大な力のいじめについて、以前ブログでかなりはっきりした意見を書いている。

[ここから亀田興毅ブログより引用]
まぁそんなことより、最近テレビとか新聞でいじめの話題が多い。<中略>
いじめのニュースを見てたらほんまにかわいそうやと思う。胸が痛くなるよ。
子供が自殺するぐらいやで!
子供が自殺するぐらいやから相当追い詰められてるんやなぁって思う。

俺はいじめはなくなれへんと思う。
大人になってもいじめはあるんやから。
俺が腹立つんは、ワイドショーでいじめのことについてテレビで喋ってるやつらや。
「いじめは絶対にだめです」とかいろいろ言うてるくせに自分らは
平気でテレビを使っていじめをしてんねんから。俺が一番いい例や。
あいつらは寄ってたかって俺のことを悪く言う。
なんでいじめがあるかって考えたら、ほとんどはいじめる側はその人間のことが嫌いやからとか、うっとしいからとか、そんな理由でいじめてると思うねん。
俺らのことをテレビを使っていろいろ言うてるんも
俺らのことが嫌いとか、そんな理由で言うてねんやろ。
これも立派ないじめやと思う。
別に俺らは気持ちが強いからそいつらが言うてることは何とも思わんけど、
俺が気持ちの弱い人間やったら引退してるで。ほんまに。(笑)
そうしたらどないすんねん!
えらそうにコメントしてるやつらはどう責任とんねん。
ええ年した人間が公共の電波を使って堂々といじめをしといてえらそうなことぬかすな。

だから断言は出来へんけど、たぶん世の中からいじめはなくなれへんよ。
俺らもそうやけど社会に出てもいじめはあるんやから。
学校だけとちゃうで。会社に行ってもいじめみたいなもんはあるんやから。

いじめられてる子供らは絶対に負けたらアカン。
俺らはだれからなに言われてもどうってことない。
えらそうなこと言われへんけど、強い気持ちを持ってほしい。
自殺したら何もかも終わりやで!生きたくても生きられへん人もおるんやから。
それを自分で自殺なんかしたら絶対にあかん!
大事な命やねんから大切にしよ。
いじめには勇気を持って向かっていかなあかん。
ボクシングでも何でも一緒や。気持ちで負けたら絶対アカンで。
みんながんばろう!


私は何も興毅選手を擁護したいからこの記事を書いたわけじゃない。そうじゃなくて、マスコミのどうしようもないやり方に、視聴者がもっとそっぽを向ける必要があると思ったから書いたまでです。公民の教科書には、「情報社会に生きるわたしたちは、情報を取捨選択して、自分でその情報が正しいかどうか判断する能力を身につける必要がある」とあります。これさらに加えさせてもらえれば、その情報自体が暴力を含んでいるものでないだろうか、ということを考える能力を身につける、これが大切なことだと私は思っています。
# by terakoyanet | 2007-10-27 02:18 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback(1) | Comments(2)

全国学力テストの都道府県別の結果がドカーンと昨日の新聞に掲載されています。
福岡県の中学生たちは残念ながら、国語・数学ともに全国平均を下回っています。

秋田県の全国1位には驚きました。東北勢の躍進!と記事にはありますが、東北勢が強かった理由のひとつには、公立高校の入試問題や合格基準の性質にあるのではないかと思いました。

私は仕事柄、全国の都道府県の入試問題を解いてみたり、それを使ってテキスト作ったり、授業で実際に使ったりしていますが、東北地方の公立入試問題というのは、福岡県のそれに比べるとかなり難しいです。例えば、福岡県の英語の長文は、いつも無味乾燥で当たり障りのないおりこうさんな内容なのですが、東北地方の長文は、ときにとても読み応えのある人生訓や昔話などが出てくることがあります。大阪・東京・愛知といった、都市部の問題と比べても、東北地方の公立問題というのはやり応えがあるという感想を持っています。
公立問題のハードルが高ければ、やはり指導内容も変わってくるわけで、そんなところも福岡と秋田の格差の原因になるのかもしれないと思いました。
新聞記事にもあるように、当然ながら学校の1クラスの平均生徒数の違いも大きく作用していることだろうと思います。その他、私立が強い都道府県は平均点が伸びにくいというところもあると思います。

あとひとつ、大阪府・福岡県などの都市部の伸び悩みの原因として、絶対評価の導入や内申評価の偏重傾向も理由に挙げられるのではないかと思います。私は高校が内申評価によって生徒を取りすぎることにとても疑問を持っていて、それは学力低下にも結びつくと思っています。

これらは思いついたことをつらつら書いたにすぎません。学力低下、学力低下とさわいでいますが、点数だけ底上げしたいのなら、それこそ受験制度を各都道府県が細かく見直せば、劇的に学力テストの平均点が向上する可能性はあると思います。でも本質はそんなところにはないわけで、そもそも学力とは何なのか、なぜ学力が必要なのか、学力と一人ひとりの人生がどのようにかかわる可能性があるのか、そういう部分がもっと見えてこないと、何も変わらないだろうなと思うし、私たち教える者たちも面白くないんじゃないかと思います。

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コスモスが咲く季節  熊本県山鹿市
October  2007

# by terakoyanet | 2007-10-26 02:16 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)