『バウルを探して〈完全版〉』(川内有緒・中川彰/三輪舎)のこと
2020年 11月 28日
『バウルを探して〈完全版〉』 川内有緒・文 中川彰・写真 三輪舎 刊 (2020年)

『バウルを探して〈完全版〉』この本を読んだのはもう3週間ほど前になるが、いまも本を読み終わったときに心に沸き上がった熱情がそのまま胸に残ったままだ。
この本を最初にお勧めしたいのは、旅が好きな人たち。旅が好きな人は「偶然」を愛する人たちだ。その瞬間に生起した現実に、笑い、怒り、戸惑い、絶句する旅人たち。この本を読む人たちは皆、右も左も分からない旅人たちと共にバウルを探す同行者になる。(私はいま、ほんとうに、すっかり、彼らといっしょにバングラデシュを旅した気になっている。)
著者は決して感情を読む人に押しつけない。(こんなに押し付けがましい文章を書かない人も珍しい。これだけ感情を出さないということは、もしかして著者は、思いっきりのいい性格と裏腹にとてもシャイな人なのかもしれない。)でもそれなのに、出会う人の細やかな描写を通して、著者の熱い思いが垣間見える。いまこれを読みながら涙を溜めている私といっしょに、これを書いた著者も涙を浮かべているに違いないと信じることができる。
ベンガル地方で「バウル」と呼ばれるのは、数百年にわたって口承され、無形文化遺産にも登録されるような芸能の担い手でありながら、その居場所さえわからないという謎の多い人たち。そして、彼らを探し求める著者(川内さん)と同行者である写真家(中川さん)、通訳(アラムさん)の3人の旅人たちの姿は、決して崇高な巡礼者でも求道者ではない。「おもしろそう」という動機で身軽にあちこちを動いてみるその姿は、むしろ野次馬の観光客のなものさえ感じさせる。
哲学者の東浩紀は著書『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017)において、「観光」(もしくは「観光客」)という言葉を新たな哲学的概念として立ち上げた。「他者」という使い古された左翼的で政治的、かつ文学的ロマンティズムを携えた言葉の代わりに、東は「観光」という即物的で世俗的な軽さを持つ言葉を敢えて使うことを提唱した。そこに描かれていたのは、人間や社会を改良するというような必然性に基づいて「他者」と出会う「まじめ」な旅ではなく、むしろ無意味な不必要性(=偶然性)が図らずも照射するものに感応して、結果的に「現実の二次創作」を生み出してしまう「まじめ」でも「ふまじめ」でもない「観光客」の姿であった。私は、この「観光客」という概念を、「旅(トラベル)は本物に触れるからいいが、観光(ツーリズム)は本物に触れないからだめだ」という既存の固定観念をひっくり返すものとして受け止めたが、『バウルを探して』の同行者3人は、どちらかと言うと「観光客」を地で行くような旅人たちなのだ。著者はもちろんこんな小難しいことを考えて、新しい「観光」の姿をここに書こうとしたわけではない。でもそれなのに、著者は観光客らしい素直な現実の受け取り方を透徹することで、目の前の現実をそのままに受け取るという新しい倫理を軽やかに示してくれた。これは誰にでもできることではないし(どうしても旅の「意味」について切々と語ってしまいがちだ)、このひとりの作家の天性的な勘の良さを示していると思う。そして、この著者の他の作品を読んだことがある人ならとっくに分かっていることだと思うが、彼女は「人の話を聞く」ことに関して特別な才能を持つ人であり、私はもっとその秘密を知りたいから、これからも彼女が書く本を読むことになると思う。

本の後半に出てくる或る演奏家がこう語る。「無形文化遺産に指定されてからというもの、急に政府や国連はバウルの歌を楽譜にして残そうとか、後継者を学校でトレーニングしようとか言い出しているけど、僕から見たらバカバカしい。だって、バウルは自由なものだから、そういうやり方では守れない」
真剣にそう語る彼の言葉は2010年のものだが、それから10年が経ち、バウルの歌はYouTubeで検索すればいつでもたくさん見聞きできるようになった。だからと言ってこの10年でバウルの歌が息を吹き返し、本来の生命を取り戻したかといえばきっとそうではなく、むしろ演奏家の彼が危惧した通りに、文化の形骸化がますます進行していると思われる。(今年、国立民族博物館ができた日本のアイヌの現状を考えると、これは私たちにとって他人事ではない。)
その意味では、この本「バウルを探して」は、一つの口承芸能が、近代化の波の中で翻弄されながらも生命力あふれるものとして受け継がれていく姿が活写された、或る時代の「記録」としても歴史的価値のあるものである。しかも図らずもそれが独断に陥らない正直な目を持った「観光客」的な著者によって書かれたことが、この本と記録の幸運だと思う。

最後に〈完全版〉と名付けられたこの本に添えられた深い愛について触れたい。この本は、2013年に『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』として、そして2015年に『バウルの歌を探しに バングラデシュの喧噪に紛れ込んだ彷徨の記録』として(どちらも幻冬舎刊)既に二度も世に出た本が、今回〈完全版〉として三度(みたび)日の目を浴びることになったものである。この〈完全版〉がこれまでと異なるのは、ベンガルへの旅に同行した写真家・中川彰さんの写真がふんだんに用いられていることである。いや、「ふんだんに」というレベルではない。この本の前半が丸ごと「バウルを探して 写真編」となり、中川さんの沢山の写真が本全体の半分のスペース(約100ページ!)を占めるに至っているのである。初めてこの本を読む人は少し面食らうかもしれない。何せ予備知識もなしに本の冒頭から異国の風景をたっぷりと見せられてしまうのだが、本の内容とそれがどう繋がるのかが全くの謎だからだ。しかし、この本の最後「中川さんへの手紙」を読み終わった後に、もう一度冒頭の写真編に戻ったとき、読者はこの写真たちと新たに出会い直すことになる。きっと彼らは一枚一枚の写真を食い入るように見つめざるを得なくなるし、命あるものの輝きが眩しすぎて、視界がじわじわと滲み始めるのを感じるはずだ。こうして読者は、図らずも「バウル」に出会ってしまう。すごい本だと思う。この中川さんの生命溢れる写真を見せるために「コデックス装」を選んだ版元(中岡さん)の心意気と、その心意気に乗った装丁の矢萩さん、そんな愛のある本を世に送り出してしまった川内さんに喝采を送りたい。
光州事件と『少年が来る』
2020年 05月 18日
2019年に行ったところ
2019年 12月 09日















つづきは後日。
夕刻の故宮
2019年 11月 10日
「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」(三菱地所アルティアム)に行ってきました。
2019年 09月 12日
現在、三菱地所アルティアムで開催中の「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」(企画協力Tara Books, ブルーシープ) に行ってきました。

タラブックスは南インドの玄関口といわれるベンガル湾に面する大都市チェンナイ(旧名マドラス)を拠点とする出版社。『夜の木』『水の生きもの』をはじめとするハンドメイド本で世界的に知られています。

今回の展示では『夜の木』の外国版のあらゆる表紙を見ることができたり、これまでタラブックスが出してきた本について、実物を手に取りながらその魅力に触れることができたりするのですが、私が特に心を揺さぶられたのは本の元になった原画の数々。トライバル・アートは、ややもすれば過去のもの、伝統的なものをいまの時代に再現したものと考えられがちですが、とんでもない、この絵はいまここに生きている絵なのだということをまざまざと見せつけられる思いがします。
展示に行かれた方は、ぜひ会場で上映されているビデオ類も見ていただきたいです。ある動画ではシルクスクリーン制作の行程を知ることで、いかに1冊1冊に手間がかけられているかということがわかって驚愕するし、別の動画では代表のギータ・ウォルフ、V・ギータや彼女だちといっしょに制作をしてきたアーティストたちの魅力と哲学をその言葉と表情からうかがい知ることができます。


これらの展示を通して私たちは、タラブックスの新しい魅力に気づかされることになります。展示の中の文章にも書かれているとおり、タラブックスを有名にした(そしてここ日本でも人気がある)ハンドメイド本は、タラブックスの出版物のうち2割を占めるに過ぎません。つまり、タラブックスの魅力はハンドメイド本に留まりません。ハンドメイド本は確かに美しい。でも私たちはすぐにハンドメイド「だから」すごい、と話を顚倒させてしまう。ハンドメイドというのはあくまで良いものをつくりたいという意志の自然な発露でしかないのに、いつのまにかハンドメイド自体に価値を置いてそれに権威づけをしてしまう。考えてみたら世の中の「ブランド化」というのもすべてそういった心象のもとにつくられている。でも、タラブックスはそういった欲望に大切なものを奪われないように慎重に仕事を続けているし、私たちタラブックスが好きな人たちもその猥褻な動きを警戒すべきだと思うのです。

私が昨年、チェンナイでギータ・ウォルフさんから話を聞いたとき彼女は、「ハンドメイドにかかわらず、新しい本の形、その可能性を探求している」と話していました。タラブックスは決してただ美しい本をつくっているだけではなく、それを通して世界の色と表情を少しずつ変えていくことに果敢にチャレンジしている出版社です。本のラインナップには、例えば教育に関するもの、女性や少数者(マイノリティー)の権利向上に関するものが多くあります。また、その制作物だけでなく、タラブックスという会社自体が、社内の一人ひとりの尊厳を大切にするという理念のもと運営されていて、そのことが社内で働いている人たちや制作に関わるアーティストの人生に明るい光を照射していることは、いくら強調してもしきれないくらいすごいことだと私個人は思います。(私自身、小さな会社を経営する人間として、会社で働く人の尊厳を守り、その人生を明るくすることがいかに大切なことかを頭では理解しているつもりです。でもほんとうにそれは一筋縄ではいかない大変なことだと思います。)

時間をかけて会場をめぐればいろいろなことが心に浮かんでくる展示になっています。会期は10月6日まで。ぜひ足をお運びください。
とらきつねでは10月2日(水)にタラブックスの展示を記念したトークイベントを開催します。今日・明日中にお知らせと予約を開始しますので、もうしばらくお待ちください。
万里の長城とテーマパーク
2019年 06月 25日





麗江の風景
2019年 05月 05日







スリランカの聖堂に花束を。
2019年 04月 22日
スリランカ政府は、事件のあと、同国からFacebookやInstagramなど一部SNSへのアクセスを遮断しました。現在、スリランカ多数派(国民の7割)であるシンハラ人たちの一部による、他の少数派に対するヘイトが問題になっています。特に同国では少数派にあたるムスリム(人口比の1割)たちがその標的になっています。そして、そのヘイトの現場は多くがネット上、つまりはSNS上です。
ムスリムたちが、産油国の潤沢な資金の恩恵を受けて、成り上がっている。
見下しているやつらが、既得権益を得ている。
ふざけるな。調子に乗るな。少数派は少数派らしく、弱者は弱者らしくしていろ。
このような図式は、残念ながら、今も昔も日本でも散見される現象です。
結果として、カトリックの人たちの宗教言語は英語になります。(そのため、カトリック信者たちによって、子どもが通う学校の試験を英語で受けられるように政府に訴える運動も起こっています。)英語は、他の多民族国家と同様に、スリランカにおいても、別の言語を持つ人と人の間の共通語として機能しており、その英語を母語として操るのがカトリックの人たちなのです。ですからスリランカのカトリックは、教義にとどまらず、言語・文化的にも民族間融和を象徴していると言える存在です。
カトリックの教義からすれば、ムスリムの人たちはもちろん、イスラム過激派の人たちでさえ、慈しむべき存在でしょう。しかし、現在、グローバル化という名の下に、あらゆる差異を、慈しみをもって包括し、その結果、それら個別性を無化してしまうような運動(=新しい全体主義)が進んでいるとすれば、そして、それにカトリックが加担しているとすれば、そしてその象徴が「英語」であり「資本主義」であり「文化産業」であるとすれば、カトリックが「民族間融和」を善として打ち出している限り、「融和」は一種の同化政策と受け取られかねず、抵抗は解消しないでしょう。
安易に民族間融和なんてことはできないからこそ、私たちは考え続けなければなりません。
この国にはまだ祈りが息づいている。そのことに感激しながら、お祈りをしました。
彼女はちゃんと生き延びたかな。生きていてほしいと思います。
今回の殺戮はそのまま、このコミュニティの破壊を意味します。
今回の事件、とうてい他人ごととは思えません。
スリランカの聖堂に花束を。
言(ことば)に絶えたる日は始まる。
見せつけらるるおのが弱さよ、
見失いたる神のさびしさ。 藤井武「羔の婚姻」
コロンボにて
2019年 01月 07日



2018 旅の記録2(8・9月)
2018年 11月 20日






