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罪について(創作)

聖フランチェスコの生涯を描いた28枚の絵画を一目見るために、イタリア中部の町アッシジを訪れた。サンフランチェスコ聖堂を訪れたあと、町をふらりと歩いていると、右手に小さな石造りの教会があって、窓に飾られた赤いバラの花に惹かれて中に入った。教会ではたった30人ほどの信者を前にミサが行われていて、私が教会のオルガンの傍に(ひざまず)くとすぐに、腰が少し曲がった丸い老眼鏡をかけた神父が説教を始めた。


「今日は、アウグスティヌスのパラドックスのお話しをいたしましょう。」


神父がこのとき話し始めたのは、自己の存在証明についての話だった。


「皆さんは、『私自身は存在している』そのことを疑ってはいないかもしれません。しかし、自身の存在を論理的に説明することは、非常に困難な作業を伴います。私たち人間の存在は、それを明らかにしようとしたとたんに、はじめから矛盾を含んでいるということに気づかされます。私たちは、自分のことをAはAであると言い表すことができません。それは、同語反復以外の何ものでもないのです。実際の問題として、人は自分のことをAである、と表明している矢先に、変質してAではなくなるのです。人が死ぬことは、その変質に由来しています。人がたったいま、この瞬間も死に向かっているということは、変質してAでなくなっている証拠です。ほら、まさにあなたもこの瞬間に、死に向かって変質している。それほどに人間は不完全な存在です。だから、私たちは決してAはAである、と自分を定立することはできません。AはAであった、とか、AはAでありうる、とは辛うじて言うことができます。しかしながら、AはAである、とは決して私たちは言い得ることがないのです。」


まさに私もこの瞬間に、死に向かって変質している。私は自分の両手の骨が開いたり閉じたりするのを見ながら、そのことを考えた。


「一方で、この世において己をAはAであると表明できるのは、唯一、神のみです。ヨハネの福音書の18章を思い起こしてください。ここには、イエスが『私は私である』と言ったとたんに、イエスを捕らえようとした人々が後ずさりして、しまいには地に倒れてしまう場面が描かれています。人々は『私は私である』と言う神の子イエスの全能性に圧倒され、自分の非力を全身で思い知らされるのです。そこでは『私は私である』という言明さえも適わない人間存在の本質的な脆弱さが露わになります。一方で、神は完全であり損なわれることがありません。神は、『AはAである』と言うことができるがゆえに、完全な存在です。」


神はなにゆえに完全な存在であるのか、と問うてみる。私たちが不完全であることの対照物としての完全さなのであろうか。


「ですから、神のようにAはAである、ということを定立することができない人間は、それが不可能である以上、AはA´(Aダッシュ)であるという形、つまりAに非ざるものによって自身の同一性を回復するしか術はありません。だから、そこで考え出されたのが「関係」です。他者と相互に類比関係を結び、他者との交わりの中で、他者から与えられた眼差しの交錯によって、自身の実存を取り戻すのです。イエスが福音書で述べた掟、『わたしがあなた方を愛したように、あなた方が互いに愛し合うこと、これがわたしの掟である』は、ここにおいて意味を成します。もしあなたたちが、自分の存在を疑っておらず、しかも私は私である、というふうにそれを証明することができるなら、互いに愛し合う必要はないのです。そうではなく、私たちはそもそも、いずれ死に至る不完全な存在であるがために、不完全な存在としての孤独が宿命づけられているがゆえに、神はお互いに愛し合うことを人間に命じているのです。イエスは、自身の実存さえもままならない私たちの生を見抜き、これを掟としたのです。ですからあなた方も、他者と交わり、愛し合いなさい。アーメン。」


実存さえもままならない、不完全な存在としての孤独。このことが私たちの「原罪」なのかもしれない。そう思うと、これまで私を苦しめてきた「原罪」から許されたような気持ちにもなった。


私は幼いときから「罪」に苦しめられてきたのだと思う。カトリックには「告白」という制度があって、自分が犯した「罪」を神父の前で詳らかにしなければならない。告白という制度は、自らの「罪」を常に問い続けなければならなくなるという意味でとても厄介な代物だ。四六時中、これは罪だろうか、また罪を犯してしまった、そういうことを考えながら、いつでも頭の隅に罪悪感を抱えたまま生活をすることになる。自分がいつからいつまでに何回嘘をついたのか、その数を勘定しながら日々を暮らすのである。


しかし、どれだけ「告白」をしたところで、自分の罪はなくなることがない。告白を終えたとたんに別の罪が蘇生する。あれも罪だったのではないかと思い起こされる。告白をして許されることで、新たな罪が呼び覚まされるのだ。罪は外的な行為だけでなく内面にも存するものなので、心が罪を犯すことは避けがたく、いつでも罪悪感が心を絞めつける。その罪悪感は自己否定に繋がる。


質素な聖堂の中でそうやって幼いころの罪の感情を思い出していたとき、不意に、ああ、これは自分にとって案外苦しいことだったのだな、と気づかされた。苦しいことだった、そして苦しいと思っても良かったのだと心の中で反芻するうちに、長い間、心を絞めつけていたくびきのようなものが解除されていくのを感じた。


「原罪」が不完全な存在としてこの世に生まれおちる私たちの宿命を示すならば、他方で「罪」とは不完全さを満たそうとする私たちが、そのための行為を誤ること指すのかもしれない。その行為を誤ると決して満たされることはないから、たやすく自己否定のループに陥ってしまうのではないか。


私は罪という実体を恐れ、それに苦しめられてきた。しかし、罪というのは必ずしも実体を伴うものでなく、自らの不完全さに対する対処を誤るということなのではないか。自らの孤独を深めることをせずに、一時の享楽に甘んじるということなのではないか。


行為を誤ることで満たされない、これを繰り返して神を遠ざけることは不幸だ。そうやって私たちに不幸を呼び込むものを「罪」という。一方で、私たちの不完全さは、それ自体は罪ではなかった。私たちの不完全さは、私たちを愛で満たすためのうつわそのものだった。



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ZINE 『旅をしても僕はそのまま』2019年発行 所収

参考文献 キリスト教講義 若松英輔+山本芳久


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by terakoyanet | 2020-01-23 02:25 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

2018年、正月は屋久島で迎えました。
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1月、仕事で東京に行ったついでに鎌倉の裏山歩き。
このあと、石川直樹さんに会って、本の装丁に対するアドバイスをもらい、本の発売2か月前にして、本の装丁デザインが大幅に変わることに。
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2月に訪れた、うきはの山口和宏さんのおうちのあたたかさを思い出す。
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3月には、宗像堂の誉支夫さん、みかさんを招いたトークイベント。翌日にうきはと糸島へ。
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桜満開の日には、京都で仕事をしていました。
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4月に登った虚空蔵山(佐賀県)、すばらしかった。
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この日、武雄の御船山楽園はつつじが満開。
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5月、航空高校唐人町の修学旅行でロンドンへ。
本場の劇場でレ・ミゼラブル鑑賞。
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友人のナイジェルに会いにブライトンへ。
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生徒の英語学校が終わった後、弾丸で訪れたイーストボーン、セブンシスターズ。
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アイルランドの西端の町、キラニーを拠点に、ママチャリ1日70km走行を決行。
3つの峠を越えました。自転車を返しに行ったら、「そんなことに使う自転車じゃない」と怒られました。すみません。
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世界で最も美しい図書館のひとつ、ダブリンのトリニティカレッジのライブラリー。
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いっしょにロンドンに行ったNくんは、自分で予約したLCCに乗って一人でエディンバラへの日帰り旅をするなど、海外でたのもしく遊んでいた。


日本への帰りに立ち寄った上海の夜。上海は楽しい場所。
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7月の高校コースサマー合宿では、九州のさまざまな場所を訪問した。
鹿児島のしょうぶ学園と福森さんのお話しは忘れがたい。
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みんなでお祭りも行ったね。
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熊本では、阿蘇のかるべけいこさん・野中元さんのお宅、そして、崇城大学で黒岩教授のお話し。
美味しくて、穏やかで、濃密な時間でした。
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毎年中3の合宿で訪れていた、えびの高原の硫黄山が立入禁止なので、代わりにどこに行こうかと長濱先生と下見で登った霧島・大浪池。とてもいい場所だったけど、結局ここには行かないことに。
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2018年もあと1ヶ月とちょっと。備忘録がわりに。


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by terakoyanet | 2018-11-19 15:46 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)

航空高校唐人町の修学旅行7日目の5月5日、ロンドンの中心街ソーホーで英語学校の授業を終えたNくんと、郊外の町に遊びに行きました。

いくら憧れのロンドンとはいえ、ずっと市街地にいると心が荒みますから、適度に郊外で遊ぶのが長く滞在する際に必要なことです。

ヨーロッパはこの時期、日がとても長いので(日没は21時前後)、学校の授業が終わる15時半以降からでも、十分に日帰りトリップが可能です。こんな機会を逃す策はありません。ということで、Nくんと南部の白亜海岸にハイキングに出かけました。

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今回の旅行中は、偏西風の機嫌がよくて、天候にとても恵まれました。
この日の夕日が忘れられません。

無計画のため帰りの足がなくなり、携帯も圏外。
たまたま出会ったイーストボーン在住の家族に近くの駅まで送ってもらいました。
とてもハートフルな家族で、こういうささやかな時間が大切な思い出として心に残るものになります。

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Nくん、その翌日には、単独でイーストボーンの隣町ブライトンに行き、私の二十年来の友人Nigelに会って、1日いっしょに遊びました。
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パブに行ったり、素敵なシンガー!?のパフォーマンスを見て、彼女と写真を撮ったり、楽しい時間を過ごしたようです。
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ありきたりの修学旅行では決して出会えなかったことをたくさん経験したでしょう。
多様性という言葉の意味を肌で感じたでしょう。
その土地に行って、その土地の人に出会うというのは、かけがえのないことです。


高校に通うのが苦しいと思っている子もいるかもしれません。
でも、いまの私たちにはたくさんの選択肢があって、ひとつのレールにとらわれる必要なんてないのです。

いま苦しんでいる子どもがそのことに気づいてほしいし、子どもだけでなく、そばにいる大人こそが、脇道にそれる勇気を持ってほしいと思います。
本校(航空高校唐人町)の修学旅行は、子どもたちに脇道のおもしろさを垣間見せる機会になったと思います。



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by terakoyanet | 2018-06-02 08:27 | 行事・イベント | Trackback | Comments(0)

アイルランドの風

イギリス滞在の際には、2日間だけ休暇をもらい、隣国のアイルランドを訪れました。

訪れたのはアイルランドの中でも西岸に位置するキラーニー(Killarney)。
アイルランドの西岸は、年間を通して偏西風が吹き付けますから、天候が不安定な地域です。
とは言っても、周辺の海水温がさほど高くないこと、アイルランドの土地の標高が高くないことから、分厚い積乱雲が発達することはないので、しとしとと小さな粒の雨が降ったと思ったら、晴れ間が見える、その繰り返しです。

1日目は14キロのトレッキング、2日目は70キロのサイクリングをして、春のアイルランドの風と雨と太陽とを満喫しました。


サイクリングはアイルランド極西のカテドラル、聖マリア大聖堂からスタート。
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森に入ると新緑が小さな雨粒を浴びて輝いていました。

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森林の多くは湿地帯です。木々はある程度大きくなると、自分自身の重さに耐えられなくなり倒壊します。
こうして死と再生が繰り返されます。
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美しい滝もありました。"Torc Waterfall"
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30km峠道を上り下りして走行して辿り着いた展望台。天気が悪くても、素晴らしい眺めでした。 "Ladies View"
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あちらこちらに、小さな教会や古城があります。
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人生で初めてU字谷(氷食谷)の底を自転車で走りました。
借りた自転車は長距離に適しないシロモノで、Black ValleyとGap of Dunloe という2つの谷の間の峠がとても苦しかったです。
途中でチェーンが外れ、手は真っ黒、油まみれに。でも、すごく楽しい時間でした。
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by terakoyanet | 2018-05-09 10:22 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)

修学旅行はロンドンへ。

毎年、自分たちで行き先を決める旅行を実施している本校の単位制高校コース(航空高校唐人町)の修学旅行。
今年の行き先はロンドン!

私は旅程の前半しか参加できませんでしたが、生徒はとても大切な時間を過ごしています。

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朝7時5分。気温8℃。快晴のロンドン


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20時15分、夕暮れ時のロンドン


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Beacy Head にて

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Birling Gap の夕日



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Brightonで案内役のNigelとTくん



旅の前半は英会話学校に通いながら、空き時間に市内や郊外の観光をし、旅の後半は、イギリス内を好きなように動くフリープラン。
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ロンドンキャストによるレ・ミゼラブルを5列目で鑑賞する幸運にも恵まれました。素晴らしくて震えました。


大英博物館やナショナルギャラリー、ロンドンアイなどの観光ももちろん楽しいのだけど、その隙間にある時間の中で、海外の人たちの言動から見える文化の違いをつぶさに見ることがいかに子どもに刺激を与えるかということを強く感じました。

ブライトン在住のNigel(以前、福岡に彼が住んでいたときからの友人)は、パブや音楽パフォーマンスに連れて行ってくれて、生のイギリスを体感させてくれました。派手な観光地よりも、こういう人々の暮らしを体感した日のほうが、ずっと大切な記憶として残るものです。

また、生徒の帰国後に報告できればと思います。




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by terakoyanet | 2018-05-08 06:57 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

本日のセンター試験の地理Bで、ムーミンがフィンランドのアニメーションだとわからなければならない問題が出た!と、大きな話題になっています。
ムーミンがフィンランド、小さなバイキングビッケがノルウェーのアニメーションだなんて、地理Bで失点した覚えのない私も、即答はできかねます。しかも、それ、いくら?を表すフィンランド語とノルウェー語を選ぶ問題も出たとのこと、この話題を最初に聞いたとき、まさか!そんな問題が!?受験生がわかるわけないだろ!?と驚きました。
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問題を見てみると、確かに出題されています。
しかし、よく見ると、この問題はよく練られた良問です。

まず、注目すべきは、「ノルウェーとフィンランド舞台にしたアニメーション」という出題文です。
よく見ると、タのムーミンの奥には針葉樹林が描かれており、そして、チの小さなバイキングビッケの奥には文字通りバイキング船が描かれています。つまり、タは針葉樹林が代表的な景観の国であり、チはバイキングが活躍した海洋国であることがわかります。

これまでの地理の学習で地図帳とにらめっこしてきた受験生は、フィンランドは低湿地が広がる文字通り森と湖の国であること、そして、ノルウェーは大西洋に面した海洋国であること(また、沿岸は偏西風の影響で高緯度なのにかかわらず温帯(Cfb, Cfc)であること)を知っているはずです。また、詳しく地誌を学習した受験生は(当校の地理Bの授業ではもちろん出てきました)ヴァイキングがスカンディナヴィアの北部で活躍したことを学んでいるはずです。(ヴァイキングは世界史にも出てきますが。)
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ですから、針葉樹林が見えるタはフィンランド、ヴァイキングのチは海洋国のノルウェー舞台にしている絵であると答えることができるはずです。
(フィンランドはボスニア湾に面していますが、海洋国とは到底言えません。なぜならば、フィンランドの船舶は、デンマーク他の領海である、スカゲラック海峡、カテガット海峡を通らなければ大西洋に出ることができませんから。フィンランドは、地政学的に極めて不自由な位置にある国です。)

冷静に考えれば、ムーミンはどこの国のアニメーションでしょう?なんて問題が出るわけがないのです。
背景の仕掛けに注目することが大切な問題です。

そして、言語をA・Bから選ぶ問題。ノルウェーの文字、フィンランドの文字なんてわかるか!?と絶望的な気持ちになる受験生の気持ちが容易に想像できます。しかし、問題をよく見てください。Aの言語は上のスウェーデン語とそっくりです。(発音がわざわざカタカナで書いてあるところが、受験生への優しさであり、ギフトであることに気付きましたか?) でも、Bの言語は共通点が全く見当たりません。この時点で、ちゃんと学習してきた受験生たちは、はっとするでしょう。ある大切な事実を思い出すのです。

そう。それは、フィンランドの言語は周りの国とは違う、という事実。
ヨーロッパは、ゲルマン・ラテン・スラブの3大語族が席巻するなかで、フィンランド語とハンガリー語(マジャール語)は例外的にウラル語族であるというのは、地理Bの必須項目です。(正確には、エストニア語やサーミ語など、他にもウラル語系はありますが、「フィン&マジャール=北アジア地域と同じウラル語族である」は必須なのです。)

ですから、スウェーデン語に近いAがノルウェーの言語、異なるBがフィンランドの言語ということで正解が出ます。(実はBのトナカイもなにげにヒントです。フィンランドはサンタクロースの国。サンタの乗り物はトナカイです。ノルウェーにもフィンランドにもトナカイはいますが、トナカイのソリが活躍するのは、山がちなノルウェーではなく、土地が平坦なフィンランドでしょう。)


ーーーー

受験生の皆さん、一見突飛に見える問題が出ても、ちゃんといままで学習したことの範囲から問題は出題されています。自分の知識が自ずと応用される快感を感じながら問題を解き進められるようになればたいしたものです。


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北極海を中心に据えて世界を見ると、ヴァイキングの世界が目の前に広がります。
写真は、レイキャヴィク(アイスランド)のヴァイキング博物館に展示されていた地図。


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by terakoyanet | 2018-01-13 23:59 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

テクノロジーの進歩によって私たちの行動の選択様式が変容を遂げたいま、旅の方法にも大きな変化が生まれています。Google MapやGPSに依存した新しい旅のかたちは、そんなのは本来の旅じゃないと揶揄されがちですが、しかし、新しい技術を自分ができる範囲で存分に使いこなしながら、新しい旅のかたちを発見していくというのは、存外に楽しいものです。

昨年オスロに行ったとき、私はこの街について事前に何も下調べをしていなくて、ムンクの絵とオペラハウスさえ見たら、あとはのんびりと近くの低山を歩きたいと思いました。そのときに活用したのはグーグルマップです。
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どんな湖かわからないけれど、とりあえず地下鉄で〇〇駅まで行けば、徒歩10分で湖に着くらしい。
そしてその湖とそこから西に5kmのこの湖の間に細い道がある。これ、トレッキング用の道じゃないかな。
さらにその湖からは登山道っぽい道がある…。

何の確証もない状況で、グーグルマップだけを頼りに歩き進めていくと、ピカピカに磨き上げたような鏡のような透明度の湖があったり、ちゃんと整備された道が確かにそこにあって人が楽しげに歩いていたりして、初めての場所なだけに緊張感がありつつも、それがいやでもほぐれてしまう瞬間というのがあって、それがとてもかけがえのないものに感じられるのです。
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この日は結局、地下鉄の料金を払っただけで、そのあとはグーグルマップを頼りにオスロ市内を一望する低山のてっぺんにたどり着いて、ガイドブックがなくても存分に楽しい時間を過ごすことができました。
(そのあと地球の歩き方やロンリープラネットなどのガイドブックを見ても、この美しい低山のことは全く載っていなくて、まさにグーグルマップが運んでくれた縁なのだと感じました。)



先月、アメリカとメキシコを訪れたときは、Uberをさかんに活用しました。
Uberは、海外を訪問する人たちにとっては革命的なアプリです。
乗車場所、降車場所を予め指定できるし、支払いはすべてクレジット決算だから、これまでのタクシー利用に比べて圧倒的にストレスフリーです。
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海外に行くときには身の安全の担保が課題になると思うのですが(特に女性は)その意味でもUberはあまりに革命的発明です。メキシコはこれまでタクシーは危険だと言われ続けていました(もともと言われすぎだったと思います)が、長年、国が総がかりで対策を講じても達しえなかった安全性への懸念を、Uberというひとつのアプリが、経済や治安の問題をある意味で飛び越える形でひとつの解決の道しるべを示したということは、手ばなしですごいことだと思います。

ただし、Uberが万全というわけではありません。乗車場所が大きな施設の場合には、待ち合わせがうまくいかなくなるときもありますし、キャンセル料のリスク等もあります。また、小さな町にはドライバーがいないので、そこまで行けても帰れないなんてこともあります。またネットが不安定な場所、繋がらない場所では、Uber自体が使えなくなるので、それに頼ろうとしていた場合、途方に暮れることもあるでしょう。
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メキシコシティではタクシーは一切使わずにUberに頼りきり


新しいテクノロジーによってどんどん便利になり、新しい旅の可能性が広がっていきます。でも一方で、どれほどに便利になろうとそれで万全ということには決してなりません。自分がいる場所の環境を思い通りパーフェクトにコントロールすることなんて土台無理なことですし、何よりも、変化しやすい自分自身の身体そのものに万全を期待することができないのです。しかし、だからこそ私たちはいつまでも旅を楽しむことができます。どれほどに新しいテクノロジーにより、旅の可能性が広がろうとも、一寸先の未来は誰も手中にできない。だからこれからも旅は続きます。


今日は旅の達人、石川直樹さんがとらきつねに来訪します。
石川さんは、新しい道具を使うことに躊躇がない一方で、その身ひとつで自らの知恵自体を道具に変えて世界を横断してきた、柔らかい身体=思考の持ち主。とにかく楽しみです。



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by terakoyanet | 2017-10-11 09:11 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

昨年、ノルウェーのオスロを訪れたときに驚いたのは、路上生活者の数の多さである。街中を歩いていると、夏でもひんやりする空気の中に、表情に乏しい大柄な男性たちが座っている。初乗り550円の地下鉄の改札を多くの人が次々とくぐり抜けるすぐ隣に彼らが佇んでいる姿を見たとき、世界最富裕国ノルウェーという無意識の期待感に冷や水を浴びせらた気分になった。しかし、ノルウェーと言えば、世界に名だたる社会福祉先進国である。さらに、一人当たりのGDPは日本の2倍を超える数字であり(これは、バブル期に一人当たりのGDPで世界トップ3に入った記憶を残している人たちにとってはいささか衝撃的な数字である)世界最富裕国という称号に、数字上の偽りはない。

日本では10年前、20年前より、路上で生活している人たちを見ることが随分少なくなった。あのとき地下鉄にいたおじさん、おばさんたちはいまどうしているんだろうと考える。日本の路上生活者は統計上でも減少しているそうだ。それには支援団体の努力のおかげもあるだろう。しかし、日本の高齢化と貧困化はかつてより悪化しているのではないか。貧困する社会の中で、路上生活者の数を減らすことに一体何の意味があるのか。私は世界最富裕国の首都を歩きながら考えた。

私はいまメキシコの世界遺産の街、サンミゲル・デ・アジェンデにいる。メキシコで最も美しいと言われる、スペインのコロニアル建築に埋めつくされたこの街にも、路上で生活する人たちをあちらこちらで見かける。
昨日の夕方は、ある老夫婦らしき二人が路上に座っていた。擦り切れたカセットテープのような輪郭に乏しい音楽が小さなラジカセから流れていて、老父は弦が3本しかない小さなギターをその音楽に合わせるように1本ずつ弾いており、老婆の方は、その隣で左手の肘から上だけを動かしてマラカスを鳴らしながら、右手にはお金を入れてもらうための小皿を抱えていた。演奏には何の技巧もなく、そこには貧しさだけがあるように見えた。

しかし、貧しい二人は、そのとき確かに街に包まれていた。多幸感に包まれるその街に、彼らが存在していることに矛盾はなかった。彼らは間違いなくそこにいてもよい存在であり、だからこそ彼らの拙い演奏は、街の音に心地よく紛れていた。

日本で路上生活者の問題を語るときに余所余所しさがつきまとうのは、彼らがはじめから私たちの仲間ではないからだ。弱者ははじめから存在を否定されていて、その否定自体は省みられることなしに、それを解決すること、抹殺することに力が傾注されている。ユニバーサルデザインという言葉が踊る中で、まん中に手すりをつけるベンチがたちまちに広がる世の中の本体、そして、弱者を他者に仕立てようとする自分自身の本性について、深く考えさせられる滞在になりました。


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by terakoyanet | 2017-09-04 15:20 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

昨年、ローマに行って、はっきりと自覚するようになったのは、いまも生きている遺産は面白いけれど、死んでる遺産は面白くないということです。

教会巡りがなぜ面白いかと言えば、その場所がいまそこに住む人々の生活と直接に関わっているのを感じるからです。その点、古代遺跡というのは老朽化した古い箱庭を見せられているようであまり面白くありません。

フォロ・ロマーノは世界遺産の凄まじい遺跡ですが、すでに死んでいるという意味では面白さに欠ける場所でした。

でも帰ってきてしばらく経ってそのとき撮った写真を見ると、すごいな、と思わせるのは、遺跡がすごいのか、それともいまの写真の技術がすごいのか。

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古代遺跡は死んでいる、と話しましたが、実はローマには、死んだ遺跡が人々の生活風景にそのままなじんでしまったという風変わりな愛おしい場所もあります。

そのうちご紹介したいと思います。


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by terakoyanet | 2017-07-05 12:59 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)

ローマの三大バジリカ、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂。国東出身のペトロカスイ岐部は、3年もの年月をかけてローマに辿り着き、この荘厳な聖堂で司祭に叙階された。
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その後、彼が凄絶な殉教を遂げるまでの話は遠藤周作が幾度か描いた通りである。すでに「転んで」いたフェレイラ(沢野忠庵)に棄教を迫られても揺るがず、穴吊りになっても他の信徒を励まし続けたために、とうとう穴から出されてしまうなど、殉教者たちの中でも特に強靭な精神の持ち主だったことが知られる。
ローマのサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂_d0116009_09231585.jpg
「沈黙」から13年も経過した後に「銃と十字架」でペトロ岐部の生涯を描いた遠藤の内面について考える。「沈黙」に比べるとドラマ性に欠ける「銃と十字架」。でも一方でペトロ岐部の苦しみの生涯に、ただひたすらに寄り添おうとする筆致には迫力がある。
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ローマでの体験が、ペトロ岐部の強靭な生の支えになったことは疑う余地がない。彼の心の中の神は決して沈黙しておらず、最期の瞬間まで生き続けた。きっと彼は神を見たし、神を知っていたのではないかと思う。
そのことは私にとって、驚異であり、大いなる謎である。遠藤もこの謎を自らの掌に手繰り寄せたかったのではないか。そんなことを想像する。
ローマのサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂_d0116009_09244657.jpg
ローマのバジリカの中に座っていると次々に私と対話しようと近づいてくる人たちが現れては消えていった。そして、ペトロ岐部もそのうちの一人だった。

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by terakoyanet | 2017-06-14 09:28 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)