『親子の手帖』のファンの方がまとめてくださっています。
沢山の方々の感想などが一気に読めてすごい。ありがとうございます。

全国の本屋さんのほか、歌手の一青窈さん、写真家の石川直樹さん、植本一子さん、翻訳家の村井理子さん、絵本屋で作家の鈴木潤さんなどのコメントが並んでいます。



とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-10-04 08:25 | おすすめのHP | Trackback | Comments(0)

この3ヶ月に書いたブックレビューのまとめ記事です。


いまから曖昧なことを書くことになりそうなので初めに言っておけば、これを読んでくださっている多数の人たちにとって、この本はかなり良い読み物です。熱くないのに心地よい温度があります。心の中の違和感という名のプチプチをひとつずつ潰してくれる感じがあります。つまりはオススメです。


武田砂鉄、又吉直樹。思索するふたりの応答が交互に収録されたこの本について、何か気の利いたことを書くのは難しい。なぜなら、これほどに作為のようなものが感じられない本はなかなかお目にかかれないから、それを読んだ後には、この本を目的的に紹介するという己れの作為に対して戸惑いを禁じ得ないからだ。

この本の主題を敢えてひとつ言えば「違和感」ということになると思う。違和感の矛先は社会や周囲の人たちにだけでなく、自分自身にも向かう。それが率直で正直で興味深い。ふたりの応答には相手に対する気負いがないのがいい。そしてふたりの言葉に対する繊細さと、それなのに言葉で遊んでしまうやわらかな知性が伺えるところがとても楽しい。内容は軽い体(てい)でそうでもない。自分の足元を根ほり葉ほりした人たちの独白(言葉)というのはやはり信頼できるし面白いなと思います。

それにしても、あるネット書店でこの本を「生産性の少ない会話」という理由でマイナス評価にしている人がいて驚いた。この本のタイトルは『無目的な思索の応答』なのに…。でも人は「無目的」の中にさえ生産性のような目的を求めてしまうのだろう。そのこともおそらくこの本には織り込まれている。

ーそして「普通」という主語を嫌がるくせに、その枠組みを設定しているのが自分であることにも困惑するのです。ー 武田砂鉄

d0116009_09412715.jpg
10月14日(月祝)開催の武田砂鉄さんのトーク(聞き手 鳥羽和久)、植本一子さんのトーク(聞き手 武田砂鉄)はどちらもすでに席が半分埋まっています。当日券は出ない可能性が高いと思いますので、チケットは事前にお求めください。






『在野研究ビギナーズ』(明石書店)ゲット。
この熱量のある本、大学の生協でこそ取り扱うべき。修士時代に出会っていたらむさぼり読んでいたはず。博士課程で勇気をもらえる(こんな言葉が出てくるなんて閉口してしまう)人も多いと思う。
いまは自分も在野研究者(のごく端くれ)だと思っているからただただ興味深い。

d0116009_09453416.jpg


アルテリ八号。
石牟礼道子さんの遺志を継ぐ柔らかながら強い意思をこれまで以上に鮮烈に感じさせます。
今号は「生きのびる者たちに罪はないのか」という石牟礼の問いかけと、60年間水俣病と闘い続ける坂本フジエさんの語りが紡がれた浪床敬子さんの「当たり前のこつじゃけ」から始まります。浪床さん、そしてその直後に載る齋藤陽道さんの文章(圧倒的に良いから読んでほしい)で強く感じるのは、私たちは隣にいる人の心さえわからないこと、どんなに願ってもその人にはなれないこと。でもだからこそその人を「全身で見聴きする者」として現象することで、私があなたになるという願いのゆらぎが「声」として私の心に宿り、それによって私は生かされるということです。
d0116009_09473188.jpg

『ロンドン・ジャングルブック』(三輪舎)バッジュ・シャーム 著 スラニー京子 訳
今夜、読みました。すごくよかったです。

タラ・ブックスの『夜の木』『世界のはじまり』などの作家のひとりであるバッシュ・シャームがロンドンの高級レストランから壁画の依頼を受けてロンドンへ。彼の感じたままに綴られる言葉たちは平易ながら真っ直ぐ本質だけを射抜いていて、何度もはっとさせられる。

私たちは物をそのままに見ているつもりで、すでに或るタブローを前提に物を見せられているのかもしれない。(それにしても、バッシュ・シャームの感性と私たちの概念との間に橋渡しをするような難しい仕事を、さも容易い仕事のようにやってのけている訳者には感服せざるをえない。)

この愛おしい本に挟まれているギータ・ヴォルフ(タラブックス)らの解説はこの本を深く理解する上で素晴らしい手引きになるもの。これを読んでもはっきりとその姿勢が書かれているのですが、この絵本は決してオリエンタリズムを愛でるような懐古趣味の作品ではありません。

バッシュ・シャームはロンドンで出会った人や物を、自らのルーツであるゴンド的世界観によって形象していくのですが、そこで生まれるのはまさに「新しい神話」と呼ばれるのにふさわしいもの。ページをめくるたびに、想像を超えた発想に驚愕し、美しい絵の世界に心が震えます。こんなふうに物を見て、それを絵にできるなんて、何て素敵なことだろうと思うと泣けてきます。これはまさに「民藝的」と呼びたくなる仕事です。

三輪舎さんといえば『本を贈る』『つなみ』が当店でも好評でした。一家に一冊あると、少しだけ心の豊かさが増す本というのがある気がするのですが、『本を贈る』や『つなみ』はまさにそれで、今回の『ロンドン・ジャングルブック』も、手に入れてしまうと一生大切にしたい、思わずそう言いたくなる本だと思います。ご自身へ、大切な人へ、スペシャルなプレゼントとしてもお勧めです。

d0116009_09505065.jpg

たぷの里は傑作絵本だと思います。
松谷みよこさんの古典的名作『いないいないばあ』のような「やみつき」を喚起するような普遍性を持ちながら、コミカルな深み(藤岡さんの作品の素晴らしさは、笑ったあとに、有限性の[私たち笑ってるけどそのうち死ぬよなというような]せつなさみたいな余韻が残ること)があるから、大人も深く楽しめてしまう傑作絵本だと思います。
d0116009_09530185.jpg


とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-09-20 09:58 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)

読書の秋。とらきつねで10月に開催されるトークイベントのお知らせです。


来たる10月2日(水)に「本をつくり、届けること」と題したトークイベントを開催いたします。ゲストは三輪舎の中岡祐介さん。

現在、福岡市天神イムズの三菱地所アルティアムでタラブックス展(世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦)が開催中(10月6日まで)です。中岡さんはこの展示でも大きく取り扱われている『ロンドン・ジャングルブック』(タラブックスの日本版としては最も新しい書籍)、『つなみ』(インド洋大津波の惨状と奇跡を描いた悲しくも美しい絵巻)の日本語版発行元の三輪舎の代表を務めており、日本にタラブックスの文化を広めることに大きく貢献されています。

また、本好きの方たちはきっとご存知かもしれませんが、昨年出版された『本を贈る』は編集者、校正者、装丁、製本、印刷から、営業、取次、書店員まで、文字通り本が読者の手もとに届けられるまでの間に本に関わるあらゆる人たちの言葉を集めた本です。(とらきつねの前回のトークイベントのゲスト、若松英輔さんもこの本と帯に文章を寄せています。)人の心のバトンによって本がつくられることを体現したこの本は多くの人の感動を集め、すでに3刷のベストセラーになっています。

2014年の創業以来、「速さを求められる自転車創業の世の中」に対するアンチテーゼとしての三輪的(さんりんてき)活動を行ってきた中岡さんに、本をつくること、届けることについての話を、タラブックスとの仕事も関連付けながら伺ってまいります。(聞き手はとらきつねの鳥羽和久。このイベントにもしかしたらもう1名スペシャルゲストが登壇する可能性がありますが、現時点ではまだ未確定ですので、正式な案内は控えさせていただきます。)

本が好きな方、出版に興味がある方、オルタナティブな活動を通して社会を見つめ直したい方、タラブックスの本に魅了された方、自分の足で自分にできる仕事を始めたい方など、さまざまな人にとって刺激的な時間になることと思います。(鳥羽)



◇本をつくり、届けること ~タラブックスと三輪舎の本づくり

ゲスト:中岡祐介(三輪舎) 
聞き手:鳥羽和久(とらきつね)

日時:10月2日(水)開場19:00 開演19:30
(とらきつねの店舗は18時から開いています。)

会費:1000円(学生300円・高校生以下無料)
申込方法:とらきつね店頭、またはとらきつねBASEにて事前にご購入ください。オンライン購入・店舗購入のいずれもが不可能な方はご連絡ください。当日券がある場合は、当日に店頭受付もいたします。キャンセル不可。
お問い合わせ先:092-731-0121 tobacco2@jcom.home.ne.jp


中岡祐介(なかおか・ゆうすけ)
株式会社三輪舎・代表取締役。カルチュア・コンビニエンス・クラブに8年間勤務後、子どもの誕生を機に退社し、三輪舎を2014年に開業。〈おそくて、よい本〉をモットーに出版・編集した書籍に『本を贈る』、『つなみ』、『ロンドン・ジャングルブック』など。
2019年8月より横浜・妙蓮寺の石堂書店二階に事務所を移すとともに、本屋・不動産屋・出版社の三社で「まちの本屋リノベーションプロジェクト」を設立。生活のなかに本を取り戻すための活動を始めている。
d0116009_10004189.jpg




武田砂鉄トーク「令和日本の気配と、違和感の居場所」
植本一子トーク「『台風一過』と、新しい家族のかたち」
2つのトークイベントを同日開催します。

10/14 (月・祝) 17:20 ~ 18:50 
武田砂鉄トーク「令和日本の気配と、違和感の居場所」 聞き手 鳥羽和久

彼らは「国民」という言葉を、「国民一人一人」という使い方ではなく、「なんとなく全体がそう思っている感じ」くらいに設定してくる。(武田砂鉄『日本の気配』)
武田砂鉄さんは、芸能から政治まで現代日本の「ここが変だよ」という部分を広く批評してきた、というよりはもっとシンプルに自分自身の感覚を通した「違和感」を訴え続けているように感じています。私は著書を通して武田さんの感覚のようなものを信頼しているし、そのアウトプットの姿勢(というとちょっと固いな、彼の言葉から自ずと生まれるある状態のようなもの)が好きです。だからいま、武田さんが何を話してくれるかとても楽しみです。

ご予約:とらきつねBASE https://torakitsune8.thebase.in/ または店頭にて
会費:3,000円(2つのトークに参加で4,800円)
※学生は1,000円(2つで2,000円・予約はとらきつねまでメールや電話でご連絡ください)
※高校生以下無料、お子様連れ可能ですが託児施設等はございません
※チケットレス制です。ご予約の方に予約番号をメールでお知らせしますので、当日受付にて予約番号をお申し付けください。(チケットはございません)
※キャンセル不可




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10/14 (月・祝) 19:30 ~ 21:00 
植本一子トーク「『台風一過』と、新しい家族のかたち」 聞き手 武田砂鉄

今年、『かなわない』『家族最後の日』『降伏の記録』の3部作に続くエッセイ『台風一過』を発表した植本一子さん。そこに書かれていたことは、亡くなった石田さんのこと、日々大きくなっていく娘たちのこと、子育ての環境の変化、同居人ミツのこと、そしてこれからの新しい家族のかたちについて。
武田砂鉄さんは植本さんの古くからの盟友です。(植本さんの文章にもたびたび砂鉄さんが登場しますね。)植本さんが本を出すたびに、近くで彼女の声を拾ってきた武田さんに、植本さんのいまについてじっくり掘り下げて話を聞いてもらいたいと思います。このトークの後に、植本一子・武田砂鉄のサイン会を開催します。

ご予約:とらきつねBASE https://torakitsune8.thebase.in/ または店頭にて
会費:3,000円(2つのトークに参加で4,800円)
※学生は1,000円(2つで2,000円・予約はとらきつねまでメールや電話でご連絡ください)
※高校生以下無料、お子様連れ可能ですが託児施設等はございません
※チケットレス制です。ご予約の方に予約番号をメールでお知らせしますので、当日受付にて予約番号をお申し付けください。(チケットはございません)
※キャンセル不可





d0116009_10055391.jpg



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

[お知らせ]

☆植本一子 出張天然スタジオ福岡

10/13(日),14(月)に来福する植本一子さん。福岡で出張天然スタジオが開催されます。福岡にいながら東京と同じ価格で撮影してもらうまたとないチャンス。ファンの方たち、緊張しないでくださいね。きっと大丈夫ですから。ロケーションは大濠公園にて。お席に限りがありますので、早めにご予約を。
撮影料金は3万円、写真をデータにてメールで納品します。詳細はhttp://ichikouemoto.com/index.html にて。希望日・時間枠・名前(ふりがな)・住所・電話番号・撮影される人のプロフィール(家族構成・年齢など)・使用用途 を明記の上、info@ichikouemoto.com まで。

d0116009_10074699.jpg

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


植本一子(うえもと・いちこ)
1984年広島県生まれ2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞。 写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。
2013年より下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ、一般家庭の記念撮影をライフワークとしている。
著書に、『働けECD〜私の育児混沌記〜』(ミュージック・マガジン)、『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版),『降伏の記録』(河出書房新社)、『フェルメール』(ナナロク社・BlueSheep)、「台風一過」(河出書房新社)がある。


武田砂鉄(たけだ・さてつ)
1982年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。
著書に『紋切型社会―言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論―テレビの中のわだかまり』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』(晶文社)、などがある。最新刊は、又吉直樹との共著『往復書簡 無目的な思索の応答』(朝日出版社、東京新聞上で約1年半にわたって交わされた2人の往復書簡を収録。)
文化放送『ゴールデンラジオ』(隔週火曜)、TBS『ACTION』(毎週金曜)に出演中。cakes,女性自身,文學界,すばる,VERY,暮しの手帖,SPURなどに連載も多数。



とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-09-15 10:11 | とらきつね | Trackback | Comments(0)

現在、三菱地所アルティアムで開催中の「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」(企画協力Tara Books, ブルーシープ) に行ってきました。

d0116009_08272041.jpg

タラブックスは南インドの玄関口といわれるベンガル湾に面する大都市チェンナイ(旧名マドラス)を拠点とする出版社。『夜の木』『水の生きもの』をはじめとするハンドメイド本で世界的に知られています。

d0116009_08275666.jpg

今回の展示では『夜の木』の外国版のあらゆる表紙を見ることができたり、これまでタラブックスが出してきた本について、実物を手に取りながらその魅力に触れることができたりするのですが、私が特に心を揺さぶられたのは本の元になった原画の数々。トライバル・アートは、ややもすれば過去のもの、伝統的なものをいまの時代に再現したものと考えられがちですが、とんでもない、この絵はいまここに生きている絵なのだということをまざまざと見せつけられる思いがします。


展示に行かれた方は、ぜひ会場で上映されているビデオ類も見ていただきたいです。ある動画ではシルクスクリーン制作の行程を知ることで、いかに1冊1冊に手間がかけられているかということがわかって驚愕するし、別の動画では代表のギータ・ウォルフ、V・ギータや彼女だちといっしょに制作をしてきたアーティストたちの魅力と哲学をその言葉と表情からうかがい知ることができます。

d0116009_08282962.jpg
d0116009_08285584.jpg

これらの展示を通して私たちは、タラブックスの新しい魅力に気づかされることになります。展示の中の文章にも書かれているとおり、タラブックスを有名にした(そしてここ日本でも人気がある)ハンドメイド本は、タラブックスの出版物のうち2割を占めるに過ぎません。つまり、タラブックスの魅力はハンドメイド本に留まりません。ハンドメイド本は確かに美しい。でも私たちはすぐにハンドメイド「だから」すごい、と話を顚倒させてしまう。ハンドメイドというのはあくまで良いものをつくりたいという意志の自然な発露でしかないのに、いつのまにかハンドメイド自体に価値を置いてそれに権威づけをしてしまう。考えてみたら世の中の「ブランド化」というのもすべてそういった心象のもとにつくられている。でも、タラブックスはそういった欲望に大切なものを奪われないように慎重に仕事を続けているし、私たちタラブックスが好きな人たちもその猥褻な動きを警戒すべきだと思うのです。

d0116009_08323298.jpg
インド・チェンナイのタラブックスにて(2018年9月)


私が昨年、チェンナイでギータ・ウォルフさんから話を聞いたとき彼女は、「ハンドメイドにかかわらず、新しい本の形、その可能性を探求している」と話していました。タラブックスは決してただ美しい本をつくっているだけではなく、それを通して世界の色と表情を少しずつ変えていくことに果敢にチャレンジしている出版社です。本のラインナップには、例えば教育に関するもの、女性や少数者(マイノリティー)の権利向上に関するものが多くあります。また、その制作物だけでなく、タラブックスという会社自体が、社内の一人ひとりの尊厳を大切にするという理念のもと運営されていて、そのことが社内で働いている人たちや制作に関わるアーティストの人生に明るい光を照射していることは、いくら強調してもしきれないくらいすごいことだと私個人は思います。(私自身、小さな会社を経営する人間として、会社で働く人の尊厳を守り、その人生を明るくすることがいかに大切なことかを頭では理解しているつもりです。でもほんとうにそれは一筋縄ではいかない大変なことだと思います。)

d0116009_08351080.png
訪問した日には、本の制作をしている工場に案内してもらい、働いている方々からさまざまな話を伺いました。


時間をかけて会場をめぐればいろいろなことが心に浮かんでくる展示になっています。会期は10月6日まで。ぜひ足をお運びください。


とらきつねでは10月2日(水)にタラブックスの展示を記念したトークイベントを開催します。今日・明日中にお知らせと予約を開始しますので、もうしばらくお待ちください。



とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-09-12 08:36 | 好きなお店 | Trackback | Comments(0)

好評をいただいている『旅をしても僕はそのまま』(文・写真 鳥羽和久/絵・馬場通友)の8月17日時点の全国のお取り扱い店をご紹介いたします。こちらでご紹介するお店は、その地域の文化の発信地としての役割を担う本屋も多く、そのような場所に置いて頂いていることに感謝しています。全国に旅をするときに訪れる書店の参考にもどうぞ。



■東京(荻窪)・Title

旅は、旅する人の心のうちを開放する。これまで思考したこと、読んだ本が、目のまえの風景と出会った人により喚起され、忘れがたい景色となって結実する。スリランカ、バリ島、アッシジなど、各地のインスぺレーションを得た告白。
鳥羽和久・著 馬場通友・絵『旅をしても僕はそのまま』(啄木鳥社)


■葉山・Bookshop Kaspar



■名古屋・ON READING

福岡市で現代の寺子屋のような開けた学習塾を運営する著者・鳥羽和久によるエッセイZINE。

レヴィ=ストロースの言葉を引用し、現代のSNS時代における、旅と自己の変容について綴ったテキストから始まり、ジェフリー=バワの建築をきっかけに訪れたスリランカで思索した、ジェントリフィケーションによって失うもの。バリ島の小さなゲストハウスで交わされたオランダ人、韓国人、オーストラリア人たちとの会話。イタリアの町アッシジの教会で聴いた自己の存在証明の話。

『旅とは「見られる」という不気味なものを通して自らが開かれる経験である。』(本文より)

薄い本ではあるが、何度もページをめくり、ゆっくりと咀嚼して考えたいテーマが詰まった1冊。





■大阪(豊中)・blackbird books

旅に出ると思い出すレヴィ=ストロースの言葉。
スリランカ、インドネシア、イタリア、旅先で出会った異国の多様な人々。
交錯する日本の社会と自身の記憶。

鳥羽さんという一個人の旅の記録だが、それは私に旅が記憶から抜け落ちていたもの、つまり世界から消えようとしていたものに直に触れることが出来るということを教えてくれる。
旅に出て何かが変わるわけではない。世界の不完全さ、つまり自身の不完全さに気づき、自らの孤独と向き合うほかない。
タイトルが深く、潔い。

もくじ
残照
バワの残響
レインボーカラー
罪について

鳥羽和久
1976年 福岡県生まれ
唐人町寺子屋+航空高校唐人町+とらきつね 運営


■福岡(糸島)・nodocafe

旅をしてもぼくはそのまま

@torakitsune_books さんから
出来たてホヤホヤのZINE届きました
読んでみてほしいです(k)




『旅をしても僕はそのまま』感想も届き始め、嬉しく思っています。


わからないものの答えを求めるのではなくて、手繰り寄せるその態度というか、そっと触れようとするその行動そのものが、私を真っ当に生きさせてくれているのかもしれない。本当にそうなんだよね。
(ブログ『未来志向でいこう。』より)




『親子の手帖』とともに、よろしくお願いいたします。
いまは時間がありませんが、なんとか今年中に完成させるべく新刊の手直しに勤しんでいるところです。



とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-08-18 00:17 | 雑感・授業風景など | Trackback | Comments(0)

とらきつね一般書ランキング (7/1-8/10)

(初)1 旅をしても僕はそのまま 鳥羽和久 啄木鳥社
(初)2 たぷの里 藤岡拓太郎 ナナロク社
(4)3 親子の手帖 鳥羽和久 鳥影社
(初)4 夜の木[第8版] タムラ堂/タラブックス
(初)5 文藝2019秋季号 韓国・フェミニズム・日本 河出書房新社
(初)6 居るのはつらいよ 東畑開人 医学書院
(1)7 台風一過 植本一子 河出書房新社
(初)8 往復書簡 無目的な思索の応答 武田砂鉄・又吉直樹
(8)9 アメリカ紀行 千葉雅也 文藝春秋
(初)10 ホホホ座の反省文 山下賢二、松本伸哉 ミシマ社

d0116009_00492195.jpg

今月は、7月に発売した新作zine『旅をしても僕はそのまま』(←そのうちナナロク社から出る予定の新刊とは別のものです)が50冊以上の売り上げで1位に登場。2位には当店の絵本売上新記録を達成する勢いの話題沸騰、藤岡拓太郎『たぷの里』。店内ではタラブックスフェア開催中で、『夜の木』の第8版も初登場。以下、話題作が並んでいます。




お盆休み中のとらきつねですが、次のオープンは18日(日)となります。


<最近の新入荷・再入荷>
(再)居るのはつらいよ 東畑開人
(再)子は親を救うために「心の病」になる 高橋和巳
(新)詩と出会う 詩と生きる 若松英輔
(新)庭とエスキース 奥山淳志
(再)不道徳お母さん講座: 私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか 堀越英美
(新)山の神々 坂本大三郎
(新)新潮2019年9月号 千葉雅也『デッドライン』収録
他入荷


子育てやケア、さまざまな生き方について考える本を中心に入荷しています。


拙著『親子の手帖』は現在3刷ですが、おかげさまで4刷をお届けできることになりそうです。

新しい原稿とか索引とかを追加して、新装版に仕上げたいなという気持ちがあるのですが、まだ担当の編集者に何も言っていないのでどうなるかわかりません。


とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-08-12 00:57 | とらきつね | Trackback | Comments(0)

とらきつね一般書ランキング (5/27-6/30)


(1)1 台風一過 植本一子 河出書房新社
(再)2 音楽のまわり 寺尾紗穂編
(再)3 cook 坂口恭平 晶文社
(5)4 親子の手帖 鳥羽和久 鳥影社
(初)5 テーマパーク化する地球 東浩紀 ゲンロン
(再)6 彗星の孤独 寺尾紗穂 スタンド・ブックス
(再)7 夏がとまらない 藤岡拓太郎 ナナロク社
(初)8 アメリカ紀行 千葉雅也 文藝春秋
(初)9 野良犬たちはみな踊る あだち麗三郎 Magical Doughnut Records
(再)10 愛し、日々 寺尾紗穂 天然文庫

d0116009_01261696.jpg

今月は2か月連続で植本一子さんの『台風一過』が首位。こちらの本、とらきつねでお買い上げの方にはオリジナル特典「植本一子かなわない年表」(鳥羽和久編)をお付けしています。植本一子さんの本は、寺子屋の本好きなお母さんたちにもかなり広がっているみたいです。


今月レソラホールでとらきつね主催のライブが開催された「冬にわかれて+坂口恭平」関連の本(寺尾紗穂・坂口恭平・あだち麗三郎)が2位・3位・6位・9位・10位に入りました。ライブにご来場いただいた皆さま、改めてありがとうございました!


このほか、絵本「たぷの里」が発売間近の藤岡拓太郎さんが夏本番を前に再登場! 

そして、新刊が出るたびにランクインする東浩紀さん、千葉雅也さんが初登場。


とらきつねはとてもせまいので、日々大切に本選びをしています。
好みが合う方にとっては間違いない本が並んでいますので、ぜひ本棚を覗きに来て下さい。



【とらきつね 今週、これからの入荷】

入荷日が確定していないものもありますが、この1週間以内を目処に入荷予定の本をご紹介します。


居るのはつらいよ:ケアとセラピーについての覚書 東畑開人 医学書院 (再入荷)

インドのけもの カンチャナー・アルニー, ギータ・ウォルフ エクスナレッジ/タラ・ブックス (新入荷)

おばけのばあ せなけいこ KADOKAWA (新入荷)

キツネと星 コラリー・ビックフォード=スミス アノニマ・スタジオ (新入荷)

<性>なる家族 信田さよ子 春秋社 (新入荷)

タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる 野瀬奈津子・矢萩多聞他 玄光社 (再入荷)

図書室 岸政彦 新潮社 (新入荷)

ナマケモノのいる森で ソフィー・ストラディ アノニマ・スタジオ (新入荷)

猫が好き アヌシュカ・ラヴィシャンカ グラフィック社/タラ・ブックス (再入荷)

ぱたぱた絵本、くまさんどこかな? 高橋 香緒理 河出書房新社 (再入荷)

などなど


とらきつねで販売している本は、全てではありませんが、子育て中のお母さま、お父さまに読んでいただくことをかなり念頭に置いた本選びをしています。良い本にきっと出会えると思いますので、ぜひ見に来てみてください。

d0116009_01533796.jpg
昨日のとらきつね


とらきつね on Facebook 随時更新中です。



by terakoyanet | 2019-07-03 01:55 | とらきつね | Trackback | Comments(0)

残照


幾度も旅に出ては、旅先で出会ったことを忘れたくなくて、記録する。こうして旅のことについて何か記そうと思うたびに、いつも思い出すのが「私は旅や探検家が嫌いだ。」というレヴィ=ストロースの言葉だ。

これは『悲しき熱帯』の冒頭に置かれた作者の独白である。旅とそれを書く行為を「羞恥と嫌悪」に塗(まみ)れた感情で綴りながら、自らが「無為なもの」と言い切る冒険を途轍もない熱量で書ききったあの有名な書物は、この言葉で始まる。

現代の私たちは、かつてレヴィ=ストロースが世に問うた内容を知っている。
近代の知に拠って、西洋の特権的な視座だけで世界を見ると本質を見誤るということを、ある程度は理解している。
しかし、『悲しき熱帯』に表出する、旅先の何かに触発された語りは、構造主義的な意義を超えて私たちに直截に訴えかける魅力を放っている。
精緻な描写のひとつひとつは、あまりに生き生きとしている。旅という行為から剰余として溢れ出す、隠喩に彩られた濃密な思索は、読む人を捻じ伏せるように圧倒し、そして時にひどく悲しくさせる。そのときの感情は、うまく説明のつかないものだ。


去年、イベントで写真家の石川直樹さんをお呼びして話を聞く機会を得た。「僕が富士山に行って写真を撮るとしても、それは、富士山を撮るんじゃなくて、富士山で撮るにすぎない。そこで自分が何を考えるかということでしかない。」「そこでは自らボールを投げるのではなく、飛んでくるボールをただ受け取るだけ。」彼は写真についての最も基礎的な話のなかで、それをいつものように淡々としゃべった。

石川さんもエッセイ『最後の冒険家』の中に書いているとおり、地理的に未知の領域が残されていない現在では、近代的な意味での冒険家というのは存在自体がありえないものとなった。『私は、「本当の」旅の時代に生まれ合わせていればよかった』とレヴィ=ストロースによって語られた時代よりもっと、新世界との邂逅の魅惑から遠く離れてしまった私たちは、それらの残滓を見つけることさえ難しい。

しかし、それでいながら、私たちは相変わらず旅を楽しむことができる。
なぜなら、いまも変わらず、私たちの一寸先の未来は誰も手中にすることができず、そこは未知の至福で溢れているから。

『悲しき熱帯』は旅の記録というよりは、未知に出会った私の変容の記録である。そこで飛んできたボールを受け取った私が、時に無邪気な子どもに戻ったように、時に物思いに耽る青年のようにそこにいて、ただ湧き出た心をそのままに感じている。だからこそ、言葉が生起した瞬間の瑞々しさがそのまま文体の中に溢れ出していて、そのこと自体が、とてもくるおしくて、どうしようもなく悲しいのだ。




平成という時代は、自分の世界をコントロールして最適化できる時代の幕開けであった。
SNSでは、フォローしたり、フォローを外したりすることで、写真をトリミングするように、自分が見たい情報だけを見る、見たくない情報は見ないようにすることが可能である。
そうやって、いつも最適化できる安心な世界の心地よさを知っている現代の子どもたちは、自分の手でうまく制御できないことからは即座に退却しようとする傾向がある。
彼らは驚くほどに平坦を求めている。
「僕が一番求めているのは安定です。それだけあればいい。」この前のディスカッションで、高校1年生のAくんがそう言い切った。
彼は、学校の先生の理不尽さをたびたび批判するような、反骨精神に溢れる子なので、私はなおさら驚いた。

若者が変化を求めて転がり回る時代はすでに終わったのかもしれない。
彼らはいつも心地よい共感の中にいて、ぬくぬくとした関係を築くことができる友人関係を求めている。そして、思い通りにならない恋愛関係はちょっとめんどくさいと敬遠する。
でも実は、コントロールできないことと、恋愛対象への渇望というのはセットなので、これが意味することは、性的なもの全般に対する退却でもある。これが「草食化の時代」と言われた平成という時代の中身なのかもしれない。




『悲しき熱帯』に刻印された過剰な語りは、旅先で自らが「見られている」経験をすることから生じる。

旅よ、お前がわれわれに真っ先に見せてくれるものは、人類の顔に投げつけたれたわれわれの汚物なのだ。

このような言葉は、不気味なもの、得体のしれぬものに眼差されているという経験なしには生まれ得ない。
しかし、いつもスマホの画面と向き合っている私たちは、その画面から眼差しを返されることはない。そこにあるのは、すでに私のために選別された情報であり、私の分身であり、つまりは私のための安心できる世界であり、そこに「見られている」という経験は含まれない。

ツイッターのタイムラインを見ながら多くの人がやっているのは、自分自身の傷探しである。ある時は、自分と同じ傷を負っている人に甚(いた)く共感し、ある時は自分と同じ傷を誰かに負わせた人を責め立てる。また別のある時は、感情の自動機械のようにその両方をする。

タイムラインの流れに身を任せ、それに転移することで自分を傷つけたものへの復讐を成就させる私たち。ツイッターはいまや傷探しのツールで、傷を見つけてはそれを埋める快楽を半ば反射的に繰り返す。こうやって、画面の中で自分の欲望が即時的に達成されてゆく世界には、「見られている」がない。

SNS上の「いいね」は、あなたが「いまのままでいい」ということを肯定するシステムである。
「いまのままでいい」は、自らが変容することに怖気づく主体をやわらかく包み、肯定する。
「いいね」は存在の甘やかしに他ならず、相互に「いいね」を繰り返すことで、その存在はめくれることをやめ、地滑り的にお互いをどんどん劣化させてゆく。

旅とは「見られる」という不気味なものを通して自らが開かれる経験である。しかし、インスタ映えを狙ったナイススポット巡りは、「見られる」経験を抑圧した上で「見る」ことができる私を肯定し、全能のものとして特権化するプロジェクトである。それは、即時的な「いいね」の快楽と相通じるものがある。

現在、SNSから離れてネットからは見えないコミュニティを作る動きや、本質的な体験を志向した新たな旅の提案など、現状に対する違和感を抱えた人たちによる新たな試行錯誤が続いている。これらの活動は「見られる」ことさえも目的化しかねない危うさを孕む。
しかし、最適化の時代に生きる私たちは、こうやって自身が変容していくことを半ば意識的に選択する必要があるのかもしれない。でなければ、スマホが与える情報と現実が身体化し、気づいたときには身動きが取れなくなっているかもしれない。




子どもとは不気味なもののことである。新生児の顔は実際に不気味である。

子どもは、自分にとって、もっとも親密でありながら、拡散し、増殖し、いつのまにか見知らぬ場所にたどりついてぼくたちの人生を内部から切り崩しにかかってくる、そのような存在である。
東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』

子どもが不気味な存在であるがために、神に近い神聖な存在とみなされていたのは、それほど昔のことではない。
石牟礼道子さんが幼いころの記憶を描いた『椿の海の記』という本がある。これを読むと、幼年時代の彼女が、まさに不気味な存在として、世界をありのままに受け取って生きるさまが描かれている。

見えている世界より、見えない世界の方がよりこわい。目をつぶって、掌でそろりと撫でればモノというものがわかり、猫の鼻の不思議のような嗅覚をわたしは持っていた。その掌をかざせば指の間から天井が見える。天井の模様が見える。天井の模様はまだ見ぬ他界への入口だった。幻怪な形の鬼たちの太ももや、片耳や、穴の深い壺が、のびちぢみしている。仏さま仏さま、指の間からお仏壇を見る。
石牟礼道子『椿の海の記』

子どもの世界というのは残酷なほどあからさまである。そして、石牟礼さんのこの本には、その奇妙な残酷さがそのままに描かれている。
私はこれを読んだときの「この世界を知らなかったら、本当に危なかった」という感覚が忘れられない。自分が見失ってしまった世界があることに驚き、憑き物が落ちたような気持ちになった。

それは、子どもという得体の知れぬ妖精によって書かれた本であった。そこにあるのは大人から見た子どもではなく、子どもの目から見た子どもの世界そのものであり、すでに世間に取り憑かれている大人からすれば、驚愕すべき「異文化」の世界であった。





私は、人間という種がその世界に対してまだ節度を保っており、自由を行使することと自由を表す標とのあいだに適切な関係が存在していた一時代の残照、インディオのアメリカにおいてすら果敢ない残照を、慈しむのである。
『悲しき熱帯Ⅰ』レヴィ=ストロース


かつてレヴィ=ストロースがインディオのラテンアメリカで見たものは「異文化」が持つ不気味な力であり、それは「人間という種が、その世界に対してまだ節度を保っていた」ころの「残照」であった。

彼がここで言う「残照」とは、時代に取り残され、人の記憶から消えようとしている世界に手を伸ばし、自分のもとへ必死に手繰り寄せようとすることである。そして、それが私たちとどこか似ていることをおぼろげに触知することであり、その手触りを大切に抱くことである。

このことを通して、私たちはどうにか真っ当に生きていくことができるのではないか。


陽はすでに落ち 暗い部屋にひとりこぼれゆく時を 足元にみつめ問えど答えなく 風が鳴るだけ
寺尾紗穂『残照』



d0116009_01191349.jpg
一昨日、機上から捉えた富士山
夏が近いことを感じさせる山容



寺尾紗穂さん、いよいよ来週、福岡へ。

寺尾紗穂・伊賀航・あだち麗三郎のバンド「冬にわかれて」初の福岡公演は6月7日(金)。
ゲストは坂口恭平さん、そしてカフェはくらすことさん。
素晴らしいイベントになること間違いありません。






とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-06-01 01:27 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

とらきつね一般書ランキング(4/15-5/26)


(初)1 台風一過 植本一子 河出書房新社
(再)2 悲しみの秘儀 若松英輔 ナナロク社
(初)3 くらすことの本 はじまりのうた 藤田ゆみ編 エプロン社
(初)4 わたしを空腹にしないほうがいい改訂版 くどうれいん BOOKNERD
(2)5 親子の手帖 鳥羽和久 鳥影社
(再)6 燃える水滴 若松英輔 亜紀書房
(再)7 子どもと一緒にスローに暮らす おかあさんの本 藤田ゆみ アノニマブックス
(初)8 幸福論 若松英輔 亜紀書房
(4)9 へろへろ 鹿子裕文 ナナロク社/ちくま文庫
(初)10 欲望会議「超」ポリコレ宣言 千葉雅也・二村ヒトシ・柴田英里 KADOKAWA

d0116009_07484645.jpg

今月は5月25日発売の植本一子さんの新刊『台風一過』が予約販売のみで1位。(まだ届いてない涙) みなさん待っていたんですね。

『台風一過』をとらきつねでご購入の方には、「植本一子かなわない年表 改訂版」(鳥羽和久編)が付きます。


そして今月イベントが開催された若松英輔さんの本が2位・6位・8位に入りました。


くらすこと・藤田ゆみさん関連も2冊(3位・7位)。


春になり、たくさんの方の元に本が届きました。
ご来店いただいた皆様、ありがとうございました。



とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-05-27 07:50 | とらきつね | Trackback | Comments(0)

眠たい。明日は朝が早い。
いま起きてこんなことをしていることを見られたら、さっきまでテレビを見ながらうつらうつらしていた私のことを知っている妻から驚かれそうだ。

それでも、何となく、今夜寝る前に書かないと、書けなくなるような気がする。
そう思っていまパソコンの前に座った。
田尻久子さんの『みぎわに立って』について、少し書きたいと思ったのだ。

この本は、失われたものへの哀切に溢れている。
失われてなくなってしまったもの、それでも確かにいま私の一部になっているものへの愛惜で溢れていて、心がいくつあっても足りないほどだ。

別れは、小さくとも大きくとも、どれもないがしろにはできない。またすぐ会える人と握手を交わすような気持ちでいればいいのかもしれない。 ― 本文 p167「握手」より-

久子さんが描く別れは、じめじめとはしていない。果実のように瑞々しくて、水のようにさらさらとしている。
このさらさらはきっと人を助ける。さらさらってほんとうにありがたいんだよ。私はそれを泣きながらじめじめと訴えることならいくらでもできる。

久子さんはさまざまな別れ(分かれ)のみぎわに立っている。それはときには生と死のみぎわであり、異郷と故郷のみぎわであり、過去と現在のみぎわである。今日も久子さんは、橙書店のカウンターに立って、ある人や猫の死を悼み、そして熊本に帰ってきた人におかえりと声をかける。

想像力のなさは、知らぬうちに人に刃を向けることがある。だから、わが身に置き換えて考えてみようとするが、人の気持ちなどそう簡単にわかるものではない。想像力だけではいつでも足りない。 ―本文p67「それぞれの視界」より-

みぎわに立つということは、必ずしも誰かの問題を解決したり、人の世界を調和させたりすることではない。いつも足りないことをかみしめながら、ただ、そこにいるだけである。

それでも、カウンターに立っている久子さんを見て、今日も自らの存在の輪郭を確かめ、平衡を取り戻す人がいる。その手ごたえによって生存していける人がいる。

みぎわに立つということは、そこに意義のようなものを見つけようとすると、大切なものがとたんに雲散霧消してしまうようなはかなさをもっている。

みぎわに立つことは、意味の手前で佇むことであり、風や光が気持ちいいのと同じことであり、それは私たちと世界のあわい(間)を満たす何かなのだろう。それにしても、この本の豊田直子さんの装画は、みぎわ(汀・渚・水際)の美しさがそのまま溢れ出たようで、本当に美しいですね。

d0116009_02302269.jpg

とらきつねで好評取扱中のアルテリの発行人でもある田尻久子さんの『みぎわに立って』は、現在、とらきつねで販売しています。版元の里山社から届いた「みぎわ新聞」(鹿子裕文さんのコメントがいい)、そして、田尻久子さんの既刊『猫はしっぽでしゃべる』(ナナロク社)とともに展開中です。



・・・

田尻久子さんがカウンターに立つ「橙書店」は、村上春樹がエッセイで書いた看板猫のしらたまくんでも知られる熊本の書店。

昨年は高校生たちと橙書店を訪れ、本人たちが選んだ本をその場でプレゼントしました。
d0116009_02375133.jpg
高校生たち、この日に選んだ本、もう読んだでしょうか。まだ読んでない人もいるんじゃないかな。
でも、本はいつでもいつまでもみんなを待っているから、大丈夫だよ。


by terakoyanet | 2019-05-16 02:39 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)