寺子屋ブログ by 唐人町寺子屋

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2018年 09月 15日

『本を贈る』を読む。

本を手に持ったとたんにびんびんと伝わってきた。この本は、本を心底愛している人たちによって作られている本だということが。

何て、本らしい本。
凛と角ばっていて、ページをめくりやすくって、言葉のひとつひとつがしっかり目に飛び込んでくる。


私はいまこの本を読み始めてわずか45分。
本のはじめから120ページ、編集者の島田潤一郎さん、装丁家の矢萩多聞さん、校正者の牟田都子さんの3人の文章を読んですぐにパソコンの前に座って文章を書き始めたところだ。(つまりまだ全体の半分も読み終わっていない。だから、まだ読み終わっていない人が書いているという留保つきで、この文章を読んでください。いっしょに「読み始め」の感覚を味わってもらえたら。)

本というのは読んでいると途中で弛緩することがあるのだけど、この本はちょっと違う。本を愛している人たちが意図せぬうちに絶妙なチームワークを生み出し、言葉のリレーを繰り広げる。まるで、運動会のリレーのように、走者たちがバトンを渡すたびに見る者の高揚感は高まる。この本は、まさにそんな感じだ。(その高揚感をそのままに、4人目にバトンを渡そうとする所作だけ最後に確認して、もう文章を書き始めてしまった。)

島田さんがこの本の冒頭に言葉を綴ったのは、きっとこの本にとっての幸運だ。島田さんの言葉の中に、ひとつの「全体」の話があった。これは、私が思うに本が持つ最も根源的な力だ。こんな話から始まるこの本はすごいと思った。そしてこの本もそのままで、ひとつの「全体」を体現するものになっているんじゃないか、そんなことを考えた。

島田さんの言葉でもうひとつ印象に残ったのは、「具体的な読者のために仕事をしたい」という話。私自身、何か文を書いているときに、一般とか大衆とかいう言葉がピンとこない。具体的な読者しか、逆に想定できない。だから島田さんの言葉に勇気をもらった。具体的な読者、目の前のあなたに向けて書いていることが、どこかで見知らぬ誰かとも、少しだけ交わることを信じたいと思う。


矢萩多聞さんの中1で学校をやめてインドから日本の友だちに何百通も手紙を送ったという「ビョーキな趣味」の話を読んでいると、子どものころに私も何かを人に伝えたいという強いビョーキの衝動を持っていた時代があったことに気づかされた。小学校時代は毎日新聞を書いて、初めは壁新聞として貼りだしていたけど、それでは物足りなくなって、新聞を毎日学校の印刷室で刷ってクラスのみんなに配るようになった。(よく先生が認めてくれたものだと思う。)中学では毎週寝不足になりながら原稿を書いて、給食時間に図書館アワーという全校放送を1年間続けた。1年間続けた最後の日、給食の終わりかけの時間に教室に戻ってきた私に対し、担任の村石先生が、一年間、こんなに内容のある素晴らしい放送を続けられるものではない、みんな拍手を!とクラスのみんなに拍手を求めてくれたことは忘れない。どこかで自分の趣味でやっているだけ、という引け目のような気持ちが巣くっていたから、先生が認めてくれたことで、どれだけ救われたか。そんな少年時代のことを思い出した。

矢萩さんの言葉で印象に残ったのは、この章のタイトルにもなっている「女神はあなたを見ている」。この言葉は、きっとこの本がこの世に生まれた意味そのものを示しているので、ここで説明してしまっては余りにもったいない。物事を大切にいとおしむことを知っている矢萩さんの文を通して、この本を読む人に、この言葉を味わってほしいと思います。


そして3人目のバトンは校正者の牟田都子さん。「ものを知っている」というよりも「調べ方を(人よりも多少)知っている」という校正の仕事の本質の話、しかしその校正という行為自体は「読む」というよりも「耳をすます」ことであるという話。
私も昨年初めて本をつくって、校正の方と、そして自分が書いた得体の知れぬ言葉と、格闘し、会話をした。そうか、校正というのは、こんなにあったかくて、真剣な仕事なんだと、そこには確かに血の通った会話があったと、牟田さんの言葉を読んで、改めて深く噛みしめた。
私は本を書きたいとか、本を出したいとかそんなことではなくて、究極にはこういう会話がしたいだけなんだ、そのことが、次の本のことについて考えているこのタイミングで確認できてよかったと思う。


普段、感傷的すぎることは恥かしいと思い、自分のことについては極力書かないようにしているのですが、この本は、あまりに自分に寄せて読むことができる本なので、前半を読んだだけですが、つい長文を書いてしまいました。

とらきつねには昨日入荷しました。ぜひ手にとって読んでみてください。

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by terakoyanet | 2018-09-15 04:08 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 11日

『親子の手帖』に寄せられた感想

その後もSNSを中心に拙書親子の手帖についての感想が寄せられています。
感想を書いてくださった方たちは、ほとんど例外なく真剣に丁寧に読んでくださっているのが伝わってきて、ありがたく感じます。
今日は、読んだ方の感想、心の声を紹介させてください。
こういった「心の共有」に励まされる方がいたらと思います。

・・・

親子関係の難しさよ。
まだうちは幼稚園だけど、こらから直面するであろうことがたくさん書かれていた。
誠実に、個と個の関係でいきたい。
こういう大人が側にいてくれたら。
いや、自分がならなきゃいけないんだけど。

子どもの心は日々
成長します。
モヤモヤとする事も
あります。

でも それは自分の分身?
所有物みたいな感覚だから?
親と子
と言う関係じゃなく、
人として子を見たとき
尊敬する事が出来ました。

親の先回り、心配が
子の成長を妨げる事も
あると思います。
失敗すれば良い!

失敗しないように、先回りして 心配するのは、子の為だけじゃなく、自分自身が
困らない為もあったと思います。

毎日がスリリングでも
良いじゃん。
期間限定だし…

と、思えたら思春期の子と
暮らすことも 面白いじゃないかと感じた。

そんな時に出会った本は
私のそんな気持ちを後押し
してくれる本だった。
主人も興味を持ってくれて
夫婦で読んでいます。
同じ方をみて 育ててもらえるのは、ありがたいです。
福岡で学習塾を経営する #鳥羽和久 さんの #親子の手帖 は、帯にある写真家お二人のメッセージに惹かれて手にしてから、何度もどこからでも読み直している。
こんな歳を重ねてもまだ受容できずにいることがあるだろうか。それは特別辛いというんでもないけれど、鳥羽さんのお話を読むと10代の自分と重なる姿も描かれていて、良いも悪いもすべてわたしだと。
悩まずただ考えても、自らのどうしたい?が見えにくい時こそ、読書に助けてもらってきた。
親子の時間、親子の手帖、どちらもあとがきだけでも、琴線に触れる。

少し前にヴィパッサナー瞑想というものを行ったのだけど、この本の根元は、ヴィパッサナーに通じている気がした。ヴィパッサナーとは観察するということで、自分の意識とかを観察し続ける瞑想法(誤解を生むかもしれないので、正しくは専門の本など読んでください)。
.
親が子を叱ったり、選択を促したりする時のスタート地点は、親自身の心の不安だったりする。子への愛と自己愛は共存して然るべきだから、片方を尊重し片方を否定する必要はない。だけど、親は自分の心のうちをしっかり観察し、心得た上で子どもと向き合う必要がある。
.
親子だけでなく、仕事相手、パートナー、あらゆる関係性に当てはまる。
.
心に残った箇所は、人生の選択と責任と、成功と失敗について。選択は、受験をする時期くらいの子どもには、純粋な本人の意思決定などありえない。無意識含む親のコントロールがあるもんだ。選択は迷う。ひとつの選択肢を特権化しすぎないように。一寸先もわからない人生を生き、だからこそ、生きてもゆけるのだと。

いい親になりたいと思って親をやってたわけじゃないし、優しい母親になりたいと思っていたわけじゃない。

だけど、世間からの目を気にして、それを子供に押し付けていたのかもしれないね。。。 いい子でいてほしいのは、
勉強や運動ができるのは、世間体がいいから、ってどこかで思っていたのかもしれないね。

少しだけど気がついた。そんな風に世間のことを気にしてたっていいし、少しは親の期待の気持ちを子供に話ししたっていいんだ。

だってね、やっぱり家族が大好きだもの。
よく見せたいって思うこともあるよね。

これから何かできごとが起きた時、
この本のことを思い出して、気がつくことができると思う。

ああ、これは私の欲なのかもなー、って。
『親子の手帖』
親子関係の本ですが。
よくあるハウツー本ではありません。
読み始めると。親としての自分や我が子の事がよぎり、辛く心が抗いたくなる瞬間が多々でてきます。
読み進めるて行くうちに、そんな自分の事が受容でき、改めて親子の関係を見つめ直せる事が出来ました。
僕にとっては『本に救われた』と感じた本です
親子関係とは、究極の人間関係です。
ですので。
『上司と部下』『教師と生徒』などの関係性にも、きっと気づきの多い本になるのではないでしょうかー^ ^
僕の人生で大切な本になりました。

親子のかたちは、当たり前だけど親子の数だけあるもので、何が正しいか間違っているかなんて誰にも分かりません。
ただ、誰にでも経験があると思うどうしようもない気持ちの行き違いみたいなものがここには書かれていて、今子どもの心が分からないと悩んでいる親や、親に言いたいことを言えない子どもの立場にある人はもちろん、子ども時代になにかしらていた思いがある人、人間関係に悩んでいる人が読むと絶対に腑に落ちるものがあると思います。まっすぐに向き合うことの難しさと大切さに気付かされます。

うちは上手くいっているよと思っている親にもぜひ読んでいただきたいなぁ。

親子のことが書かれているけど、ここに書かれている社会での人間関係のことにもあてはまると言えます。
ぜひ色んな人に読んでもらいたい一冊です。

いまだに宿題の1/3〜1/2間違える小2の娘。ちょっと指摘すると大変な事になり、イライラしていた私。
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『親子の手帖』の著者 鳥羽和久さん @toba_terakoya のトークイベントに行って来ました。
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本は親目線とかつて子どもだった目線で、ときには涙ときにはぐさっとなりながら、でも否定はされない感覚の中読み進めました。
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方法論ではない沢山の親子と関わってきた鳥羽さんの話に自分を重ねて見る事で、ギクシャクする事が増えつつあった娘との関係を一歩引いてみる事ができ、だいぶイライラが落ち着いた気がします。
Jun/07/2018。544回目の二上山。常日頃難しいなあと思っていることの上位に『伝える』ということが位置する。いま、鳥羽和久『親子の手帖』を読んでいて、もちろん親と子の関係が書かれているのですが、読み始めるとそれはそもそもの人間関係全般に言えることだとわかります。そう、子どももひとりの人間、個が確立された存在として扱わなければ、親…こちら側…の意図は伝わらないということですね。
新しい保育園に通いだして1ヶ月。息子、まあまあ楽しそうな様子になってきた。“楽しそうに” 保育園に通う日がくるなんて。まだ半信半疑。

鳥羽和久さんの「親子の手帖」良い意味でぞくっとしました。そうか、そうなのか、そうだよね、でも、想像以上に、そうなんだな。親子で更地に立つ感じがしました。









紹介しきれませんが、たくさんありがとうございます。


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by terakoyanet | 2018-09-11 00:37 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 27日

さくらももこさん

さくらももこさんの訃報を受け、ショックを受けています。

さくらももこさんのことは、多くの人と同じようにちびまるこちゃんで知りました。中学生のころ。

それから、マンガをむさぼるように何度も読んだのは、いまから考えれば、生まれて初めて自分の感性にとても近いと感じるものが描かれていて、それがとてもうれしかったのだと思います。


ちびまるこちゃんはもちろん面白いけれど、『コジコジ』と『神のちから』はとんでもない傑作で、さくらももこの頭の中は決して「ほっこり」なんかじゃない、いびつでキテレツなものに溢れていること、彼女には天賦の才能があることを思い知らされました。


きっと根っこがとてもやさしいんです。

だから、何度励まされ、何度元気づけられたことか。

まだ、いまいち実感がわかないけれど、さびしい気持ちです。





こちらのブログでは、ちょうど10年前に、一度だけさくらさんの漫画を紹介したことがあります。





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by terakoyanet | 2018-08-27 22:36 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 20日

東京・下北沢の本屋B&Bにてトーク「さまざまな親と子のかたちについて」が開催されます

来たる9月19日(水)の20時より、下北沢の本屋B&Bで行われるトークイベントに、シンガーで文筆家でもある寺尾紗穂さんといっしょに登壇します。
すでに多くの方にお申し込みいただいているようです。

寺尾紗穂さんは、こちらのブログでも何度も触れてきた才能あふれる人。

私が今年の3月に出した本『親子の手帖』がようやく形になったとき、最初に読んでもらったのが寺尾さんでした。
現代の親と子のさまざまな形について、寺尾さんの父、次郎さんについて、そして先日発売されたばかりの、寺尾さんが編集した『音楽のまわり』 (音楽家たちが愛おしい短編を持ち寄った本)についてもいろいろ聞きたいと思っています。

寺尾さんに話が聞きたい、と心から思っている人間(私)が寺尾さんとお話ししますから、きっと面白い話が飛び出すと思います。ご都合がつく方はぜひよろしくお願いします。
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先日(8/11)は東京の文京区シビックセンターにて、お話し会が行われました。
東京近郊のお母さまたちが力を合わせて呼んでくださり、いろいろなお話しをさせていただきました。

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主催者のおひとりでもある桜井さんによるグラレコ。
私がしゃべっている隣でどんどん仕上がっていくので、すごいなーと思いました。

もうひとりの主催者の香取さんは、当日のことをブログで記事にまとめてくださいました。


心をこめて準備をしてくださった主催者のお二人はもちろん、さまざまな方にお会いできたことを本当にうれしく思いました。
切実な思いを抱いて参加してくださった方たち、教育関係のお仕事に携わる方々、京都のトークに参加できなかったからと駆けつけてくださった方、寺子屋の卒業生の松崎さん、おもちゃ箱の柴田さんとお母さま(すごく素敵な親子)、ナナロク社の村井さんと川口さん、帯文を書いてくれた写真家の植本さん。初めて東京でお話をしましたが、皆さんに集まっていただき、何か共振するところが少しでもあったのなら、有り難く思います。

9月19日もよろしくお願いします。さらに年内にあと一度(10月か11月)東京でお話しをさせていただく機会がありそうです。



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by terakoyanet | 2018-08-20 02:03 | 行事・イベント | Trackback | Comments(0)
2018年 07月 18日

とらきつね一般書ランキング(6/9-7/17)

とらきつね一般書ランキング(6/9-7/17)


(1) 1 親子の手帖 鳥羽和久 鳥影社
(ー) 2 勉強の哲学 来たるべきバカのために 千葉雅也 文藝春秋
(ー) 3 ゲンロン8 特集 ゲームの時代 東浩紀編 genron
(再) 4 子どもと一緒にスローに暮らす 藤田ゆみ アノニマ・スタジオ
(ー) 5 どもる体 伊藤亜紗 医学書院
(ー) 6 主よ一羽の鳩のために 須賀敦子 河出書房新社
(2) 7 脇道にそれる 尹雄大 春秋社
(ー) 8 謎床 松岡正剛,D チェン 晶文社
(4) 9 猫はしっぽでしゃべる 田尻久子 ナナロク社
(ー) 10 おしっこちょっぴりもれたろう ヨシタケシンスケ PHP研究所


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by terakoyanet | 2018-07-18 03:10 | とらきつね | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 26日

ブックレビュー 2018年6月

私たちは、自分が正しい道を歩んでいると信じていたいし、そうでなければならないと思っている。でも、その「正しさ」についてちゃんと考え抜いているのかな、「正しさ」さえも私たちが自分が生きるために必死に作り込んだストーリーでしかないかもしれない。尹雄大さんの新刊『脇道にそれる <正しさ>を手放すということ』を読むと、そのことに気づかされ、考えさせられます。

共感によって手に入れようとした安心には、根がまったくない。それでも互いに「わかるよ」と頷きあっている関係さえあれば、たとえ中身が紛いものであっても「自分は孤絶していない」という手応えは確かに感じられる。私は現実ではなく、現実らしさを望んでいたのだった。(本文より)

私は私であることを恐れ、常に何者かになろうとする。自己実現とは、ありのままの自分になるという意味ではなく、常に評価される何者かになろうとしていまの自分を超えようとすることを指す。その何者とは、「理想」でありやがて達成されるであろう自己だ。いずれも像でしかなく、現実ではない。よくできた贋物でしかない。(本文より

第 1 章で、読者の胸を刺す<贋物である私>の指摘から始まるこの本は、第 4 章のべてるの家、しょうぶ学園といった、脇道にそれることを厭わない人たちへの取材を通した話で終わる。そういうこの本もひとつの「ストーリー」であり、それを欲する私たちもまた、自らの「ストーリー」に寄与するものとしてこの本を望んでいる。この本に出会った人が、自分のストーリーを大切に抱えながらも、「正しさ」や「信念」といった呪縛から解き放たれることを願っています。

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熊本・橙書店の店主、田尻久子さんの本、『猫はしっぽでしゃべる』。橙書店といえば、創刊以来とらきつねで販売させてもらっているアルテリの版元でもあります。

熊本地震のあと、移転した橙書店に行ったとき、以前と同じ匂いがする、と安心した人は多いでしょう。本の中にも「同じ匂いがする」と言って涙ぐむ人が出てきます。(決して湿っぽくはならないのですが。)地震の前も後も変わらずに営業を続ける書店員田尻さんの日常が淡々と綴られます。

いつも橙書店で執筆をしている坂口恭平さんのことが書かれた章があります。これを読んだあとに、本に付属している小冊子の坂口恭平さんの文章を読むと、心を深く動かされます。

田尻さん(恭平さんは久子ちゃんと呼ぶ)は何もジャッジしない、いつも「それでいいよ」「大丈夫」と言う。それは単に「否定」の対極にある「肯定」ではなくて、あなたの存在を無償で受け入れるからあなたは好きにしなさい、そういった、自分の存在に確かな囲いを与えてくれる場所としての「橙書店」が明らかになる場面です。人に救いを与えるというのは、本当はこういうことなんだろうな、そう感じます。
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写真集としては異例ともいえるロングヒットで24刷が決まった(おめでとうございます!)川島小鳥写真集『未来ちゃん』。

子どもというのは私たち大人とは別の世界に住んでいて、その世界はきっと宇宙より広いんだ。そのことを思い知らされる本です。

未来ちゃんがこうして確かに存在した一瞬を思うと、思わず涙が出るほど心揺さぶられるし、そしてたったいまも日本で、世界中で、きっと未来ちゃんが元気に駆け回っているのだろうということを信じることができます。そして、未来ちゃんがいる限り、私たちも絶望なんてしてられない、そう思うのです。

ナナロク社の本を多数入荷しました。『未来ちゃん』もサンプル本とともに展開中です。ぜひお手にとってみてください。

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失ってみてはじめて分かったことだが信頼は、生きることの基盤をなしている。自己への信頼も、他者との信頼の間に育まれる。心を開いてくれる他者と出会えたとき人は、他者との間だけではなく、自己との新しい関係をも結ぶことができるのはそのためだ。

心を開くとは、他者に迎合することではない。そうしてしまうと相手だけでなく、自己からもどんどん遠ざかってしまう。むしろ、心を開くとは、自らの非力を受け入れ露呈しつつ、しかし変貌を切望することではないだろうか。(本文より)


日経新聞に連載されたエッセイが単行本になった若松英輔さんの『悲しみの秘儀』。一冊の本のことを「誠実な読み物」と呼ぶのは、無粋で野暮なことだとわかっているけれど、それでも、これほど誠実さが身にしみる文章というのは、なかなか出会えないのです。悲しい(愛しい、美しい)生の中に生きる、全ての大人たちのために綴られた文章
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昨年、哲学者の中島義道さんをお呼びしたイベントの際に、ある来場者の方から、「高橋源一郎さんは、呼ばれないんですか。」と尋ねられました。彼女にとって、中島義道さん、高橋源一郎さんのふたりが、長年のアイコンらしく、また、随分毛並みの違うお二人が好きなんですね、なんて話をしたのを覚えています。高橋源一郎さん、お話ししてもらったら、そりゃあもう、面白いでしょうね。

高橋源一郎さんの新刊、『 お釈迦さま以外はみんなバカ 』 ( 集英社 ) を入荷しました。古今さまざまな本を題材に、さまざまに繰り広げられる四方山話。唸ったり笑ったりしているうちに、心がほどけてくる面白い本。松岡修造のどこがすごいのか、なんて話も、気軽なのに説得力のある言葉で綴られています。そして、本のどこから読んでも楽しいのが、また、ありがたい。攻めたタイトルも好きです。
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by terakoyanet | 2018-06-26 02:00 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 10日

とらきつね一般書ランキング(4/23-6/8)

本校の1Fとらきつねが書店を兼ねるようになってから、これまで以上にたくさんの方が立ち寄ってくださるようになりました。近所の方たちや学校の先生たちもたびたび立ち寄ってくださっています。

とらきつねでは不定期に一般書の売り上げランキングを発表しています。(ただし学習参考書は集計対象外。)


とらきつね一般書ランキング(4/23-6/8)


(1) 1 親子の手帖 鳥羽和久 鳥影社
(-) 2 脇道にそれる 尹雄大 春秋社
(-) 3 子どもと一緒に読みたい絵本 玄光社MOOK
(-) 4 猫はしっぽでしゃべる 田尻久子 ナナロク社
(10) 5 「ユマニチュード」という革命 イヴ・ジネスト他 誠文堂新光社
(7) 6 星の王子さま バンド・デシネ版 ジョアン・スヴァール 池澤夏樹 サンクチュアリ出版
(-) 7 もう ぬげない ヨシタケ シンスケ ブロンズ新社
(-) 8 良いおっぱい悪いおっぱい 完全版 伊藤比呂美 中公文庫
(-) 9 〈ほんとうの自分〉のつくりかた 榎本博明 新潮社
(-)10 あやとりの記 石牟礼道子 福音館書店

本日のとらきつねは12時オープン。(日曜のみ12時オープンです)
本棚の本たちは随時入れ替わっています。
1冊1冊大切に選んでいますから、雨の日にゆっくり読む本を探しにきていただければと思います。

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子どもが読書をしない、となげく親御さんがいらっしゃいますが、親が読書が楽しいと思って日々本を読んでいて、それが子どもに伝われば、自ずと読書が好きな子どもが育つことが多いです。(面白そうな本がずらっと並んでいる本棚があるとなお良いです。)

読書は何歳からでも始められるし、人生を濃密にする方法としてはとてもすぐれていると思います。
皆さんがよい本に出会えますように。


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by terakoyanet | 2018-06-10 10:26 | とらきつね | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 26日

『親子の手帖』刊行記念イベント 京都&大阪

6月に『親子の手帖』刊行記念イベントが京都と大阪で行われます。

①6月22日(金) 京都@メリーゴーランド京都
メリーゴーランド京都さんにて、鈴木潤さんとトークを行います。
京都近郊の方にお声掛けいただければ幸いです。
鈴木潤さんと穏やかに正直な話ができたらなあと思います。
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福岡で学習塾を営む鳥羽和久さんは、日々出会う子どもたちとその親とのやり取りから、今の、そしてこれからの子どもたちとその家族が向かう未来を、時には厳しく時には暖かく、そして迷いながら一緒に考えています。
その思いを込めて執筆された『親子の手帖』を読んで、どうしても鳥羽さんに会いたいと思い、対談が実現することになりました。とてもとても楽しみです。


お申し込みはメリーゴーランド京都さんのHP(以下にリンク)にて
鳥羽和久×鈴木潤
6月22日(金) 
18:00〜参加費1000円
メリーゴーランド京都ギャラリースペース

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大阪の憧れのお店であるスタンダードブックスストア心斎橋店にて『親子の手帖』刊行記念トークが行われることになりました。大阪の知人の方にお伝えいただければ幸いです。代表の中川さんにツッコミを入れてもらいながらのイベントになりそうです。スライド等も使ってしっかりお話しします。

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今年の春に刊行された『親子の手帖』は、少子化と核家族化で親の孤立が進む現在におけるさまざまな問題(小中学受験・成功体験・カンニング・発達障害・学力と差別・不登校・いじめ・夫婦関係・母子という幻想の共同体・中1ギャップ・スペクトラム化する社会など)を深く描き、発売1週間で増刷になるなど大きな反響を呼んでいます。『親子の手帖』を著した鳥羽和久さんのトークは、子どもに日々翻弄されるお母さんやお父さん、かつて親に苦しめられた子どもであった大人たち、そして人と人との関係に悩む全ての人にとって、大切な時間になるでしょう。悩みを安易に解決、解消するというより、むしろ、その悩みから逃げずに踏みとどまる体力をつけるためのヒントを得てください。

お申し込み方法は以下のスタンダードブックストア心斎橋ブログをご参照ください。


鳥羽和久『親子の手帖』刊行記念トーク
~現代のたよりない親子の幸せの探し方~
【出演】鳥羽和久
【日時】2018年6月23日(土) 開場11:15 開演12:00
【会場】スタンダードブックストア心斎橋カフェ
 大阪市中央区西心斎橋2-2-12 クリスタグランドビルBFTEL 06-6484-2239
 ■カフェ通常営業時間:11:00~22:30
【料金】 1,200円(1ドリンク付)

※当日のトーク会場ご入場はチケット番号順(ご入金順)です。入場後は自由席です。
※チケット番号は予約順ではなく、ご入金順になります。
※チケット引換が遅くなりますと立ち見になる場合がございます。※ご予約数によって当日券の発売を中止する場合がございます。


お近くの方、どうぞよろしくお願いします。


『親子の手帖』は全国の多くの書店でお買い求めいただけます。


・・・

昨日、教室の2Fでプリントのコピーをしていたら、高2のある生徒が「先生、今年も頭のうしろ、脱毛ですか。大丈夫ですか?おつかれさまです。」と声をかけてくれました。(中2のある子も微妙に声をかけてくれました。)ありがとう。私はほぼ毎年5月に部分ハゲができます。(2・3月の入試ストレスの影響としか思えない。)何の衒いもない掛け声にハゲまされました。ありがとう。仕事にハゲんでもハゲない方法があれば教えてください。



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by terakoyanet | 2018-05-26 14:05 | 行事・イベント | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 22日

『酵母パン宗像堂』を読む

この2週間、睡眠障害が続いていて、長い夜を過ごしています。
(授業に影響は出ていませんのでご心配ありませんように。)

その長い夜を利用して、沖縄の宗像堂さんの本、『酵母パン宗像堂』さんについて文章を書きました。
ぜひご一読いただければうれしいです。

・・・
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『酵母パン宗像堂 丹精込めたパン作り 日々の歩み方』 文・村岡俊也 写真・伊藤徹也

沖縄の宗像堂さんの本、『酵母パン宗像堂』。当店(とらきつね)では先月のベストセラー2位にランクインしています。

3月の宗像誉支夫さん、宗像みかさんとのトークイベントでも話しましたが、この本は、ただのパン屋の本ではありません。私たちの生き方、考え方についてのヒントが詰まっているんです。
そして、宗像さんたちと親交の深い大嶺さん(陶芸家)、当真さん(農家)、甲本ヒロトさん、皆川明さんのインタビューが、各々どこまでも自然体なのに、面白すぎます。一人ひとりキャラがすごくて、登場人物のキャラ立ちにこれほど興奮したのはスラムダンク以来かと思われ、君たちは湘北高校かと、読みながら熱くなったものです。

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3月に行われた宗像堂さんのイベントにて

左から、くらすことの藤田ゆみさん、唐人町寺子屋(とらきつね)の鳥羽、宗像堂の宗像誉支夫さん、宗像みかさん
(写真は柴田浩次さんからお借りいたしました。ありがとうございます。)



宗像堂さんの本の中に出てくる「発酵」についての文章をここでご紹介します。
本の中でもこの部分は特に、宗像堂さん、誉支夫さんの思考の根っこ部分が露わになる箇所です。

【発酵】ありのままを受け入れる
「微生物を研究しようと対象を一つの菌に決めてしまうと、それは既に集団で機能している微生物の生態とは違うものになってしまう。微生物、つまり酵母は複雑な集団として存在している。その集団ありのままの生態を受け入れることが、酵母と付き合うということなんです。だから、彼らをコントロールできているっていう感覚もないんですよ。好ましいときだけ一緒に仕事をしてくれるパートナーのような存在。だから、人間側は謙虚にならざるを得ないというか、できるのは、酵母の環境をなるべく整えることだけですから。そして、目に見えない酵母を知覚するためには、自分の感覚を鋭くしていくしかないわけです。 < 中略 >  そうやって酵母と付き合っているうちに、不思議と自分自身と酵母が、相似の関係になっていくんです」


この文章は、人間(=人と人の間の存在)である私たちが、関係性について考える上で大きな示唆を与えてくれるものです。
例えば仕事仲間の一人の人格を見るとき、自分の子どもの人格を見るときに、その人となりを、ひとつの身体に閉じ込められた一つの人格として見ようとすると、その人の本質を見誤りがちです。

宗像さんは、別の【成形】について語る場面で、パンを「どのタイミングで窯に入れるかは、指先の記憶を積み重ねるしかない。身体性こそが、パンに宿るんです」と話していますが、人との関わりだって、「指先の記憶」のような脆弱な手触りの記憶をたよりに、少しずつ紡いでいくことだけが信頼の輪郭を作っていくものなのに、私たちはつい、この人はこういう傾向のある人だと、自分の既知の範疇でラベリングし、その人についての判断を安易に確定しがちです。しかし、それでは何も見たことにはならないでしょう。なぜなら、私たちは人間であり、つまり、人と人との間の関係自体が私たちだからです。

宗像さんは「その集団ありのままの生態を受け入れることが、酵母と付き合うということなんです。だから、彼らをコントロールできているっていう感覚もないんですよ。」と言います。
酵母だって、人だって、その関係性そのものを受け入れることが、関係性そのものが存在の輪郭をなすものだと知りうることが、相手と付き合うということであり、それが「私があなたを支配しない」唯一の方法だと思うのです。
こうやって宗像さんが酵母について語っている言葉を、自分なりに人との関わりの文脈に置き換えていくと「人間側は謙虚にならざるを得ないというか、できるのは、酵母の環境をなるべく整えることだけですから。」というちょっと感動的な宗像さんの言葉が改めて腑に落ちます。子育てだって、私たちが子どもにできることは「子どもの環境をなるべく整えることだけ」ですよね。
私たちが物事や人と向き合うとき、関係性を紡ごうとするときに「謙虚にならざるをえない」ことを心の片隅に置いておくだけで、きっと世界は変わります。

この本には驚くべき表現が散りばめられているのですが、引用した文章の最後の一文「不思議と自分自身と酵母が、相似の関係になっていく」という言葉にはひときわ凄味があります。
この場合の「相似」というのは、親が子どものことをつい自分の似姿のように眼差してしまうのとは別の強度があります。相手をありのままに受け入れる、自分の身体感覚を研ぎ澄ます努力を続けながら物事と向き合っていく、そういうこと続けていくと、相手がふと、そのままで十全なもの、完全に充溢したものとして立ち現れる瞬間があるのでしょう。自分自身にも酵母にも、それぞれ弱点があるかもしれない、でも、それはそれとしてそのままでいまここに在り、それだけで十分なのだ、そのことに気づい たときに、酵母と自分自身が「相似の関係」になる不思議。相手のありのままに向き合うという関係の中では、私と酵母は対等であり、というより対等という言葉さえも不要な関係の先に、「相似」という言葉がある気がします。

『酵母パン 宗像堂』を読むと、こんなことを考えてパンを作っている人がいるという事実に驚愕するし、そのパンを実際に味わうことができるというのは何とも喜ばしいことではないかと深く強く感じます。

村岡俊也さんの文章も愛があって素晴らしいですし、伊藤徹也さんの写真は美しく発光していて見惚れます。パンの紹介やレシピも最高に魅力的です。

こちらの本、とらきつねに常設&販売しています。
そして、宗像堂さんのパンは今週末、26日(土)の販売です。

ぜひお手にとってみてください。

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石窯から取り出されたばかりの酵母パン


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by terakoyanet | 2018-05-22 10:26 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 21日

ブックレビュー 2018年5月

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鈴木潤『絵本といっしょに まっすぐまっすぐ』

まっすぐであったかい絵本ガイド。
メリーゴーランド京都の店長、鈴木潤さんによるこの本は、絵本と私たちの日常は繋がっている、そういう、何気ないけれど、なぜ私たちにとって、本が、絵本が、こんなに愛おしいのか、そのことを改めて教えてくれる本です。

絵本が好きな方なら、私がご紹介するまでもなくご存知かもしれませんが、メリーゴーランドは、四日市と京都にある子どもの本専門店。子どもと世界が穏やかに繋がるためのイベントや、毎月本が届くブッククラブなどの活動も知られています。この本に出てくる数々の絵本たち。絵本がかなり好きな方でもきっと新たな発見があります。思わず付箋だらけになってしまう人もいるかも。

この本では、鈴木さんの日常と、絵本の紹介がパラレルに進んでいくんです。そして日常の喜怒哀楽やささやかな思いや気づき、そういったものに絵本がそっと寄り添っている。そのシンクロニシティに思わずぞくぞくっとするのです。ページをめくるたびに、本はなんて柔らかで頼もしい存在なんだろう、そういう実感がふつふつと沸き起こるこの本は、間違いなくいい本です。帯文は詩人の谷川俊太郎さん。こちらの本、現在とらきつねの「子どもと本」のコーナーで展開中です。


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植本一子『降伏の記録』

それでも植本一子を全て肯定したい。私がこの本を読み終えたときの率直な感想です。

夫である石田(ECD)さんが癌になり、心身を壊していくなかで書かれたこの本。

本に綴られる内容、特に後半の内容というのは、何で書かなくてもいいことまで書くのか、人の気持ちを何だと思っているのか、人間としてどうなのか、そういった、さまざまな批判を呼んでいます。

でも、この本に綴られている内容を通して私たちが痛烈に知りうることは、自分を愛すること、人を愛することは、わからないことと矛盾ばかりだということ。正解なんていつまでもたどりつけるものではないこと。自分自身の足元を掘り下げれば、当然醜いものが現われ出ることだってあるし、それがいわゆる社会的常識や社会倫理から逸脱する可能性だってある。正直で率直と言ってしまえばまるで美しいことのようだけれども、そうではなくて、この本を読んだときの違和感に当てられる感覚というのは、それ自体がほんとうでまっとうで、それは、白昼堂々と虚言・妄言が繰り返されるこの世の中で、信頼に足るわずかなことのうちのひとつ、そんな気がするのです。

『降伏の記録』は単体で読むことも可能ですが、彼女の『かなわない』『家族最後の日』を読んだあとに読むと、読後感に拡がりが増します。『かなわない』と『家族最後の日』は苦しい育児をしている方にも読んでほしいです。
植本一子の3部作『かなわない』『家族最後の日』『降伏の記録』はとらきつねにてお取り扱い中。

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佐々木正美『子どもへのまなざし』【発刊20周年】


子どもにとって自分が本当に愛され、たいせつにされていることが、実感できるように育ててあげることが、まずもって非常に重要なことです。

子どもは親を信じているから反抗しているのだと、認識していればいいのです。いわゆる反抗期は、三歳前後、就学前後、それに思春期にありますが、この時期は同時に、子どもが急速に成長や発達をする時期です。

教育とか育てるということは、私は待つことだと思うのです。「ゆっくり待っていてあげるから、心配しなくてもいいよ」というメッセージを、相手にどう伝えてあげるかです。子どもにかぎらず人間というのは、必ずよくなる方向に自然に向いているわけです。


児童精神科医の佐々木正美さんによる子育て本の新しい古典『子どもへのまなざし』(福音館)は発売から今年で20周年を迎えました。決して色褪せることのない子育ての基本的な考え方が、心に留まる読みやすい言葉で綴られています。


佐々木さんのまなざしの確かさに触れてみてください。子どもに心を向けるというのはどういうことなのか、丁寧に詳細に書かれた唯一無二の本です。とらきつねの「子育ての本」のコーナーで展開中。


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須賀敦子『須賀敦子詩集 主よ 一羽の鳩のために』

今年没後20年の須賀敦子。イタリア留学中の1959年、須賀敦子が30歳当時に書いていた詩が発見され、このたび纏められました。

彼女がエッセイで見せる硬度はそのままに、でも、その詩たちは眩しいほどに瑞々しい。
静かに自らの魂を見つめ、そして、ある光を希求する日々のゆらぎがそのまま封じ込められた一冊です。池澤夏樹の読み応えある解説も。

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石川直樹『極北へ』

ぼくの知らないところでシロクマがアザラシに食らいつき、浜で動けなくなって死ぬ。誰かがぼくの携帯電話を鳴らし、そこでは昼夜を問わず忙しく働いている人がいる。そういう世界に生きていることを、ぼくは孤高の島の上であらためて知る。

石川直樹さんの文章を読むときに、心臓が脈打ち、呼吸が苦しいと感じるのは、生と死の間隙に憑りつかれた彼の営為とその息遣いが、私たち自身に駕り移る(のりうつる)からに他ならない。「極北」には生の営みの極限がある。その隣には常に死が横たわっている。石川直樹さんの新刊『極北へ』は、そのような「極み」をこの目で見極めたい、そんな人に読んでほしい本です。

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『現代思想 総特集 石牟礼道子』

石牟礼文学の総力特集。初期の未発表作品も収録されています。

石牟礼文学というのは、闘争の話ではなくて、水俣病という苦しみの話でもなく、「この世界でうまく生きられないように感じている人」すべての人のもの(赤坂真理 さん)

同郷の渡辺京二 さん、伊藤比呂美さんや、金時鐘 の「光州詩片」の一部を引用した姜信子さんをはじめ、エッセイを寄せた人たちの文章に魂が宿っていると感じさせるのは、石牟礼さんの命の欠片が私たちの世界の片隅にずぶりずぶりと刺し込まれている証左でしょう。


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安野光雄『はじめてであう すうがくの絵本』

お子さんが4・5歳くらいになったらお家の絵本棚に置いておいて、自分から読み進め始めたらチャンス。クイズを解く気持ちで一緒に読んでみてください。

数学っていまいちなじまない、そう思っている親にこそおすすめです。ああ、そうか、数学ってこういうふうに私たちの周りに存在しているのか、と実感できるんです。それを子どもと共有する喜び。

決してこの本を使って、数学を教育しようなんて思わないでほしいんです。子どもがこの絵本から受け取っているものをそのままに信じてあげてください。

この本には数学の本来性がぎゅっと詰まっています。1〜3巻まで読めば、基礎的な数の概念が身につく構成になっていることには、思わず唸ってしまいます。

そして何より安野光雄さんの絵の奥深い可愛らしさ。
全ての子どもが数学と幸福に出会えますように。





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by terakoyanet | 2018-05-21 08:05 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)