タグ:音楽 ( 127 ) タグの人気記事

ハバナの思い出

d0116009_08372629.jpg
キューバの首都、ハバマに行ってきました。


歴史のある古い街並みを見たいなら、パリに行けばいい。
文化の薫る町の情緒を味わいたいなら、フィレンツェに行けばいい。
カリブ海のビーチを満喫したいならバハマのほうがいい。

キューバは観光地として見たときに、必ずしもパーフェクトな場所とは言えない。パーフェクトな場所なんてはじめからないかもしれないが。)
それでもキューバにはやはり、そこにしかない特別な魅力がありました。これについては少しずつ書く機会があればと思っています。


キューバはスペイン人が攻略した土地であり、その時点で先住民が絶滅して、人々の歴史が一旦リセットされている。
だから、隣国メキシコに見られるような、生き残った先住民とヨーロッパカトリックが結びついたおどろおどろしい特異な文化は生みだされなかったし、だから世界遺産の古い町なみを歩いていても、どこかそれが土着のものとは感じられない。(国民のほとんどが移民や奴隷の子孫なので当然だ。)国立美術館や博物館で、最もスペースを割かれているのは、革命前後以降の現代美術・現代史であり、次にホセ・マルティ(キューバの国父)が活躍した19世紀後半に関するものである。キューバという国の歴史は短い。

だから、こういう土地に来ると、ヨーロッパや中国の歴史の豊饒さというのは、世界的に見ればむしろ特権的な例外なのだということを思い知る。そう考えると、そういった地域の歴史の長さと深さを褒めそやすのは無批判で軽薄なことだと思えてくるし、キューバに来てまで欧州的価値観のもとで歴史的なものに触れようとあちこち探し回るのもちょっと的外れなことだと気づかされる。
d0116009_09221624.jpg
d0116009_09315031.jpg



一方、特定の音楽好きにとってはこの場所はいまも聖地だ。旧市街にいるミュージシャンたちの演奏は観光客向けとは言え本格的だし、新市街にいくつもある音楽バーでは、夜な夜な超がつくほどハイレベルな伝統音楽からジャズや現代音楽にわたるさまざまなライブが開催されている。現地の人の車やタクシーに乗ると分かるが、ここに住んでいる人たちへの音へのこだわり(特に低音へのこだわり)は半端なくて、ドアノブがぶっ壊れて扉が開かずサイドミラーが外れてだらんとぶら下がっている車の車内で、パイオニアの高音質のスピーカーから低音が響き渡っているから驚いてしまう。車本体よりもスピーカーにかけているお金の方が高いかもしれない、それほどにこの地の人たちにとって音質(と低音のグルーヴ感)は大切なようだ。
d0116009_09344223.jpg

d0116009_09362467.jpg
d0116009_09374020.jpg
d0116009_09485083.jpg
d0116009_09500286.jpg

おすすめしたい(とはいってもあくまで個人の責任で)のが声をかけられたロコの人(ただし英語ができる人)に、声をかけられるがままにカフェやバー、彼らの家について行ってみること。キューバは治安が悪くないので、まずとんでもないことになはならないと思う(とはいってもあくまで個人の責任で)。彼らに奢らされるしお金をせびられるのは間違いないから覚悟の上でのおすすめだが、それでも既成の英語ツアーなんかに参加するより格安で地元ならではの面白い経験ができると思う。

→この楽しみ方は自分で思いついたわけではなく、音楽家のあだち麗三郎さんが『野良犬たちはみな踊る』の中で書いていたので、キューバでならこれは楽しそうだと思ってやってみた次第だ。案内してくれたカルロスくん、かなりの女好きでしたが面白かった。(ここでは詳しく書けない。)

d0116009_09503537.jpg
d0116009_09505053.jpg
d0116009_10055771.jpg

d0116009_09510126.jpg
d0116009_10084162.jpg



ハバナでは、現地のお母さん、中学3年生、そしてハバナ大学の先生といった人たちに取材をした。
この成果を披露するのは少し後になりそうだが、トラベル・ボデギータの佐々木さんのおかげで本当に楽しい取材になった。
(佐々木さん自体の魅力がすごい。彼女と仕事ができると思うだけでハバナにまた足を運びたいと思えるくらいだ。)

d0116009_10062985.jpg
ハバマ在住、中3のブライアンくん。背は見上げるほど高いけど、かわいいねえ。とてもいい子。
学校のこと、好きな科目、先生のこと、好きな音楽(Skrillex etc.らしい カリブ音楽聴くのはふつうにありえないらしい)やアニメ(七つの大罪や東京喰種 etc. らしい)、家族や友達のことまでたくさんの話ができた。

d0116009_10092780.jpg

キューバは9月が新学期。2日後から小学生になるダリオくんのお母さんからキューバの教育事情、子育て環境について話を聞く。ダリオくん、途中で私の事が好きになって、いや違う、私の髪の毛のただならぬザラザラ感にハマって、何度も触りに来て至福の表情を浮かべる。


d0116009_10102605.jpg
キューバ最終日に、滞在したホテル、ナシオナル・デ・クーバにてマリア=テレサ先生とお話し。彼女は中学卒業後、仕事を持って育児をしながらも30年以上にわたって学校への出入りを繰り返しながら学習を続け、現在はハバナ大で教鞭をとっている。
日本にももっと生涯にわたって大学に出入りできるシステムや社会的理解がほしい。


d0116009_10132714.jpg

ハバナのホテルではフロントの女性がチェックアウトの作業を進めながら声を上げて笑ったり歌ったりと幸せで楽しそうだった。

その後に2泊だけしたメキシコのホテルではフロントの男性が靴を鳴らして腰を振って踊りながらチェックインの作業してて、改めてラテンアメリカ最高と思った。作業効率は悪いけどどうでもよくなる。


生きるために働くというより、生きるように働く。日本の働き方改革もそっちの方向でお願いしたい。


上の写真はハバナ空港までタクシーで送ってもらったときに撮ったハバナ最後の一枚。空港さえも良い。


ハバナは行きも帰りも着陸時に乗客の拍手が起こった。陽気だからなのか、着陸したスゲーってなってるのか、社会主義だからからなのか(以前ロシアの飛行機でも同じことかあった)わからないけど、嫌いじゃない。でもちょっとひやっとする。



d0116009_10145459.jpg

最後に、

今回、社会主義の国キューバを訪れて驚いたのが、人々の国の政治に対するリスペクト。

これについては長くなるのでそのうちまとめたいが、男女も人種も年齢も関係なく一人ひとりは平等であるという人権感覚を国民がデフォルトで共有しているという空気があるのはすごいことだと思った。キューバのことを「最後の楽園」と呼ぶ人がいるのは、こういう政治的な側面も含意してのことだと思う。



d0116009_10121042.jpg
最終日、ホテルから見た朝日





とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-09-09 09:57 | 好きな場所 | Trackback | Comments(0)

代り映えしない明日をください。

現代のクラスタ化した親子関係を、ぞっとするような濃密さで描いた楽曲として、宇多田ヒカルの「あなた」(2017年)がある。


彼女は、この楽曲へのコメントとして「一つの普遍的な愛の形として、母親目線から音楽的表現をしたのはこの歌が初めてになります」「死んでも手放せないほどこの世のなにかに執着することの人間らしさに共感して、自分の死後を想像して“あなた”を制作しました」と語っている。


彼女はこの曲で子どもに「あなた」と呼びかけ、その愛と執着を切々と歌う。これまで、過去の楽曲で彼女が用いてきた二人称は、そのほとんどが「君」であり、そこには相手と自分の間の緊張感のある距離が常に保たれていた。私は私、君は君、というのが、いかにも彼女らしいふるまいだった。


しかし、この「あなた」の呼びかけでは、距離感が突如失われて「あなた」と私が渾然一体となって溶け合っているような危うさを感じさせる。「あなた」という言葉が、彼女から子どもへの呼びかけであると同時に、亡くなった母から私への呼びかけであることは、「死んでも手放させないほど」「自分の死後を想像して」という死について触れた彼女のコメントから明らかである。ここにおいて、私と子ども、母と私という二つの関係は、完全な相似形となる。そしてその二つが渾然と一体化して、それが彼女の声となって響くのである。


 あなたのいない世界じゃ どんな願いも叶わないから

 燃え盛る業火の谷間が待っていようと 守りたいのはあなた

 <中略>

 あなたと歩む世界は 息をのむほど美しいんだ

 人寄せぬ荒野の真ん中 私の手を握り返したあなた

 あなた以外なんにもいらない 大概の問題は取るに足らない

 多くは望まない 神様お願い 代り映えしない明日をください

 戦争のはじまりを知らせる放送も アクテヴィストの足音も届かない

 この部屋にいたい もう少し


「死んでも手放せないほどこの世のなにかに執着することの人間らしさに共感して」と綴った彼女は、親が子を思うとき(または子が親を思うとき)の狂気に近い感情を、ただそのままに描く。外の雑音の全てが遮断された部屋の中で一対一の母と子がそばに佇んでいる情景は、息が詰まるような艶めかしさがある。


私はすっかり虜になって子どもを見つめ、子どもは無心にそれを見つめ返す。あなたは私の世界そのものだと思う。明日もこれが続くならば、私はそれだけでいい。他には何も望まないと思う。

そして、不意に気づく。そうか、私の母も「あなたがいるだけで幸せ」そう思った瞬間があったのだ。いま、この子を腕に抱いている私は、そのことが、かつて本当にあったことだと確信できる。私は母に何もしてもらっていないと思っていた。でも、そうじゃなかった。こうして、全てを肯定されて、抱きしめてもらっていたのだ。


そして、私の方も、母に何もしてあげられなかった、そういう後悔ばかりが胸を締めつけていた。だけど、こうして腕に抱かれている、それだけで私は、母に知らず知らずのうちに親孝行をしていたのかもしれない。苦しい思い出ばかりと思っていたけれど、こういう瞬間があったのなら、それでよかった、もう、それだけでよかったのかもしれない。自分が許されたような気持ちになる。私は、母とさよならをする前に、たった一度も抱きしめてもらえなかったような気がしていた。でも、こうしていまこの子を抱きしめて、そうすることで、いま私自身が抱きしめられているのを感じる。


 何度聞かれようと 変わらない答えを聞かせてあげたい

 なんと言われようと あなたの行く末を案じてやまない

 終わりのない苦しみを甘受し Darling 旅を続けよう

 あなた以外帰る場所は 天上天下 どこにもない


この歌の中にあるのは、単純な母性の肯定ではない。彼女は「誰しも原点があって、私の原点は母だったから、私の世界、あらゆる現象に彼女が含まれてるのは当然じゃん」と母親の圧倒的な影響について言及すると同時に、自身が育った環境については「今、世界がこうだって思っても、次の0.5秒後にそれがすべてひっくり返される可能性があるっていうのが普通」と語っている。共感の関係が次の瞬間に壊れてしまうかもしれないという恐怖を継続して味わうのは、誰かと関係を結ぶときに、他者への愛着を封印するという形の症状となって現れる。自分に近づいてくる相手を常に拒んでしまう。そういう形で症状は表出しがちである。


でも、赤ん坊はそんな私がいくら拒もうとしても、それでも愛着を求めてくる。「あなたを愛している」が日々の所作から伝わってくる。そういう無条件の愛着は、ときに私をぞっとさせる。それでも、「愛されている」実感は、少しずつ私を変化させる。封印されていた他者への愛着が、少しずつ取り戻されてゆく。そうやって、子どもによって、私の存在がめくれてゆくのを感じるのである。

私の問題に解決はないのかもしれない。でも私の帰る場所は「あなた」しかいない。この歌はそう繰り返す。この「あなた」は私の子どもであり、同時に私の母でもあり、そしてかつて母から「あなた」と眼差された「私」でもある。


平成の終わりに発表されたこの歌は、「あなた」との「代り映えしない明日」を渇求しながら生きのびてゆく私の、喪失と回復を辿る歌である。




とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-07-15 04:46 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

7月のイベントのお知らせ(桧原シュタイナー土曜学校の鳥羽和久お話し会&とらきつねの島崎智子トーク)

7/4(木)開催の福岡おもちゃ箱さん主催のイベントでお話しをします。

場所は桧原シュタイナー土曜学校にて。

主催者が寺子屋の保護者さまだということもあり、私もリラックスして参加できそうです。

親と子にとどまらず、『家族とわたし』の関係について、人と人の間についてのお話しになると思います。


・・・


7月4日(木) 鳥羽和久さん お話会 『家族とわたし』

9時45分〜受付
10時〜12時 お話会
12時〜13時 懇親会(希望者)
会場 桧原シュタイナー土曜学校校舎(福岡市南区桧原2-54-7)

参加費 
お話会 2,000円
懇親会 900円(おむすびひばりさんのお弁当付)

託児はありませんので、お子様は
信頼出来る大人に預けてご参加ください。
お連れになる場合は、お子様の様子を大切に、
状況を見て出入り等の工夫をお願いいたします。

お申込み締切 6月30日
お申込み先 福岡おもちゃ箱まで
TEL 0925522039(10時〜18時)
またはDMにて
※DMの場合は、漏れを防ぐために、こちらからの返信のやりとりの上、お申込み完了といたします。

おもちゃ箱マルシェで販売を続けている書籍『親子の手帖』著者で、唐人町寺子屋塾長でもある鳥羽和久さんをお迎えしてお話会を企画しました。

鳥羽さんは、娘二人が塾でお世話にもなっていて、普段は鳥羽先生、とお呼びしています。
今回、子育ての先生としてお招きするわけではなく、(そもそも子育ての先生なんているのでしょうか?)
塾の先生として多くの親子を長年見てこられた経験はもちろんあってのことですが、
鳥羽さんとして、今、思うこと考えていること、をお話していただきたい、と思い企画しました。


それぞれが家族の中で育ち、何らかの影響を受けながら大人になり、そして新たな家族をもつ。
子どもや、夫との関わりで日々ふと訪れる葛藤。

子どもの(幸せの)ため、夫のため、親のため、自分のため。時に自分を守るため?

無意識の行為の中で、ふと心の中ででも立ち止まれる瞬間があれば、自分も家族も少し救われるのでしょうか?

幸せ、と、言う時にわたしは何を求めているのでしょうか?

家族とわたし、について、今一歩立ち止まって見つめるきっかけになり、
子どもの話だけでなく、わたしの話が安心して出来る大人になれたら、
そんな気持ちでの企画です。

個人的にも 会って、生の言葉を聴いてほしい方です。
是非ご参加お待ちしています!


鳥羽 和久(Toba Kazuhisa)
1976 年、福岡県生まれ。
大学院在学中の 2002 年に中学生 40 名を集めて学習塾を開業。 2010 年に航空高校唐人町(単位制高校)開校。現在、教室で 150 名超の小中高の生徒を指導する傍ら、本屋と雑貨の店「とらきつね」 の運営や及び文化イベントの企画を行う。近年は、子育てや旅に関 するエッセイ執筆や、全国の学校での講演も多数。著書に『親子の 手帖』( 鳥影社 )、『旅をする理由』( 啄木鳥社 ) がある。



・・・

そして、大好きな島崎智子さん、来月17日に、ついにとらきつねに来ます。
お話し会&ミニライブ。

親のこと、家族のこと、兄弟のこと、子どものこと、恋愛のこと、音楽のこと。
穏やかに話をしたいです。でも、悲しみを根ほり、葉ほりするので、少し聞いていて苦しくなるかもしれません。

参加者の皆さんのいろいろな気持ちが拾われる時間になることを、切に願います。

チケットの購入は、とらきつね店頭、またはとらきつね BASE(オンライン)にて。

d0116009_08561678.jpg

悲しみは誰のもの 
話し手:島崎智子 聞き手:鳥羽和久

シンガーの島崎智子さんにお話しを聞くトークイベントです。(合間にミニライブあり)


島崎さんの歌は、苦しくて、悲しい。
明け透けで、にがにがしくて、気まずくて、せつない。そして狂おしいほどに尖っている。
感情が振りきれてしまって、もとの感情の所在がわからなくなるほどに、突き抜けてしまっている。


どうしようもなく救いがない。救いがないのに愛はある。
愛は脆いな。脆いものと付き合うのはしんどいな。


でも、脆いものと付き合うというのは、正直でないとできないから。
バカがつくくらい正直に心と付き合えば、心のほうも、もう堪忍やと降参してくれるかな。
そしたら、悲しみの下にある優しさに触れることができるかな。


島崎さんと3月に荻窪の本屋Titleで、コーヒー飲みながらおしゃべりしました。
当日は、このときにお話ししたことを底本にして、彼女から、家族について、愛について、音楽について、話を聞きます。

彼女は親や家族のことでずっともがいてきた人。そのせいで愛について苦しんできた人。そして、どうしようもなく、かわいらしい人。


ハードな内容も出てくるかもしれないし、聞いたらバカになるような話も出てくるかもしれないけど、面白い時間になるんじゃないかなぁと思っています。歌には魂を持っていかれること間違いありません。ぜひ気軽にご参加を。


◇プロフィール

島崎智子(しまさき・ともこ)

1976年大阪府生まれ。42歳。
自己破産に至るまで、時間とお金を音楽制作に投資、頻繁に作品リリースしながら全国を歌い廻る。心の美しいところからドロドロしたところまで曝け出す究極の自己表現。そのライブは文字通り「生もの」であり、唯一無二であり、どこまでも自由だ。彼女の丸裸の歌とピアノが、私たちにどのような感情をもたらすのか、誰にも予測不能である。

2000年に作詞作曲を始めライブ活動開始 。2005年 MIDI Creativeレーベルよりアルバム『mebalance』でデビュー、東京へ拠点を移し、活動規模を全国に広げ、ライブツアー開始。
2008年にMIDIレーベルへ社内移籍。2013年11月 (株)ミディより独立、みらくるレコード設立。
2015年のデビュー10周年には デビュー10周年記念DVD-R『10年間ありがとう』ライブ盤『hole in my mind』などをリリースし、翌年には書籍『10年日記』をリリース。2019年7月に9thアルバム『片道切符』をリリース。ニューアルバムのリリースに際し、「悲しみの徹底受容。怒りの下には悲しみが、悲しみの下には優しさしかなかったです。」とコメントを寄せている。


◇日時 7月17日(水)19:00~21:00
◇場所 とらきつね 福岡市中央区唐人町1-1-1成城ビル1F
◇参加費 2,000円(学生は1,000円)
◇チケット とらきつね店頭 もしくは 
とらきつねBASE(オンライン)にて販売


島崎智子さん、県内では7月15日に博多HOMEで、19日に飯塚のHULOTでライブ。

彼女の歌声をもっと聴きたい人はそちらに。

島崎智子さんを知りたい、聞きたい人は、まずこちらをどうぞ。

「蓮根模様」この1曲に特別な出会いを感じた人は、これから島崎智子にハマるはず。



そして、彼女のぽっかり空いてしまった心の穴がみえる「穴ぼこ」
気づいてしまった
私には穴がある
真っ黒で大きな
穴が空いている



そして、これを見ずに死ねるか!という怪演。
島崎智子「幸町団地」


離婚届を出して 何週間か経った夜
二人並んで 寝転んで 天井見てたら
ごめんね ごめんね ありがとう
結婚してくれてありがとう
って 君は手を繋いだ



島崎智子はバンドや楽団との演奏もいい。


死にたいと思うことがあります。

いつも出所がはっきりしない罪悪感に苦しめられています。

他人(母親)に自分が乗っ取られていると感じることはあります。

自己肯定感が頼りないせいで他人の愛を受け止められないと感じます。

大切な人と正面から向き合ったまま一緒に居続けるというのは難しいな。

例えばそんなことを考えることがある人に、島崎さんの言葉を聞いてほしいと思います。


・・・

最後に、先日、茨城県の器と暮らしの道具 ハコニワ さんが書いてくださった『親子の手帖』の感想文が、心の深いところに刺さる、とてもいい内容でしたので、ご紹介させてください。


文化祭の代休中、パジャマ姿で家をウロウロする次男坊に、朝から物申したきことあれど、
なんとなくそれは避けて、本屋に行って数時間過ごす。
そして幸運なことに、
私は心に響く一冊の本に出会ってしまった。
「親子の手帖」鳥羽和久著

ほぼ立ち読みで読了したけれど、
これはもう一度読みたいと思って購入。

正論吐いて、あなたのためよと導いてるつもりでも、
ちょっと待てよ。
それは本当に子供のためなのか?
親である自分のたまたま持ち合わせている価値感の中で、わかりやすい子として安心したいだけなのではないか?
それ、私も薄々気付いていた。

私が親の立場を振りかざすとき、
近頃子供の頃の私が顔を出す。
そして思い出す。
親の言葉の裏側にある本音までも実は感じ取っていた。
そして出来得ることなら、親の価値観がどれほどのもんであれ、親の期待に応えたい、親に認められたい、
褒められたいと思っていた。
親は子供をコントロールしてるつもりなんてさらさらなくても、その点で子供はすでにコントロール下にある。

いま、親になった自分が彷徨いながらここにいる。
と同時に、子供の頃の健気な自分もまだ胸の中にいる。
かつて親の言動によりどう感じたか、愛しかったか、
嬉しかったか、傷ついたか、乗り越えたか。
いろんな思いがこみ上げる。

この本を読んで、
親としての自分と子供だった頃の自分が手を繋いだ気がしている。
だからなんだかあったかい気持ち。

子育て中の人でなくても、
かつて子供だった人は
読んでみてほしいです。
自分を縛っていたものの正体が見えてくるかも。

大人になって知ったこと、
大人はそれほど大人じゃない。
子供の頃の自分に聞いてみたら、
子供も意外に子供じゃない。

だから、大人の都合で、
小さな翼を折らないように思慮深くいたいと思う。


@hakoniwa155utsuwa
d0116009_09122159.jpg



by terakoyanet | 2019-06-22 09:15 | とらきつね | Trackback | Comments(0)

冬にわかれて福岡公演に寄せて、おすすめの曲たち

いよいよ4日後にせまった冬にわかれて福岡公演に寄せて、おすすめの曲たちをご紹介。


◇君の街 - 冬にわかれて



この曲、すごく、すごくいいですよね。
「ああ なんだか」で始まる歌詞、憂いのある歌声とアレンジ。
作詞・作曲はメンバーの伊賀航。


伊賀航さんは1998年に帯広出身のバンドbenzoのメンバーとしてメジャーデビューをしているのですが、
benzoは90年代フレイバーを感じさせつつも、いま聞いても古びていなくて、すごくいいです。

◇出会った頃よりも - benzo



細野晴臣のサポートキャリアも長い伊賀さんが細野晴臣の楽曲を選んだプレイリストが上がっていて、これは貴重な記事です。
伊賀さんのプレイリスト名、長い(笑)。鮮新世ではありえない熱帯夜にドロシーに恋のひとことを言おうとピクニックに出かけ原因不明の音に悩まされながらも愛を祝いあおうとする事について。だそうです。

◇熱帯夜 - 細野晴臣


Gradated Grey - 細野晴臣+高田漣 (g),伊賀航 (b),伊藤大地 (dr)



伊賀航さん、現在は星野源のライブで数万人を前に演奏した次の日に、ライブハウスで数十人を前に演奏するような日々。
↓は若き日の星野源&伊賀航の貴重映像。ふたりとも泣けるほど若い。

伊賀航さんはほしげんの右。




冬にわかれてのメンバー3人がそれぞれ寄稿した文章が載っている、寺尾紗穂さん編の『音楽のまわり』という小さくて美しい本があります。この本、昨年からとらきつねのベストセラーになっているのですが、その冒頭が伊賀航さんの車の文章。
『音楽のまわり』について、そして伊賀さんについて、愛のある素敵な文章で綴られたブログを見つけました。
ここに書いてあること、もう100%同意です。


そして、冬にわかれてのもうひとりの男子、あだち麗三郎さん。
彼の音楽、ほんとうにニッチでヤバいです。


◇Candy - あだち麗三郎クワルテッット



◇フラミンゴの飛ぶところ - あだち麗三郎

変拍子を多用した超絶アレンジと独特な世界観。本当にこの人天才だなと思う。


あだち麗三郎さんは 片想い、cero、鈴木慶一、HeiTanaka といった、バンドやアーティストの主要なサポートメンバーとして知られています。ceroの超傑作、Orphansではサックスを担当しています。

◇Orphans - cero



冬にわかれてのメインボーカル、寺尾紗穂さんは、縁があって毎年、夏ごろに福岡にお呼びしてイベントを開催しています。
いま検索してみたら、本ブログ内に寺尾紗穂さんの関連記事が39もあることが判明。

寺尾さんの曲で何が一番好き?と聞かれてると、とても困るのですが、私が挙げることが多いのは「道行」です。

◇道行 - 寺尾紗穂

そして、寺尾さんの代表曲のひとつといいでしょう。「楕円の夢」
美しくて、そして彼女の哲学がそのまま詰まった曲。
舞踏はソリケッサ、撮影とディレクションには植本一子が参加。
伊賀航はベース、あだち麗三郎はドラムで参加しています。

◇楕円の夢 - 寺尾紗穂



そして寺尾紗穂さんとの親交も深いゲストの坂口恭平さん。
坂口さんは『独立国家のつくりかた』などのベストセラーをもつなど中高生の教科書にも登場する作家として知られていますが、
実際のところは、絵や音楽から工芸まで境目ない活動を行う「芸術の自動機械」「芸術の総合商社」と呼びたくなるような人です。
アウトデラックスに出演した変人(ほめてます)でもあります。
いまの時代に生きていて、彼を目撃しないのはとてももったいないと思うのです。

◇あの声 - 坂口恭平



坂口さんはメロディラインがエモい曲が多いです。
↓は彼のファンの間でも特に人気のある曲のひとつ「西港」の坂口ファミリーver.。
曲が始まるまでの前振りも含めて最高にいい。

◇西港 - 坂口恭平



それ以外のおすすめは、すでにこちら↓の記事でおすすめをしていますので、あわせてどうぞ。

◇なんにもいらない - 冬にわかれて


なんにもいらないよ
君の幻以外

誰にも知られずに
死ぬかもしれぬ朝

d0116009_10554538.png


とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-06-03 10:53 | とらきつね | Trackback | Comments(0)

残照


幾度も旅に出ては、旅先で出会ったことを忘れたくなくて、記録する。こうして旅のことについて何か記そうと思うたびに、いつも思い出すのが「私は旅や探検家が嫌いだ。」というレヴィ=ストロースの言葉だ。

これは『悲しき熱帯』の冒頭に置かれた作者の独白である。旅とそれを書く行為を「羞恥と嫌悪」に塗(まみ)れた感情で綴りながら、自らが「無為なもの」と言い切る冒険を途轍もない熱量で書ききったあの有名な書物は、この言葉で始まる。

現代の私たちは、かつてレヴィ=ストロースが世に問うた内容を知っている。
近代の知に拠って、西洋の特権的な視座だけで世界を見ると本質を見誤るということを、ある程度は理解している。
しかし、『悲しき熱帯』に表出する、旅先の何かに触発された語りは、構造主義的な意義を超えて私たちに直截に訴えかける魅力を放っている。
精緻な描写のひとつひとつは、あまりに生き生きとしている。旅という行為から剰余として溢れ出す、隠喩に彩られた濃密な思索は、読む人を捻じ伏せるように圧倒し、そして時にひどく悲しくさせる。そのときの感情は、うまく説明のつかないものだ。


去年、イベントで写真家の石川直樹さんをお呼びして話を聞く機会を得た。「僕が富士山に行って写真を撮るとしても、それは、富士山を撮るんじゃなくて、富士山で撮るにすぎない。そこで自分が何を考えるかということでしかない。」「そこでは自らボールを投げるのではなく、飛んでくるボールをただ受け取るだけ。」彼は写真についての最も基礎的な話のなかで、それをいつものように淡々としゃべった。

石川さんもエッセイ『最後の冒険家』の中に書いているとおり、地理的に未知の領域が残されていない現在では、近代的な意味での冒険家というのは存在自体がありえないものとなった。『私は、「本当の」旅の時代に生まれ合わせていればよかった』とレヴィ=ストロースによって語られた時代よりもっと、新世界との邂逅の魅惑から遠く離れてしまった私たちは、それらの残滓を見つけることさえ難しい。

しかし、それでいながら、私たちは相変わらず旅を楽しむことができる。
なぜなら、いまも変わらず、私たちの一寸先の未来は誰も手中にすることができず、そこは未知の至福で溢れているから。

『悲しき熱帯』は旅の記録というよりは、未知に出会った私の変容の記録である。そこで飛んできたボールを受け取った私が、時に無邪気な子どもに戻ったように、時に物思いに耽る青年のようにそこにいて、ただ湧き出た心をそのままに感じている。だからこそ、言葉が生起した瞬間の瑞々しさがそのまま文体の中に溢れ出していて、そのこと自体が、とてもくるおしくて、どうしようもなく悲しいのだ。




平成という時代は、自分の世界をコントロールして最適化できる時代の幕開けであった。
SNSでは、フォローしたり、フォローを外したりすることで、写真をトリミングするように、自分が見たい情報だけを見る、見たくない情報は見ないようにすることが可能である。
そうやって、いつも最適化できる安心な世界の心地よさを知っている現代の子どもたちは、自分の手でうまく制御できないことからは即座に退却しようとする傾向がある。
彼らは驚くほどに平坦を求めている。
「僕が一番求めているのは安定です。それだけあればいい。」この前のディスカッションで、高校1年生のAくんがそう言い切った。
彼は、学校の先生の理不尽さをたびたび批判するような、反骨精神に溢れる子なので、私はなおさら驚いた。

若者が変化を求めて転がり回る時代はすでに終わったのかもしれない。
彼らはいつも心地よい共感の中にいて、ぬくぬくとした関係を築くことができる友人関係を求めている。そして、思い通りにならない恋愛関係はちょっとめんどくさいと敬遠する。
でも実は、コントロールできないことと、恋愛対象への渇望というのはセットなので、これが意味することは、性的なもの全般に対する退却でもある。これが「草食化の時代」と言われた平成という時代の中身なのかもしれない。




『悲しき熱帯』に刻印された過剰な語りは、旅先で自らが「見られている」経験をすることから生じる。

旅よ、お前がわれわれに真っ先に見せてくれるものは、人類の顔に投げつけたれたわれわれの汚物なのだ。

このような言葉は、不気味なもの、得体のしれぬものに眼差されているという経験なしには生まれ得ない。
しかし、いつもスマホの画面と向き合っている私たちは、その画面から眼差しを返されることはない。そこにあるのは、すでに私のために選別された情報であり、私の分身であり、つまりは私のための安心できる世界であり、そこに「見られている」という経験は含まれない。

ツイッターのタイムラインを見ながら多くの人がやっているのは、自分自身の傷探しである。ある時は、自分と同じ傷を負っている人に甚(いた)く共感し、ある時は自分と同じ傷を誰かに負わせた人を責め立てる。また別のある時は、感情の自動機械のようにその両方をする。

タイムラインの流れに身を任せ、それに転移することで自分を傷つけたものへの復讐を成就させる私たち。ツイッターはいまや傷探しのツールで、傷を見つけてはそれを埋める快楽を半ば反射的に繰り返す。こうやって、画面の中で自分の欲望が即時的に達成されてゆく世界には、「見られている」がない。

SNS上の「いいね」は、あなたが「いまのままでいい」ということを肯定するシステムである。
「いまのままでいい」は、自らが変容することに怖気づく主体をやわらかく包み、肯定する。
「いいね」は存在の甘やかしに他ならず、相互に「いいね」を繰り返すことで、その存在はめくれることをやめ、地滑り的にお互いをどんどん劣化させてゆく。

旅とは「見られる」という不気味なものを通して自らが開かれる経験である。しかし、インスタ映えを狙ったナイススポット巡りは、「見られる」経験を抑圧した上で「見る」ことができる私を肯定し、全能のものとして特権化するプロジェクトである。それは、即時的な「いいね」の快楽と相通じるものがある。

現在、SNSから離れてネットからは見えないコミュニティを作る動きや、本質的な体験を志向した新たな旅の提案など、現状に対する違和感を抱えた人たちによる新たな試行錯誤が続いている。これらの活動は「見られる」ことさえも目的化しかねない危うさを孕む。
しかし、最適化の時代に生きる私たちは、こうやって自身が変容していくことを半ば意識的に選択する必要があるのかもしれない。でなければ、スマホが与える情報と現実が身体化し、気づいたときには身動きが取れなくなっているかもしれない。




子どもとは不気味なもののことである。新生児の顔は実際に不気味である。

子どもは、自分にとって、もっとも親密でありながら、拡散し、増殖し、いつのまにか見知らぬ場所にたどりついてぼくたちの人生を内部から切り崩しにかかってくる、そのような存在である。
東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』

子どもが不気味な存在であるがために、神に近い神聖な存在とみなされていたのは、それほど昔のことではない。
石牟礼道子さんが幼いころの記憶を描いた『椿の海の記』という本がある。これを読むと、幼年時代の彼女が、まさに不気味な存在として、世界をありのままに受け取って生きるさまが描かれている。

見えている世界より、見えない世界の方がよりこわい。目をつぶって、掌でそろりと撫でればモノというものがわかり、猫の鼻の不思議のような嗅覚をわたしは持っていた。その掌をかざせば指の間から天井が見える。天井の模様が見える。天井の模様はまだ見ぬ他界への入口だった。幻怪な形の鬼たちの太ももや、片耳や、穴の深い壺が、のびちぢみしている。仏さま仏さま、指の間からお仏壇を見る。
石牟礼道子『椿の海の記』

子どもの世界というのは残酷なほどあからさまである。そして、石牟礼さんのこの本には、その奇妙な残酷さがそのままに描かれている。
私はこれを読んだときの「この世界を知らなかったら、本当に危なかった」という感覚が忘れられない。自分が見失ってしまった世界があることに驚き、憑き物が落ちたような気持ちになった。

それは、子どもという得体の知れぬ妖精によって書かれた本であった。そこにあるのは大人から見た子どもではなく、子どもの目から見た子どもの世界そのものであり、すでに世間に取り憑かれている大人からすれば、驚愕すべき「異文化」の世界であった。





私は、人間という種がその世界に対してまだ節度を保っており、自由を行使することと自由を表す標とのあいだに適切な関係が存在していた一時代の残照、インディオのアメリカにおいてすら果敢ない残照を、慈しむのである。
『悲しき熱帯Ⅰ』レヴィ=ストロース


かつてレヴィ=ストロースがインディオのラテンアメリカで見たものは「異文化」が持つ不気味な力であり、それは「人間という種が、その世界に対してまだ節度を保っていた」ころの「残照」であった。

彼がここで言う「残照」とは、時代に取り残され、人の記憶から消えようとしている世界に手を伸ばし、自分のもとへ必死に手繰り寄せようとすることである。そして、それが私たちとどこか似ていることをおぼろげに触知することであり、その手触りを大切に抱くことである。

このことを通して、私たちはどうにか真っ当に生きていくことができるのではないか。


陽はすでに落ち 暗い部屋にひとりこぼれゆく時を 足元にみつめ問えど答えなく 風が鳴るだけ
寺尾紗穂『残照』



d0116009_01191349.jpg
一昨日、機上から捉えた富士山
夏が近いことを感じさせる山容



寺尾紗穂さん、いよいよ来週、福岡へ。

寺尾紗穂・伊賀航・あだち麗三郎のバンド「冬にわかれて」初の福岡公演は6月7日(金)。
ゲストは坂口恭平さん、そしてカフェはくらすことさん。
素晴らしいイベントになること間違いありません。






とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-06-01 01:27 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

冬にわかれて福岡公演 (ゲスト 坂口恭平) 6月7日(金)に福岡・天神にて開催

冬にわかれて(寺尾紗穂 ・あだち麗三郎 ・伊賀航)福岡公演(ゲスト坂口恭平)まであと2週間をきり、申込みの方がググッと増えてまいりました。




これまで寺尾紗穂さんのライブに毎年駆けつけてくださっている方はもちろんのこと、あだち麗三郎クワルテットやceroの活動であだちさんの音の面白さをご存知の方、伊賀航さんを星野源のバンドの笑ってない人でしょ、と認識している方まで、幅広くお申込みをいただいています。坂口恭平さんにも会えますね。

(というわけで、冬にわかれて、寺尾紗穂のファンだけでなく、ceroや片想い、あだち麗三郎クワルテット、星野源、細野晴臣、坂口恭平などが好きな方もぜひご来場ください。)


冬にわかれて の曲の中で私が一番好きな「君の街」。


冬にわかれて の3人による 寺尾紗穂「幼い二人」。これもすごくいい。


あだち麗三郎さんの名曲「Afrikan Ghostz」。

この前、回kai の佐野さんと話していたときに、あだちさんすごいよねー、という話をため息混じりに。



私が伊賀航さんを知ったのはちょっと遅くて、いまから10年近く前(衝撃!)の、星野源(彼もこのころはまだ今みたいに人気者じゃなかった)の「ばかのうた」のメイキングビデオ。




『独立国家のつくり方』などのベストセラーで知られる坂口恭平さんは、作家としてご存知の方も多いと思いますが、

音楽もたくさん発表しています。過去には数度とらきつねにも。

「休みの日」のMVには、コーラスで参加している寺尾紗穂さんも。



そして、くらすことさんは、大人気のドーナツをはじめ、美味しい食べ物、飲み物をご用意くださります。
くらすことの藤田ゆみさんは、東京時代に寺尾紗穂さんとママ友だったとのこと。

縁は繋がりますね。


いよいよです。とても、とても楽しみですね。

冬にわかれて 福岡公演 (ゲスト 坂口恭平)

会場 :レソラNTT夢天神ホール 福岡県市中央区天神2丁目 5−55

公演日:2019年 6月 7日(金 )
開場: 17時40分 おやつと雑貨、くらすこと カフェ オープン
開演: 19時10分

料金:一般 前売 ¥4,500 当日 ¥5,000 / 学生割引 前売 ¥2,500 当日 ¥3,000
障害者割引 前売 ¥2,500 当日 ¥3,000 (付添 1名まで無料 )
(税込 /全自由 /予約番号を交付 /学生は当日に学生証を要提示 /障害者手帳等をお持ちの方 は当日 に手帳を要提示)
※当日入場時にドリンク代¥500をいただきます
※高校生以下無料 (ただし、1座席につきドリンク代¥500をいただきます。)
※ご購入 いただいたチケットの返金は不可 です。

前売券:購入方法
①とらきつねBASEオンラインで決済
https://torakitsune8.thebase.in/
②とらきつね(唐人町1-1-1成城ビル1F )店頭でご購入

お問い合わせ先:℡ 092-731-0121 ✉ tobacco2@jcom.home.ne.jp (とらきつね)



冬にわかれて プロフィール

寺尾紗穂(P.Vo)伊賀航(Ba)あだち麗三郎(Dr)によるバンド・プロジェクト「冬にわかれて」。シンガー・ソングライターの寺尾が、ここ数年来、彼女を支えてきた伊賀とあだちという気心の知れた二人のアイデアを受け、3人で練り上げて生まれる音楽をやってみたいと結成。2017年8月にシングル「耳をすまして」でデビューを果たす。2018年10月に1stアルバム『なんにもいらない』をリリース。収録曲「君の街」が三ヶ月にわたりJWAVEのヒットチャート100に入るなど注目を集めた。ピアノがリードする寺尾のソロ作品とは一味違う陰翳ある世界観、実験的でありながら懐かしいポップスの佇まいが支持されている。

d0116009_08214496.png
d0116009_08221328.png



とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-05-27 08:22 | とらきつね | Trackback | Comments(0)

フィクションという覚悟について

私は、真の表現者というのは「フィクション」に対する覚悟を持っていると思っていて、その「フィクション」に対する覚悟が現われている、最もわかりやすい例だと私が思っているのが、星野源が病床で書いた曲『地獄でなぜ悪い』の歌詞です。



無駄だ ここは元から楽しい地獄だ
生まれ落ちたときから 出口はないんだ

いつも窓の外の 憧れを眺めて
希望に似た花が 女のように笑うさまに 手を伸ばした

嘘でなにが悪いか 目の前を染めて広がる
ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ

<中略>

作り物で悪いか 目の前を染めて広がる
動けない場所からいつか 明日を掴んで立つ 明日を掴んで立つ

幾千もの 幾千もの 星のような 雲のような
「どこまでも」が いつの間にか 音を立てて 崩れるさま

嘘で出来た世界が 目の前を染めて広がる
ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ

作り物だ世界は 目の前を染めて広がる
動けない場所から君を 同じ地獄で待つ 同じ地獄で待つ

星野源『地獄でなぜ悪い』




私はこの歌詞を聞いたときに、星野源という人は、この時点で「星野源」をフィクションそのもののとして見立てて活動していくという覚悟を決めてしまったのだなと思ったのです。彼が植木等を敬愛しているというのはそういうことだったのか。これは怖ろしいことだな、すごいことだなと。

この考えの根底には、「作り物だ世界は」という根本的な洞察があるんです。

私たちはとかく「世界の真実」について考えがちだし、「私たちが生きている現実」について考えがちなのですが、そうではなくて彼は「私たちはすでに作り物である世界に投げ出されてしまって」いて、それははじめから「真実」や「現実」などの拠り所などはない「楽しい地獄」なのだというところから始めている。

私はこういう出立地を持つ表現者を信頼します。



とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2019-01-04 11:11 | 寺子屋エッセイ(読み物) | Trackback | Comments(0)

BEST TRACK 2018 (JAPAN)

2018年に出会った好きなトラックを10本ご紹介します。(日本編)
→世界編はALBUM10本をそのうちご紹介しようと思います。


◇折坂悠太 - さびしさ
こちらのブログでは過去に何度かご紹介している、折坂悠太くん。
ミュージックマガジンの2018年BEST ALBUMの1位にも選出された『平成』は、彼の世界がさらに深化したことを感じさせる傑作です。
この曲は、いままで届きそうで届かなかった人たちにも届いた曲なんじゃないかなと思う。


◇折坂悠太 - 芍薬
折坂くんの曲、もうひとつ。2018年はこの曲からはじまりました。今年の初めにガツンとやられた劇的、激的な楽曲。
ミニアルバム『ざわめき』に収録。この曲が好きな人は、『平成』収録の「逢引」も絶対に聞くべきです。


◇never young beach - うつらない
never young beach のもつ抒情的な繊細さはそのままに、ギターのリフも、コーラスも、曲を支える深いベース音も、全てが美しい、祝祭的な曲。ネバヤン、こんな世界に来たのかと、涙ぐむ名曲。


◇宇多田ヒカル - あなた

最近の宇多田ヒカルの中には、自分の内側を軽やかに抉るような作品があり、目が離せなくなる。
この曲については、来年出す新刊に書くかもしれないけど、私とあなた(子ども)の密室的な関係がエグいほどに描かれていて、凄まじいと思ったのです。


◇Tempalay - どうしよう
今年、一番かっこいいと思った曲。


◇King Gnu - It's a small world

シーンのど真ん中にTempalayやKing Gnuがいる世代がうらやましい。MVも秀逸。


◇冬にわかれて - 君の街

寺尾紗穂+伊賀航+あだち麗三郎の3人によるバンド、冬にわかれてのファーストアルバム『なんにもいらない』より。
伊賀航作詞・作曲のこの曲は、淡々とした中に静かな哀切が漂っていて、寂しさを温めるような大人の一曲に仕上がっています。


◇元ちとせ Feat. 民謡クルセイダーズ - 豊年節
2017年に出た民謡クルセイダーズのアルバム『エコーズ・オブ・ジャパン』は大傑作なので、ディープな音が好きな人には絶対に聞いてほしいのですが、つい先日、元ちとせが出した奄美の民謡を集めたアルバム『元唄』に収録されたこの曲は、猥雑で楽しげな雰囲気が漂うアレンジがほんとうにかっこいいです。豊年節は、そのタイトルにかかわらず、豊作を祝う歌ではなく、支配者である薩摩船の到着を祝うという歌なんです。ここらへんも勉強して、聞くとさらに面白い。


◇cero - 魚の骨、鳥の羽根
以前から、ceroファンには知られていたこの曲。
彼らは今年のアルバム『POLY LIFE MULTI SOUL』でさらに凄味が増しました。



◇前野健太 - 今の時代がいちばんいいよ
平成最後の物哀しさを湛えたこの年に「今の時代がいちばんいいよ」と歌った前野健太。
悲観でも楽観でもなく、淡々と「今の時代がいちばんいいよ」と呟くように歌う彼の詩と歌が胸に刺さる。







とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2018-12-24 13:03 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)

米津玄師について

今年の配信でおそらく国内年間1位になりそうな"Lemon"のヒットなど、飛ぶ鳥を落とす勢いの米津玄師。
時代の寵児となり、今日もつまらないバッシング記事を目にすることがあり、本人もさぞ大変な毎日だろうなと察するところです。(取材したいなら、まず相手を尊重すべきでしょという当たり前のことをこの記事を読んで思います。)

ハチ改め米津玄師名義になったころ(このブログで最初に彼を紹介したのは2012年7月の記事)は、すごく人気だけど、それでもニッチなところでの人気でとどまるのではないかと思っていました。センスがぶっちぎり(彼は作曲も作詞も作画もダンスも編集もすべて職人技)で良すぎたし、曲の根っこが暗いから。

もともとメロディセンスに長けた人なので、その後は耳馴染みがよく、しかも、噛むほど美味しくなる楽曲を発表し続けるのですが、いま歌詞をじっくり読んでみると、確かに、確かに、いまのネット世代の若い子たちの内面を深く露出させているものがとても多いと思うのです。このことについては、もしかしたら次に出す予定の本で触れることになるかもしれません。実体や実感というものがよくわからない、宙ぶらりんな私たちのよるべのなさを、これほど根深く楽曲に刻み込んでいる人が、日本の音楽のど真ん中にいることは、とても面白いと思うのです。

以下に私が好きな彼の曲を10曲載せたいと思います。


1 アイネクライネ (2014)


2 Loser (2016)


3 vivi (2012)


4 ゴーゴー幽霊船(2012)


5 首なし閑古鳥(2012) ※MVがないので『diorama』アルバム全曲レビューより(12曲目6:11~)


6 Flowerwall(2015)


7 サンタマリア(2013)


8 あめふり婦人(2012) ※MVがないので『diorama』アルバム全曲レビューより(5曲目2:14~)



9 ポッピンアパシー(2013)



10 ピースサイン(2017)




とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2018-10-29 13:56 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)

2017 BEST TRACK 1 (KOREA/JAPAN)

2017年のおすすめトラック、日本/韓国編。10曲を選びました。それにしても、今年も豊作でした。(毎年豊作ですが。)


● Maison book girl / faithlessness
ハマる変拍子が今年もまた。



●柴田聡子 / ゆべし先輩
今年読んだ植本一子さんの本の中にもでてきてたけど、この人、本当に天才だな!



●Qiezi Mabo loves PUNPEE - Qiezi Mabo Forever  
ふざけてるけど、一周まわって衝撃的にかっこいい。



●PAELLAS - P House Feat. ENNE
今年いちばんハマった曲。かっこいいけどヤボいからちゃんと温度がある。


●BTS (방탄소년단) / Go Go (고민보다 Go)   
今年はBTSの年でしたね。来年はさらに加速しそう。




●HYUKOH (혁오) / Leather Jacket  
ヒョゴはまずボーカルがすばらしい。音もおもしろい。動画はネバヤンとの対談。




● IU(아이유) / Palette(팔레트) (Feat. G-DRAGON)  
まさに今年を代表する曲。




●寺尾紗穂 / 私の怪物
胸をえぐる曲。寺尾さんの音の世界がまた一段深化した。
●Shinichi Atobe - Regret  
Susumu Yokota 氏の不在を嘆いていた時に、すっと胸に入ってきたのが彼の音でした。



●電気グルーヴ / トロピカル・ラヴ  
ひさびさにすごいトラックきましたね。



他にメジャーどころでは、以前も書いた、オザケン、コーネリアスの復活。そしてスピッツ30周年に伴う「振り返り」のためのエモい新曲”1987”。さらに、くるりにしか聞こえなかったネバヤンの夏の名曲Surely、そして今年この曲が出たことに必然しか感じなかった(だって今年は「家族」がテーマですもん)星野源の"Family Song"など、たくさんいいものがありましたね。来年も楽しみです。


とらきつね on Facebook 随時更新中です。


by terakoyanet | 2017-12-30 11:28 | おすすめの本・音楽 | Trackback | Comments(0)